第094話「ケッコンしないか?」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
今日はいつもと違うメンツがいる。
来客用テーブルのところで、長くて逞しくて美しい足を組んでいらっしゃる。
オーク姉だ。
俺は、どーもあの人が苦手で……。
いやまあ。わるい人ではないのだが。
まえにあの人の「弟」が、うちの店に「エクスカリバー」だか「ゾンビクラッシャー」だか「チェーンソー」だかを買いにきた。金が足りなかったが、街の有志の人たちがカンパしてくれて、やつは武器を手にして意気揚々と引きあげていった。その武器でゾンビの大群を退けて、村を守ったらしい。
彼女のその弟の受けた恩を返すために、うちにきて、「おんがえし」とやらをやっているのだ。
裏に鍜治小屋まで作って、とんてんかん、とんてんかん、――と。
オークの秘伝の鍛冶仕事をやって作ったのは――。
武器というよりは鉄の塊とでも呼ぶべき代物で――。
店の壁を一面占領して、ようやく置けるぐらいの巨大な「斬竜刀」とかゆー代物だった。ドラゴンスレイヤーとか言うとカッコよく聞こえるのだが、やはりどこからどう見ても、単なる巨大な鉄の塊だ。たしかにあんなんでぶった斬れば、竜だって殺せるとは思うが。
この世界には昔は「竜」がたくさんいたそうで――。さすがファンタジー世界。モンハンの人たちが振り回すような、何メートルもあるような刃物でぶった切るような相手がいるとは……。
しかしその〝剣〟と呼ぶにはあまりにも巨大な代物は、到底、持てる者などいるわけがなく――。
店の不良在庫として邪魔な物体となり果てている。
店の中に一本。そして裏の家事小屋に、もう一本が完成している。
持ちあげられる者がいたら、もう、銅貨一枚でも錫貨でもいいので、持っていってもらおうと思っている。
力持ちのジルちゃんが一度持ちあげはしたのだが――。「いらん」と言われた。あっちの現代世界には竜なんていないから、必要ないと。
そりゃそうだ。
「ここの茶は、いつ飲んでも美味いな」
「えへっ……」
オーク姉に褒められて、エナが嬉しそうにする。エナは彼女に懐いている。まえに理由を聞いてみたら、「かっこいいから」と言っていた。
うむ。たしかに彼女はカッコいいと思う。思うのだが……。
「ときに店主。剣は売れたか?」
「うしろ見ろっての」
オーク姉のうしろの壁に、剣は展示されたまま。
「すまない。質問が悪かった。――剣は売れそうか?」
「まるでだめだな」
「持ちあげられたら持ち帰れる」のゲームは続けている。最近では挑戦料は銀貨一枚になっていた。
それでも挑戦者がいなくなってしまった。
「困ったな……。それでは恩返しができん」
「もう作るなよ? 絶対作るなよ? すくなくとも1本が売れるまでは作るなよ?」
「しかし恩返しをしなければ……」
オークというのは、義理堅い種族らしい。
あんなん、剣を売っただけだから――と、いくら説明しても、「我が一族の恩人だ」とか暑苦しいことを言って、恩返しをしようとしてくるのだ。
店の前に底が見えないような穴を掘って、恩返しをしたら小石を投げ入れて、その穴がいっぱいになったら恩返し終了だとか、明らかな無理ゲーを勝手に自分に課して、頼みもしない斬竜刀などを作っているわけだ。
「恩返しはわかったから。なにか他のことでする気はないのか?」
「しかし私には、戦うことのほかには、鍛冶仕事ぐらいしか取り柄がなく――」
戦うことのほうは、もっと用がねえなぁ。
すごい体をしているから、きっと強いんだろうなー、とは思うのだが。
べつにすごいというのは、そういう意味ではなくて――。まあたしかに、オーク姉は凄い美人で凄いプロポーションをしていると思うが。鍛え上げられたいいカラダっていうか……。そういえば翔子も武道系美人だけあって、カラダは凄かったなぁ。
「ふむ……」
オーク姉は、かちゃりとカップを置いた。
いけね。じろじろ見過ぎたか。
「違う恩返しの方法を考えてみた」
「店主殿。――結婚しよう」
「は?」
「結婚してやってもよい」
「は?」
「ではなくて……、そのつまり、結婚してくれ」
「は?」
「すまない。立場柄、物を頼むことには慣れていなくてな。またオークは求婚は牡の側からやるものなのでな。牝の側からやる場合の作法など知らんのだ。だが恩返しだからというのが理由だけでもないぞ。結婚して欲しいというのは私の希望でもある。また店主殿には、それで充分に恩返しができると思う」
「いや――!! 待て! 待て! 待て! 待て! ――なぜそうなる!?」
「店主殿もまんざらではないのではないのか? いま私のカラダを――」
「――わー! わー! わー! わー!」
やっぱ見てたこと気づかれてた。しかしなんちゅーことを言い出すのだ。このお姉さんは。子供もいるのに。エナがいるのに。
そのエナは、きょとんとしている。
「お姉さん……、ここに住むの?」
「うむ。結婚したならば、そういうことになるな」
「そか」
にこっ。――と、エナは笑う。嬉しそうに。
あれあれ?
あのー? エナさーん? ほんとうにいいんですかー?
「マスター。〝ケッコン〟って、一緒に住むことでいいんですよね?」
「うん?」
……ああそうか。なんでか「結婚」って言葉はこちらにはないらしくて、エナとバカエルフは「ケッコン」を「同居」ぐらいの意味に捉えているんだっけか。
「まあ仕事もあるので、数日は出かけることになるが。戻ってきた一日で、しっかりと子作――」
「わー! わー! わー! わー!」
俺はまた大声をあげた。このお姉さんは、油断するとアブナイ言葉をぶっ放す。
「オークは多産だぞ? そして年中発情期だからな。繁殖力には定評がある」
オーク姉は、にかっと笑う。
だからそーゆー話題を口にするときには、すこしは恥ずかしがってください。お願いします。
あと俺の希望っつーものを、すこしは聞いてください。……さっき目線に出ていたことは否定できないけど。
「え? え? え? お姉さん……、まれびとさんと……コドモ? えっ? えっえっ?」
エナにも、ようやく話が伝わったっぽい。
まばたきを何度も繰り返して、オーク姉と俺を、何度も見比べている。
「そうだ。そのために結婚をするわけだ。……ああそうか。ヒューマンにもエルフにも、〝結婚〟という慣習はなかったな。我々オークは〝つがい〟となるのだ。店主殿の世界ではヒューマンも〝つがい〟を作るようだな」
「ま……、まあ、そうなんだけど……。けど俺は……」
「店主殿。なにを悩むことがある。私は相当に良いぞ? ……たぶん」
カッコいいお姉さんは、カッコよく堂々と言いきった。すげえ漢前だった。
しかし、たぶん、ってなんだ、たぶん、って。……まあ意味はわかるけど。
「だ……」
エナが小さく声をもらした。
俺は期待する目を、エナに向けた。
「だ……、だめーっ!!」
小さな手で、オーク姉の逞しい胸板を、ぽこぽこと叩く。
「あっはっは。これはたまらんな。……まいった。……まいった」
オーク姉は降参した。
俺はオーク姉からプロポーズされたが……。とりあえず、当面の危機(?)は去ったっぽい?