第100話「雨具無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店の前。
なんとなく表に出て、ぼんやりと外を見ていた俺は、ぽつ、と、ほっぺたに冷たいものを感じて、空を見上げた。
「あ。雨だ」
ぽつ、ぽつ、ぽつ、と降ってきた雨粒は、みるみるうちに、その数と勢いとが増してゆき――。
ザーッ、と、降ってくるようになった。
「雨だ、雨だー」
俺は頭の上に手をあてて、店の中に逃げこんだ。
「え? 雨ですか?」
「雨っ!?」
「そう。雨」
バカエルフとエナに、そう言うと――。
「わー!」
「わー!」
二人は大声をあげながら、どしゃ降りの雨の中に飛び出していってしまった。
「おい! おい! おいちょ――っ!」
夕立ぐらいの強さのある雨だから、二人はあっという間にずぶ濡れ。
二人で手を取りあって、ダンスなんてやっている。エナが踊るところとか、はじめて目撃したかもしんない。
バカエルフは足首まで泥んこにつけて、くるくる回ってる。
エナなんて靴が脱げて裸足だ。――じゃなくて。なるほど。飛び出るまえに靴を脱いでいったのか。店の入口のところにエナの靴が、左右ばらばらに落ちていた。
俺は靴の左と右を、それぞれ拾い集めると、店の入口に揃えておいた。
あとは……、えーと、バスタオルも出しておくか。二人分な。
「マスター! マスター! マスターも、ほらー! 雨ですよー! 雨ーっ!!」
バカエルフが呼んでいる。輝く笑顔で呼ばれる。
ばーか。子供じゃあるまいし。大雨に喜んで飛び出してゆくかっつーの。
濡れるだろ。
……が。
エナとバカエルフの二人だけでなく、他の家々の人たちも、表に出て歓声をあげている。
なんか変な光景が、店の前で起きている。
ちょっとだけ顔を突き出して、通りの左右を見てみると――。
ずっとあっちのほうでも、反対側の遠くのほうでも、どこでも同じように、皆が喜びながら表に出ている。ずぶ濡れになっている。
なんだ? なんだ? なんなんだ?
「あー、もー、マスターも、雨に濡れればいいのに~」
「……だよ」
バカエルフとエナが戻ってきた。
バスタオルを放ってやって、わっしゃわっしゃと、髪を拭き終わったぐらいのタイミングで、俺は聞いた。
「なんでみんな、雨なんかで、あんな大騒ぎしてんだ?」
「そりゃあ、めずらしいからですよ」
「めずらしいわけないだろ。雨なんて、一週間もあったら、1日くらいは……、このまえだって……」
と、言いかけた俺は――。ふと、考えこんでしまった。
はて? 最近、雨が降ったのって、何日前だったろうか……。
今週は、降ってない。
先週も、降ってない。
そのまた前も……、降ってなかったはず。
〝今週〟とかいったって、この世界には〝曜日〟はないので、だいたい一週間ぐらいの感じ、というアバウトな時間感覚なわけであるが。
この1ヶ月くらいは降っていなかったな。その前の1ヶ月も……、降っていなかったんじゃないのか?
あれ? そうすると……。
前に雨が降ったのって……、いつだ?
「あれ……? 雨? ……まえに、いつ降ったっけ?」
俺は真顔で、二人に聞いた。
「降ってないですよ」
「ふってないよ」
二人は首を横に振る。
「エナちゃんが来てからは降ってないですし。あとマスターが来てからだって……。一度も降っていませんよね」
「そっかー。そうだよなー」
俺は納得した。
だよなー。
俺。こっち来てから、雨、見たことねーもん。
「――って! おい! 降ってるじゃん! ――雨っ! 雨が降ってる!!」
「だから言ってたじゃないですかー。マスターも雨に打たれてみてはどうですかー、って。……いまからでも、行きます?」
「いや。行かん」
「なんでですかー。気持ちいいですよー。……あっ。ついでに行水してきますー」
おバカなエルフは、なにを思ったのか、その場で、ぺろんと服を下からひっくり返して――。
「うわぁバカぁ! やめろおぉ! そんなところでハダカになるなぁ!」
「なんですか、もう。マスター? そんな大声あげて……。また発情期ですか?」
「ちがわい!」
「じゃあ、いいじゃないですかー」
おバカなエルフは、俺が背中を向けているあいだに、ごそごそ服を脱いで、ハンドタオルと石鹸を持って、外に行ってしまった。
見てないから定かではないが、たぶん、すっぱだか。
床には、服だけが残されている。まるで脱皮のあとみたい。
最近穿くようになった「ぱんつ」が一番上にあるので、すっぱだかであることは、もはや確定だ。
「エナも行ってきていいんだぞ……」
そう言った俺の声は、ちょっと疲れていたかもしれない。
「……いかない」
エナは顔を赤くして、そう言った。
こっちが〝普通〟の反応のはずだよなー。
……だよな?
バカエルフが戻ってきたときのために、バスタオルをもう一枚ほど出してやりながら、エナに聞く。
「こっちの世界じゃ、雨って、めずらしいのか?」
「うん。……一節に一回。くるよ?」
「一節って……、二年のことだっけ?」
「うん。そう」
エナはこくんと首を折るようにうなずいた。
「……え? 二年に一回しか、雨、降らねーの?」
「でも一回降ると、しばらく続くよ」
「しばらくって、どのくらい?」
「何日か……、くらい?」
異世界。すごい。なんかすごい。
ずっと晴れの日が続いたかと思えば、こんなどしゃ降りが、何日も続くわけか。
「へえ……」
「雨のあいだ。大変だな。……あっ。そういや、傘とかどっかにあったっけかなー? 売れるかな? あれー? なかったかなー?」
俺が在庫をあたって、傘を探していると……。
「カサって……、なに?」
エナが言ってくる。
「傘は、傘だろ」
「なんに使うの?」
「雨に濡れないように、頭のうえに掲げて使うものなんだが……」
と、そう言いつつ、表を見ると――。
みんな、大雨のなかを、すったすったと、平然と歩いている。
「傘? ないの?」
「カサ……って、なに? しらないよ?」
あー。あー。あー。
なるほど! 傘! ないのか!
二年にいっぺんしか雨が降らないなら、傘なんて差さなくたって、イベント的に楽しく濡れていればいいわけだなー!
なるほど!
俺は、雄々しく立ち上がった。
無双の予感が、ビンビン、していた。
「ちょっと仕入れに行ってくる!」
仕入れ用のバックパックを引っつかむと、傘も差さずに――大雨の中に飛び出していった。
「あっ! マスターこっちでーす! いっしょに水浴びしませんかー!」
「しねえよ! バカ! バカ裸族! こっちくんな! 近づいてくんな! 見えちまうだろ!」
すっぱだかで近づいてくるおバカなエルフを振り切って――。
俺は、ふいっと角を曲がった。
◇
「ただいまー!」
向こうに行ってホームセンターに飛びこんで、そして目当ての〝ブツ〟を仕入れて、すぐに舞い戻ってきた。
仕入れの最短記録だったかもしれない。
ホームセンターでは、びしょ濡れの俺は、すげぇ人目を引いていた。
まるで物凄い夕立に見舞われたようにびしょ濡れで、一歩歩くたびに、水たまりができるほどで――。
そんな状態で、傘売り場の傘と、雨具売り場の雨具と、長靴売り場の長靴とを、買い占める勢いでカートに投げ込んでいたものだから、ホームセンターの店員たちからは「またあいつか」という目を向けられてしまった。
「これが傘な!」
エナに渡す。
傘を開こうとして、エナは――。
ボタンを押した途端に、しゅぽんと開いた傘にびっくりしていた。
うははは。かーいー。かーいー。
バネの入っている高級品は一本だけで、残りはぜんぶ、透明のビニール傘だった。
これは俺の勘であるが――。透明のほうが楽しいだろうと思った。人気が出るはず。
雨ガッパも透明なものにしてある。
長靴は大人用から子供用まで、大小色々なサイズを取り揃えた。
「さーて! お立ち会い! Cマートの新商品だよー!」
透明傘を差して、透明雨ガッパを着込んで、カエルさん柄の長靴を履いたエナが、モデルのように歩き出る。
「これから長いこと降り続く雨を! こんなふうに歩いてはどうかな! 雨に降られても、なんと、濡れない! 雨にあたるのもキモチいいけど! 透明カサと透明雨ガッパも、カッコいいよーっ!!」
声を限りに叫んでみる。
フル装備で固めたエナが、とことこと、歩いてゆくと――。
皆が、おおーっ!! と歓声をあげた。
うはははは。来た来た!
お客さんが押し寄せてきた!
久々に、超無双の感触なりッ!
「おいバカエルフ! お前も戻ってきて手伝え!」
「あっ。ちょっと待ってください。この着心地を――」
バカエルフのやつは、あろうことか――!?
透明雨ガッパを着ていた! すっぱだかの上に!
透明なもんだから、透けていて――。しかもビニールが肌に張りついて――。
単なるマッパよりも、もっと遙かにトンデモナイことになっていた。
「もう! バカ! エロ星人! エロエルフ!」
「なんか新しい称号もらっちゃいましたー。……でも〝えろ〟ってなんですか?」
「いいからはやく脱いでこい! あと服を着てこい! この際水着でもいいから! ――とにかく売るぞ! 売りまくるぞ!」
「はーい」
◇
傘と雨ガッパと長靴のセットは、売れに売れた。
俺は一日に何往復もして、いくつものホームセンターを空にする勢いで仕入れを繰り返した。
雨の続く数日間――。
街のみんなが、透明ルックに染まっていた。
雨期のCマートは、雨具無双だった。
あちらの世界は、非常に水が染みこみやすい大地となっていることと、高低差が極限まで少なくなっているので、雨が続いても、洪水の心配は無用です。
二年ごとの雨で地下水の水位が戻ります。
晴天が二年続きますが、豊富な地下水のおかげで乾燥することもなく、いつでも草原には草が青々と茂っていると。




