第099話「おべんと無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
俺はカウンターで頬杖をつきながら、店の外の道を眺めていると……。
道を歩いていた男性を、女の人が追いかけてつかまえた。
「あんた。おべんと忘れているよ」
「ああ。ありがとうな。おまえ」
奥さんらしき人が、旦那さんらしき人に、なにか包みを手渡している。
何の気なしにそんな光景を見ていた俺は、何の気なしに、バカエルフに聞いてみた。
「こっちの世界のおべんとって、どんなんだ?」
「はい? なんですか? マスター」
「だから、おべんと。――どんなんだ?」
向こうの世界だと、おべんと、というものは、だいたいご飯とおかずの入ったものだが――。こっちの世界にはご飯はないわけだし。
だったら、おべんとは、いったいどんなものになるのだろうか。
そうした、軽い感じの疑問だったのだが――。
「パンと干し肉ですね」
「は?」
俺は思わず聞き返していた。
「ですから。パンと干し肉ですけど。……わからないのって、どっちです? パンですか、それとも干し肉のほうですか?」
「いや。どっちもわかるけど。……って、おまえ、俺のこと、相当バカにしてないか?」
「いえ。バカにはしていませんけど。マスターは異世界人ですので、基本的なことを知らないこともあるのかなと」
気を遣われているのやら、失礼なのやら、どっちなのやら。
「こっちのおべんとってな、パンと干し肉だけなの?」
「贅沢にするなら、ドライフルーツもつきますかね」
それでもあんまり変わってない。
「せめてサンドイッチとかに、しねーの?」
「さんどいっち? とかゆーのは、それは、どういうものでしょう?」
「えーと。だな……」
「なにか肉味の食べものな気がします!」
「おまえは本当に、肉が好きだな。――まあサンドイッチには、だいたい肉が入るけど」
「食べてみたいです! 今日のお昼ご飯は、〝さんどいっち〟にしましょう!」
「おいおい……。もう昼飯。食べただろー……。ボケたか?」
「気のせいです」
「いや。食ったって」
「お昼が二回あったっていいじゃないですか! 食べたことないですよ。その〝さんどいっち〟というものは!」
「おまえ。ほんと。食いものことになると、人が変わるのな」
いつものこいつは、馬鹿なのか人格者なのか――まあ穏やかでニコニコしているが。
こと、食べもののこととなると、飢えた獣みたいにワイルドでデンジャラスな存在と変わる。
「あとおまえ。サンドイッチなら……。もう食ったろ?」
「今日のお昼ご飯はまだ食べてませんよーだ」
「いや。今日じゃなくて……、ええと、ほら、このあいだ中坊どもが泊まりに来たとき。何ヶ月か前に。みんなでメシ食って、バーベキューなんかもやって――。そのときの料理で、たしか出てたろ? サンドイッチも?」
「どれが〝さんどいっち〟なのかはわかりませんが、めずらしい料理がたくさん出てました」
「めずらしくはないだろ。普通の食いもんばっかだったろ」
「マスターの世界の料理は、こちらでは、みんなめずらしいんですって」
「なるほど。そういや。そうだな」
「ご理解いただけましたか」
なんでこいつは、こんなにドヤ顔をしているのだろう。
「なんの話?」
お茶を淹れつつ、エナが聞いてくる。
最近、エナは、俺たちが言い合っていても、ケンカしちゃだめ、とは言わなくなった。
めっ、と、叱ってくるかわりに、なにか好ましいものでも見るような眼差しを、俺とバカエルフの二人に向けてくる。
「えっと……」
何の話をしていたのか、それを答えようとして、俺はずいぶんと悩むことになった。
もともと、なんの話だったっけ?
「おべんと、の話だったかと」
「ああ。そうだそうだ。おべんとだ。――おべんと、っていうものはだな。おいしくて素敵な食べものをいっぱい詰めこんでだな。べつにキャラ弁とまではいかなくとも、かぱっと蓋を開けたら、わー、ってなるようなもののことをゆーのだ」
「きゃらべん? というのは、なんでしょう?」
「そこはべつにどーでもいい」
「ですけど。そんなに美味しいものいっぱい詰めちゃったら、日持ちしなくなっちゃいませんか?」
「日持ち?」
「長旅のあいだ、困りません? 何日も何十日もかかりますよね。旅は」
「誰が旅の食糧の話をしとるか。俺の言ってるのは、さっきの〝あんたおべんと忘れてるよ〟のときの、今日、食べるやつのことなんだが」
「ですから、おべんとは、パンと干し肉が相場ですって」
「長旅のおべんとはそうかもしれんが。今日食うおべんとなら、傷んだりもしないわけだし、もっと美味いものを持っていったほうがいいだろう」
「……そういえば。そうですね」
「じゃあ、なんでパンと干し肉なんか、食ってるんだ?」
「……はて?」
「はて、じゃないだろ。きっとなんか理由があるんだろ?」
「……いえ。……特には」
なるほど。よくわかった。
「じゃ。我がCマートが、新商品として〝おべんと〟を開発して、販売してもいいということだな?」
俺は無双の予感に、ニマリと笑いを浮かべた。
◇
「どうさね? こんなんで、いいのかね?」
「うーん。オカズはもっと濃い味のがいいんじゃないか?」
「あんたは塩をかけすぎなのさ。このくらいのが、わたしらにはいいんだよ」
「じゃあ。オカズはそれで」
オバちゃんの食堂にお邪魔して、俺は「べんとう」の試作品を作っていた。
いや。作っているのはオバちゃんだけど。俺はあれこれ口を出しているだけだけど。
試作しているのは、幕の内弁当的な――なにか、であった。
こちらの世界の主食はパンだが、どうも俺にとってはパンだと「べんとう」という気がしない。
米とか、ごはんとか、そのものズバリの代物は、こちらの世界には存在していない。
だがパン以外の穀物も食べられている。炊くというか、煮るというか、そんなような調理法で、お粥とパエリアの中間みたいなものはある。そこからもうすこし水分を飛ばしてもらうと、おべんとに詰める主食ができた。
「オバちゃん。それ、握って丸くできる?」
「丸くかい?」
俺は思いついたことを言ってみた。
ご飯ではないが、ご飯によく似た感じになったそれを、丸く握ってボールにすれば、アレになるのではなかろうか。
「こうでいいのかい?」
「塩味つけてよ」
「あんたはなんでも塩味にするんだねえ。――はいよ」
これでノリさえあれば完璧なんだが。
「それは、なんていう料理になるんだい?」
「おにぎり、だな」
「おにぎり? っていうのかい?」
ノリを巻いていなくても、おにぎりは、おにぎりである。
おにぎりとオカズのセットが出来上がった。
はじめは、幕の内弁当的なものを作ろうとしていた。
しかし、おにぎりとオカズのほうが、出先で食べるには、食べやすいんじゃないかと思った。
よーし、売るぞー!
◇
「はーい! はいはーい! おべんとだよー! おべんとは、いかがー!」
「おべんとでーす! パンと干し肉もいいですがー。こっちは冷めても美味しいですよー。ためしにおひとつ、どうですかー?」
「おべんと……、おいしい……、です」
店の外にテーブルを持ち出して、俺とエルフの娘とエナの三人で並んで、道行く人たちに声をかける。
おべんとを売る。
Cマートは街のすでに名物となっていて――。
お。また変なもの売ってるな?
――と、道行く人が、興味津々という顔で、寄ってくる。
俺はすかさずその一人を掴まえて――。
「ささ、どうぞどうぞ。ためしに食べてみてください」
向こうの世界の販売テク――「試食」を勧めた。
おかずの鳥の唐揚げ。そして本命のおにぎり。両方、一個ずつ勧める。
「うまい!」
お客さんは喜んでくれた。
「今日の昼ごはんに、これをどうですか? 銅貨で……ええと、オバちゃん、いくら?」
「三枚でいいよー」
製造責任者から、そう返事が返ってくる。
「じゃあ三枚で」
「買います!」
最初の一個が売れると、あとは、次々と売れはじめた。
かなりの数を用意していたのだが、みんな、はけてしまった。
でも噂を聞いてやってきたお客さんが、まだまだたくさん集まってくるところ。
「オバちゃん。追加追加ー!」
「あいよー!」
べんとう。増産中。
俺たちも手伝った。どんどん弁当を作っていった。
おにぎりの大きさが、多少、不揃いでも、誰もなんにも気にしない。
その日、べんとうはたくさん売れた。
オバちゃんの食堂の材料がなくなってしまうまで売れ続けた。
翌日はもっと売れた。なんと行列が出来上がっていた。
一週間もすると、他の食堂も真似をしはじめて――。そして行列は消え去った。
それでもオバちゃんの食堂では、いつも何十個ほどが安定して売れていた。
みんな笑顔で買ってゆく。べんとうを渡すオバちゃんも、「いってらっしゃい」と笑顔になっている。
他の食堂が真似をしたことは、なんとも思っていない。
そうやって「べんとう」というものが街中に広まっていってくれて、働く人が、昼どきに美味しいごはんを食べられるようになることが、俺が願ったことだった。
今回はCマートの無双ではなかったが……。
「べんとう」というものが、この世界に定着した。
今日のCマートは、べんとう無双だった。




