第091話「コピー用紙無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
俺がテーブルの上のコピー用紙に、いたずら書きをしていると――。
「マスター」
「な、なにかな?」
俺はコピー用紙を、ささっと隠した。
鼻毛ボーボー、口から火を吹いている〝バカエルフ怪獣〟を描いていたわけであるが、けっしてなにか悪意や意図や他意があってのことではなく、いたずら書きというものは、なんとなく無意識のうちに書くものであるからして――。
「その紙なんですけど」
「いやだ。断固として断る。見せないぞ」
「それって、こぴーようし? とか言いましたっけ?」
「あのな。べつにな。ラクガキぐらい好きに書かせろ。あとな。これはな。エルフにも鼻毛あんのかな? とか単純に純粋に、そう疑問を持っただけであってな。深い意味はないんだからな」
「さっきからなんの話をしています?」
「おまえこそなんの話をしてんの?」
「ですから、その、こぴーようし? とか、マスターの呼んでいるその紙なんですけど」
「コピー用紙がどうしたの?」
どうもバカエルフは、俺のラクガキに気づいたわけではないっぽい。
俺はとりあえず、ほっとして――エルフの娘に、そう聞いた。
ラクガキをしていた紙は、遠いところに置いといて――。
「こんなの書いてたよ? エルフさん。すごくじょうず。――だよね?」
うわあああ。
エナ様が持って見せに行っちまったああぁ!
エルフの娘は俺のラクガキを一瞥して――。
「このくらいで怒ったりしませんよ。子供じゃありませんし」
――と、穏やかな声で、そう言った。
あれ? 怒らねえの?
「あれれ? 上手じゃなかった? だめだった?」
「上手ですけど、鼻毛ビームは出ませんし、口から炎も吐きませんね。ドラゴンじゃないですから」
やっぱり怒ってんの? どっちなの?
てゆうか。ここの世界にドラゴンってやっぱいるんだ。口から炎、やっぱ、吐くんだ。
俺の描いたラクガキは、エナによって俺の手に戻された。
「こんど。わたしも描いて?」
「あ……、ああ……、いいけど」
「鼻毛ビームつきで」
「ええっ!? ――いやいやいや。ムリムリ!」
「ムリ? ……じゃあ、目からビームで」
「うええええっ!?」
目から怪光線を放つエナの絵を描く約束を、俺はさせられてしまった……。
「その、こぴーようし? とかいう紙って、マスターの世界から持ってきてますよね」
「ああ。うん。まあそうだが」
「マスター、それ、気軽に使ってますよね。いまも、しょーもないラクガキしてましたし」
「やっぱりおまえ怒ってるんだろ」
「ぜんぜん怒ってなんていないですよ?」
にこっ、と、花の微笑みが向けられる。
わかんねー。わかんねー。女の笑顔って、どっちなのか、意味わかんねー!
まあそれはそれとして――。
「だから、コピー用紙が、どうしたんだよ? 俺の世界じゃ、こんなん500枚サンキュッパで売ってるぞ?」
「ええ。そうなんじゃないかと思っていました。マスターの世界じゃ、すごくありふれていて、すごく安いものなんじゃないかって」
「だからそう言ってるじゃん?」
「ええ。だからそう言っているんです」
エルフの娘は、また、にっこり――。
ん? ん? ん? どゆ意味?
「あれ? ……もしかして、こっちじゃ、紙って、貴重品なのか?」
「紙は、そうですね。ものを書くのに使うのは、羊皮紙のほうが一般的ですよ」
「え? 革? 革なんて、たっけーじゃん? なんで紙のが革より安いの?」
「マスターの世界のほうこそ不思議ですよ。革より紙のが安いなんて」
「革ってあれだろ? 動物の皮だろ?」
「紙って木から作るんですよね?」
「知らんけど。たぶんそうだろ。再生紙で森林の木が何本分とかいうしな」
「羊なんて、ほっとけばいくらでも増えるじゃないですか。お肉をとったら革も自動的に採れるじゃないですか。たくさん余るじゃないですか」
「いや木のほうがむしろ……って、そういや、森とか、このへん、あんまり見ねえな?」
「そういえば段ボール? とかいうあれも、新聞紙? とかいうあれも、ぜんぶ紙でしたねえ。マスターの世界には、きっと木がいっぱい生えているんでしょうね」
「木、生えてねえの?」
「エルフの里には、木はいっぱいですよ。樹齢何万年っていう木ばかりですよ。でもこのあたりは草原地方ですから」
そういえばこっちの世界って……。
どこまでも大草原は続いているが、木はあちこちに、ぽつりぽつりと生えているだけ。林といえるぐらいの木立があるだけで、森と呼べるような密集地帯は見た覚えがない。
森がないから木が少なくて、草原ばかりだから羊はいくらでも増えて……。
それで紙が貴重品で、羊皮紙が余って安いのだろうか?
異世界って、なんか、変。
「これ……。羊皮紙だよ? わたしの日記」
エナがどこからか、「羊皮紙」の実物を持ってきてくれた。
「ほー。そうかそうか」
俺が手に取ろうとすると――。
「だめ」
さっと後ろに隠してしまった。
あ……。そういえば〝日記〟って言ってたっけ。だめじゃん。俺。
人の日記、読もうとかー……。だめじゃん。俺。
「こんど……、見せられる日記……、書く、から」
二重日記ですか。エナさん。
でもそれって小学校の先生に見せられる作文みたいなもので、ほんとのこと書けないんじゃないかな。
「マスターの世界、そんなに紙がありふれているんでしたら、こっちに持ってくれば、無双? とかゆーの、できるかもしれないじゃないですか?」
「おお! そうか!」
俺はさっそくバックパックを担ぐと、現代世界に仕入れに向かった。
◇
コピー用紙の500枚入りの束は、5個セットで段ボール箱で売っていた。
ホームセンターにあった。それを仕入れ用バックパックに入るだけ詰めこんでみたら――何十キロという重さになってしまった。
〝紙〟は、じつはすんげー重たかった。
ひいひい言いながら持ち帰ってきて、さっそく店頭に並べてみた。
……が!
「売れねえなぁ」
「売れないですねえ」
「なんでかなぁ……」
「なんでですかねえ……」
「羊皮紙がたくさんあるなら、それに書けばいいからじゃないかなー……」
「そうですねえ。羊皮紙がたくさんありますからねえ。字を書くのには、足りていますよねえ……」
「おまえが言ったんだよな。無双できるって……」
「〝できる〟とは言ってないですよ? 〝できるかも〟って言ったんです。疑問形です」
「おまえの言うことを信じた俺がバカだったってことかなー」
「はーい。バカエルフでーす」
「おま。言ったな? 自分で言ったな? おま。もーバカエルフ。決定な」
「まあいいじゃないですか。たまにはこういう日があっても」
「わりと半分くらいハズレてるがな」
異世界になにを持っていけば人気商品となるのかは、まったく、わからない。
なんでもないものが大人気となったりする。むしろ「絶対イケる!」と確信に至るとハズレになってしまうことが多い。そんな気がする。
「こんなに紙を持ってきて、なんか、無駄になったなー」
「まあいいじゃないですか。エナちゃんのお絵かき帳になってますから」
エナは床にぺたんと座りこんで、クレヨンをコピー用紙に塗りたくっている。せっせと、なにか奇怪なモンスターを絵を描いている。
「エナー。それは、なんだー?」
「まれびとさん」
なんと。怪生物は、俺だった。
「耳からビーム、でるよ?」
なんと。耳からビームが出るらしい。すげえな。俺。
「そうだ。小説家さんなら喜ぶかもしれないですよ?」
「キングのところのお子様か?」
そういや、自称小説家の女の子がいたな。まえに紙をあげたら、喜んで小説書いてたっけなー。
そりゃ、チラシの裏よりは、コピー用紙のほうが、書きやすいだろうなー。
「紙って、物を書く以外には使えないんですか?」
「書くこと以外で?」
「そうです。新聞紙? とかゆーのは、お布団担ったじゃないですか」
「暖かかったよ?」
エナが言う。段ボールハウスに住んでた頃のエナのお布団は〝新聞紙〟だった。かさかさ言ってたが暖かかった。
「羊皮紙にできない使い道で、なにかないですか?」
「羊皮紙にない使い道……、使い道……、あんまりなさそうだなー。あるとしたら、紙ヒコーキを作るくらいかなー」
「かみひこーき? ……なんですか? それは?」
「そりゃおま。紙ヒコーキっつーたら、紙で作るヒコーキのことで――」
「ひこーき、って、なんです?」
異世界には飛行機ないのか。……ないか。そりゃそうか。
お? てゆうことは……?
ぴんと閃くものがあった。
この予感はアレだ。おなじみのアレだ。
無双の予感だ。
俺はさっそく、コピー用紙を一枚抜き取ると。紙ヒコーキを折りはじめた。
あれ? こうだっけ? こうだったっけ? ちがったっけ?
何十年も折ってないから、しばらく間違え続けていたが、やがて正しい折り方を再発明した。
「これが紙ヒコーキというものだ」
「なんかトンがってますね」
「それ、なにするもの?」
「ふっふっふ……。これはな……。こうするものなり!」
俺は、紙ヒコーキを、すうっと投げた。
ヒコーキは、すうーっと飛んでいって、店の入口を抜けて、表の通りまで飛んでいった。
通りの真ん中くらいに、ぽてっ、と、落ちる。
そして待つこと数秒……。
「なになにー! これなにー!」
「なにー! いま飛んでたよー!」
「飛んでたのー! すっごーい!」
ガキどもが紙ヒコーキを拾って、店のなかになだれこんできた。
めっちゃ興奮している。
「ふはははは。来たなガキども! 紙ヒコーキ飛ばし放題! 銀……じゃなくて、銅貨1枚なりっ! 折り方も教えてやるぞーっ!」
500枚入り×5包みのコピー用紙の箱が、何個も、ぜんぶ1日でなくなってしまうぐらいの盛況ぶりだった。
あとなんでか、キングのところのガキどもまでやってきていた。小説家は小説を夢中で書いていたが、ガリレオのほうも、「この紙ヒコーキを大きくしたものを作れば、人は空を飛ぶことができます!」とか興奮して騒いでいた。
いや実物大の飛行機のほうが先なんだけどな。紙ヒコーキはその縮小サイズなんだがな。
まあ、なにはともあれ――。
本日のCマートはコピー用紙無双だった。てゆうか。紙ヒコーキ無双だった。