第097話「ケッコンしてくれ」
「まあなんでも食ってくれ」
「わーい、もっくん、太っ腹~っ」
俺は翔子をファミレスに呼び出すと、メニューを押しつけて、そう言った。
なんでもとは言ったが、本当に高えもん食うなー。ステーキ頼むかよ。まあべつにいいのだが。
「んで、なんか用なの?」
ウエイトレスのお姉さんが行ったあとで、翔子はそう言った。
「用がなければ、おまえを呼んではいかんのか?」
「だって、もっくん、用がないと顔出さないし」
「そりゃまあ……、そうだが」
「んで、なんの用? できることなら協力してあげるから。とりあえず、話してみたら?」
翔子はけろりとそう言った。
この女は、昔からこういう感じである。頼りがいがあるというか、なんというか……。高校生時代には、〝大班長〟なんて異名まで持っていた。
「じゃ、ケッコンしてくれ」
「え?」
「ケッコンしてくれ」
「ふぇっ?」
「だからケッコンしてくれ」
「えっ? えっえっ? ええーっ!? ちょ! ちょ――!? 待――!? なんで!? なんでいきなり!? なんでわしと!?」
「なんだ。だめなのかよ? いま〝できることなら協力する〟って言ったのに、言ったのにー、ウソだったのかよ? あとおまえいま〝わし〟とかゆった? バーちゃんかよ?」
「ステーキお待たせしましたー」
「あ。そっちで」
翔子の前にステーキが置かれる。
カンザスビーフ、リブロース200グラム。オニオン醤油味。
「あの……、ちょっ……、食べてからでいい?」
「ケッコンしねえなら、ステーキ食うな」
「もっくん! セコいよ!」
「いいだろ? べつに? ケッコンするぐらい?」
「いやそんなすぐに決められることじゃぁ……。一生の問題でぇ……」
「ん? 一生の問題?」
「あとほら、ずっと一緒にやってくわけだから、うまくやっていけるかっていう心配も……、あ、あるじゃん? わし……わたしたち、前にほら、あんな感じになっちゃったわけだし……」
「ん? 一緒? おま? なに話してんの?」
「だからケッコンの――」
「え? なんで俺とおまえがケッコンすんの?」
「え? だっていま、もっくんが……?」
「ん? ん? ん?」
俺は腕組みをして、考えた。
なんでこいつ、勘違いしてんの?
「――!? あー! あー! あー! おまえ! おれがケッコンしてくれって言ったと思った!?」
「思った……っていうより、そう言われたんだけど?」
「ちがうちがう! ケッコンしてるってことにしてくれ! フリだけでいいから!」
「フリ……って?」
「だから真似をするだけ。本当にケッコンするわけじゃない。――もー、勘違いすんなよなー。話は最後まで聞けっての」
「最初に言ってよ」
「あー、もー、びっくりしたぜー」
「びっくりしたのは、こっちだよ」
翔子はようやく、ひょいぱく、ひょいぱく、と、食べはじめる。
こいつはぱくぱくとよく食べる。まだ剣道だか剣術だかを続けているらしく、運動量があるせいか、昔からどんだけ食べても見事なスタイルを維持している。
その健啖ぶりを眺めながら、俺は事情を話した。
「まえに女子高生と同居してるって言ったろ」
「まずいしやばいし、って――わたし、言ったよ?」
肉を頬張りながら、翔子は、ちら、と目線を上げて言う。
「ああうん。ヤバかった。なんか最近、ぐいぐい来られてなぁ……。あと、あそこの質屋のジジイにも、なんか異様に気に入られていて、孫娘の娘婿? とか、そーゆーのに、ぜんぜんオッケェ、ウエルカム……って感じで、外堀を埋められてきている気がしてな……」
「あとは――あっちの異世界のほうでも、なんか、色々あってな」
「エルフさん?」
「なわきゃない」
「エナちゃん?」
「そっちでもなくて。まあそっちもあるけど。また別口のカッチョええお姉さんがだな……」
「あっちこっちに手を出しているんだね。もっくん」
「出してない。あと、もっくん、やめい」
「なんでさ? 昔はいつも――」
「そんなことより。ケッコンしてるフリをする話だが」
「どうしよっかなー?」
「なんだ? ゆすってくるつもりか? ――じゃあ、デザートも食ってよし」
「ジャンボパフェくださーい!」
こいつ。いちばん高いデザートを容赦なく頼みやがった。ま。いいけど。
「やるのはいいんだけど。でも、もっくん、ひどくない? ――その気がないんだったら、ちゃんと断ってあげたほうが、その娘のためだと思うよ?」
そういや、こいつ。昔、高校生の頃。
彼女持ちの男に告って、きちんとフラれていたっけなぁ。
「いや。まあ……。なんていうのか……。はっきり断るのも、アレだっていうか……」
「アレって、なに?」
「いや美津希ちゃんカワイイし。いい娘だし。なんでも知ってるし経理もできるし。料理も上手だし家事万能だし」
「のろけを聞かされている、わし……。パンケーキも頼んでいい? いいよね?」
パンケーキが追加された。
「つまり、断ってしまうのも勿体ない気がする?」
「いや……、女子高生に手を出す気は、さらさらないのだが……。もうすこしすれば女子高生でもなくなるわけで……」
俺はなにを言っているんだろう。そういう世俗のしがらみからは、解放された気がしていたのだが……。
「まあ、もっくんの、そーゆーズルくさいところ。ぜんぶ知ってるし。そういう馬鹿なところも、いいと思っているけれど」
「おい? 馬鹿っていったか?」
「だけどそれで、〝ケッコンしましたー〟とか言うのって、ぜんぜん良くないよ。悪手ってやつだよ」
「そうなのか?」
「そうそ。美津希ちゃんには話してあげるから。お姉さんに任せてみない?」
翔子はそう言うと、ばちこーん、と、ウインクをしてきた。
◇
「こんちわー」
「帰ったぞー」
俺は翔子を連れて、質屋へと帰った。
「あっ――、翔子さん。いらっしゃい」
美津希ちゃんがエプロンで手を拭きながら出てきた。夕食の支度をしていたところっぽい。
「このたび。もっくんとケッコンすることになりましてぇー♡ そのご報告にきましたー♡」
翔子は腕を絡めてきて、ぴったり張りついて、そう言った。
いきなりの爆弾発言。
うえええええっ!?
それ――やらないことになったんじゃないのーっ!?
「えっ……?」
美津希ちゃんが固まっている。
「……と、いうようなことを、わたしにやってくれって、思い詰めたもっくんが頼んできたんだけど。それは断ったわけね。それでお姉さん、美津希ちゃんとお話があるんだけどー。ちょっといいかな?」
「えっ? あっ? ……じゃあ、ちょっと、火、止めてきます……」
美津希ちゃんがいっぺん奥に引きこむ。
「どしたの? もっくん?」
俺がへたりこんでいると、翔子のやつが言ってきた。
「いや……、なんでもない」
俺はよろよろと立ち上がった。
「あと……、まかせていいかな? 夕飯までには、帰る」
「はい。おまかせー。いってらっしゃーい」
翔子の見送りを受けて、俺はふらふらと街にさまよい出していった。
◇
「おかわり!」
「はいどうぞー。いくらでもありますよー」
翔子が三杯目の茶碗を、ずびっと差し出す。
美津希ちゃんはニコニコと笑顔で、ご飯をよそっている。山盛りだ。
なにやら女子たちのあいだでは、話し合いが行われたようで……。
美津希ちゃんの態度はまったく普通。まあお客(翔子)がいるからかもしれないが。
これであの、ぐいぐい来られる美津希ちゃんのアプローチ……。
なくなるのかなー? なくなるといいなー?
女の子同士、どんな話し合いが行われたのかわかりませんが……。
「美津希ちゃんEND」は当面回避の模様です。




