第102話「おまつり? カーニバル?」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
俺はいつものようにテーブルのカウンターに頬杖をつき、いつものように、通りを行き交う人たちの姿を、ぼんやりと眺めていた。
「なー……?」
頬杖をついたまま、視線の端っこに映るお尻と黒髪に声をかけると。
エナはさっと動いてお茶の準備に取りかかり、バカエルフのやつはクッキーの缶を開けはじめた。缶のまわりに巻いてあるテープを、くる~っと一周まわして、きもちよ~く開けちまう。
「おいこら。店の商品、なに勝手に開けてんだ。それ高いんだぞ」
コンビニの店員さんの頭の上に飾ってある御贈答用のお菓子セットだ。
どんなものかと、いっぺん買ってみたが、ぜんぜん売れず、もっぱらうちの従業員のお茶うけとなっている。
「いまマスター、お茶にしようって言ったじゃないですか」
「いってねえよ」
「なー、クッキー開けようぜ、って、言いましたよう」
「そっちのほうは、それこそ、ほんとにいってねえ。〝なー〟のところまでしか、いってねえからな」
「あうんの呼吸、とかいうやつですよー。なにを言わんとしているのか、コトバの先を読んだんですよー」
「じゃあ、ぜんぜんだめだな。大ハズレだな」
「これは大事なことなんですよ? マスターがそのうちおじいちゃんになったとき、あー、とか、うー、しか言えなくなって、おしめなのか、ごはんなのか、背中がかゆいのか、聞き分けてあげないと、マスター、困りますよね?」
「介護の時の話はいいので。――おまえはとにかく、そのクッキーをしまえ」
俺が、きりりと、そう言うと――。
「お茶……、しないの?」
お湯を沸かしはじめて、葉っぱをスプーンで計っていたエナが、振り向きかげんに言ってきた。
「あー、やっぱりお茶にしようかな。うん。ちょうど、お茶が飲みたい気分になってきたなー」
「ほらマスター。やっぱりお茶しようって言ってたじゃないですかー」
バカエルフのやつが、勝ち誇ったように言う。
この展開まで読んでやっていたのなら、たいしたものだが、こいつの場合、きっとそういうのではないだろう。ばかだから。
エナのお茶をおいしくいただいて、開けてしまったクッキーを、皆でかりこりこりこり、美味しくいただく。
「マスター。さっきはなにを言いかけてたんです?」
「え? なんだよ急に?」
「さっき、なにか言ってたじゃないですか」
「えー? 覚えてねえよ。忘れちまったよ。おまえが余計なこと、いうからだよ」
「ぼんやり、おもてを見ながら、なにか言いかけてましたけどねー」
ヒントを出されて、俺は思い出した。
「ああ。そういやなんか今日、いつもと違うかんじがするんだよなー。おもてを通る人も、なんかいつもと違う感じで……」
俺がそう言うと、エルフの娘は、ああ、という顔をする。
「ああ。そういえば、もうすぐでしたっけ」
「もうすぐ? なにが?」
「カーニバルです」
「へー。カーニバルなのかー。……って、それって、なに?」
「あれあれっ? マスターの世界には、ありませんでしたか? 年に一回、特別な日で、皆でわいわい騒いで楽しんで――」
「――ああ。俺のほうだと、それ、〝おまつり〟っていう」
「ええ、ですから、〝カーニバル〟ですよー」
「つまり〝おまつり〟なんだよな?」
「はい。〝カーニバル〟ですー」
「いやだから〝カーニバル〟じゃなくて、俺、〝おまつり〟っていってるんだけど?」
「マスター、なにいってるのか、わかりませんよ? マスターの言ってる〝カーニバル〟で、それで、合ってますよ?」
どうも誤変換が出ているっぽい。
俺は〝おまつり〟と言っているのに、どうもエルフの娘には〝カーニバル〟と聞こえているらしい。
こちらの世界の言葉は、なにか世界に掛かっている魔法とやらで、自動翻訳されて聞こえてくるわけだが、ぴったりの言葉がない場合には、微妙に近いものに丸められてしまう。
「そっかー。おまつりかー。楽しみだなー」
俺はそう言った。
なんかビミョーに違うっぽいが、まあ、おまつりの一種であるなら――。
「はい。楽しみですねー。ね? エナちゃん」
「たのしみ……」
エルフに言われて、エナも、こくんと首を折ってこたえる。
うん。かーいー。かーいー。
「こっちのおまつりは、どんなのがあるんだ? 縁日とか、出るのか?」
「はい? なんです?」
「だから〝縁日〟だが?」
「そこのとこだけ、なんか、聞こえないんですけど?」
「〝縁日〟だってば」
「聞こえないですー」
この世界の翻訳魔法の特性。
ぴったりの言葉がないと、近い概念にざっくりとまとめられてしまう。
そして似たような概念も、まったく存在しない場合には、こうして話が通じないことも起きる。
……て、いうことは?
「こっちの〝カーニバル〟には、縁日は……、ないのか? じゃあ、まあ、縁日はないとしても……、あれか? 盆踊りとかはすんのか?」
「はい? なんです?」
「それもないのかよ」
エルフの反応でわかってしまった。
「じゃあ、なにすんだ?」
「各地でいろいろ違いますけど。このへんだと、まず、街の中央に集まりまして――」
「集まって?」
「語り部から、普段は聞かせてもらえない、ありがたいお話を聞きます」
「はい?」
俺は思わず、首をひねった。〝ありがたいお話〟っていうのは、あれか……?
校長センセが、朝の朝礼でするような、ああいうやつか?
それなんの罰ゲーム?
……と、思ったのだが。
エナの顔を見てみると、「たのしみー」という顔になっている。
「……えーっ?」
「あと、帰りにお菓子がもらえます」
町内会の火の用心の見回りかよ。朝のラジオ体操かよ。あれもお菓子もらえるっけな。
いやまあ……。楽しいっていえば、楽しいのかもしれないが……。
しかし……。
なんつーか……。
「地味」
俺はぽつりと、そう言った。
「そんなことないですよ。ああ。お話があるだけでなくて、場が盛り上がってきたら、のど自慢が出てきて、歌います」
「そこだけ翻訳可なのな」
のど自慢はなー。あれなー。歌っている本人は楽しいんだろうけどなー。へたくそな歌を聴かされるこっちのテンションは、だだ下がりなんだよなー。
「マスターのほうだと、〝カーニバル〟って、なにをするんです?」
「そりゃあ、もちろん……」
と、俺は言いかけて、言うのをやめた。
どーせ、翻訳されない。
俺は説明をするかわりに、考えこんだ。
なにかここに、無双ネタの気配があるような気がしていた。
Cマート、超ひさびさの更新ですが、数日で数話ぐらい更新しまーす。
書籍6巻のラスト連作にあたるエピソードを数話ほど続けていきます。




