第104話「おまつりの根回し」
「そこをなんとか!」
「いや、しかしな……、そういうことは前例がないからな……」
「そこをなんとか!」
向こうの世界に戻った俺が、まず先に向かったのは、街の〝エライ人〟のところであった。
いつものCマートの無双セールとは違う。
カーニバルというのは、街のおまつりなわけで、そこに出店するのだから、許可とか取らねば、と思って、会いに行った相手は――。
まあすっかり顔見知り。キングである。
しかしこいつが、くっそ使えねえ。
二言目には「前例がない」とか、お役所みたいなことしか言わねえ。
「そこをなんとか!」
「いや、しかし……」
なので俺は、「そこをなんとか攻撃」で押し通そうとしているのであった。
「そこをなんとか!」
「しかしだな……、前例が……」
らちがあかない。いいかげん折れろ。
おまえが「うん」と言うまで俺は頭を下げるのをやめない。
「……くすっ」
部屋の片隅で、笑い声があがる。
俺が駆けこんできたとき、キングの部屋には先客がいた。
いつぞやの、キングス達の同窓会で見たことのあるお嬢さんだ。
「プリームムは、全然変わっていないのね」
俺とキングのやりとりに、お嬢様が上品に笑う。ティーカップを傾けて、いかにも楽しげに俺たちのやりとりを見ている。
ちなみに〝プリームム〟とかいうのは、うちの街のキングの本名らしい。
「ああ。クーちゃん。割りこんで悪いな。すぐ済ませるから。こいつに〝うん〟と言わせて、すぐに帰るから」
俺は女の子にそう言った。たしかこのあいだ〝クー〟なんとかとかいう、長ったらしくて、舌を噛みそうな名前で呼ばれていた。
女の子は目を丸くした。
「あらあら。まあまあ。〝ちゃん付け〟とか素敵。新鮮ですわ。気に入りましたわ。その呼びかた。――プリームムも、これからわたくしのこと、〝クーちゃん〟と呼んでいただけます?」
「……クゥアルトゥム。いまはこの街の話だ。私に管轄権がある。口を出さないで頂きたい」
「それでは、プリームムのことは、〝プーちゃん〟と呼んで差しあげますわね」
「……勘弁しろ」
苦い顔をして、そっぽを向いた。
いいじゃん。プーちゃん。こんな美少女にフレンドリーにされて、こいつは、なにが不満なんだ?
「賓人さんも、ただ頭を下げるばかりではなく、もうすこし説明をしてみてはどうかしら? その出し物は、どのようなもので、どんなふうに、皆を笑顔にするのか。……そのヴィジョンを示せたなら、プリームムも、〝前例がない〟とか、創造性のカケラもない返答はしないんじゃないかしら?」
「おお! そうか! プレゼンか!」
なるほど。もっともだ。
「まかせろ! サンキュー!」
プリームム君のカノジョからのアドバイスで、俺は勝機を見いだした。
机の上に乗りだすようにして、紙とペンで、絵を描いてゆく。
「綿アメっつーのは、こんな感じの、フワフワしたものなんだ」
「フワフワだと? それは飴ではないのか?」
まさにいま飴ちゃんを舐めているキングは、〝飴〟と聞いて、興味を持ったようだった。
しかし、なんでこいつ、いつも飴を舐めてるのか? 脳への糖分が途絶えるとダメな派か?
「飴だが、フワフワなんだ。雲みたいにフワフワで、口の中にいれると、ふわ~っと溶けてゆくんだ」
「ふ……、フワフワで……、ふわ~っ……。な、なのか……?」
「そうだ」
俺は重々しくうなずいた。
ふっふっふ。
キングといえども、たかが、お子ちゃま一人。
Cマートで毎日毎日、ガキどもの相手をしている俺の敵ではない。ったく。うちは駄菓子屋じゃねえんだぞ。なんでガキばっか、たかってくるんだか。
「あとおまえ、かき氷もしらんだろう?」
「かきごおり?」
「うす~く、うす~く、やわらか~く、削った氷にな、あまい、あま~い、蜜をかけて食べるんだ。蜜には何種類もあってな。赤いイチゴ味やら、緑のメロン味やら、黄色のレモン味やら、いろいろあって、オプションで練乳掛けにもできてな。その練乳ってゆーのが、これまた、すんげー、あま~いんだ」
「あ、甘いのか……」
ごくり、と、キングは喉を鳴らした。
飴ちゃんを舐めることも忘れてしまっている。
「ふふふっ――。プリームムったら、子供みたい」
お嬢様が笑っている。
いや。みたい、じゃなくて、子供やがな。
「そういう、甘い物とかを出す屋台を、いっぱい出してだな。ガキどもを笑顔にさせてやりたいんだ。大人向けには、甘い物だけでなくって、肉味の食い物だってあるぞっ。ほれ? カーニバルって、なんか地味なんだろ? 校長センセのありがたいお話と、あとはせいぜい、のど自慢とかなんだろ?」
「いやあれは伝統が――」
「――伝統はべつに否定せんから。〝おまつり〟に、楽しいことを付け足すだけだ」
「う……、ううむ……」
キングは腕組みをすると、長考に入った。
カノジョのほうを、ちら、っと見ると、安心なさいな、という顔で微笑んでいる。
俺はキングが結論を出すまで、安心しながら、じっくりと待った。
「……皆の射幸心を煽るものがあったら、止めるからな?」
「わかってる。あんず飴とソースせんべいは、封印だ」
「そーす? ……まあ、わかっているならば、よい。あとそれと……」
「それと?」
「その綿菓子というものを……、私も食べてみたいのだが」
「ああ。ぜひ来いや! たくさん食わせてやる!」
「う、うむ……」
カノジョのクゥアルなんちゃらちゃんが、くすくすと笑っていた。




