第090話「おたんじょうび」
いつものCマート。
店を閉めたあとの、いつもの夕飯タイム。
「これ……、なに?」
問いかける目線を、エナが俺に上げてくる。
化粧箱を開けて、出てきた物体は、ケーキだった。
「前に一回食べたろ」
「うん。ケーキ。知ってる。おいしかった」
前に〝クリスマス〟を祝ったときに、エナはケーキを食べている。
「ケーキは、お祝いのときに食べるもの。……今日、なんのお祝いなの?」
「それはな。エナ。おまえの誕生日だ」
「たんじょうび……? って? それなに?」
「うえっ?」
サプライズを仕掛けようと思ったのだが……。なんか妙な空気が漂ってる。
「いやあのほらな? まえにほらっ、生まれた日がわかんないって、エナ、そう言ってただろ?」
「うん。知らないよ?」
「だから俺な。おまえを最初に預かった夫婦ってのを、聞いて回って探してきてだな。それで聞いてきたんだ」
「そうなの?」
「はっきりとはわからなかったが……。なんかほら、エンゲの節? それの24日あたりにオギャーって生まれたんじゃないかって、それがわかって……」
「そうなんだ」
エナはなんか他人事みたいにうなずいた。
「じゃあ……、6節、回ったんだ」
指折り数えて、エナはそう言う。
「へ? 6つ? えっ! えっ! ええーっ!? ――じゃあエナって6歳っ!?」
俺はびっくりしていた。エナがそんなに小さかったなんて!?
10歳くらいじゃないかと思ってた!
「マスター。マスター。同じ節は2年ごとに巡ってきます。だからエナちゃんは6歳じゃないですよー」
「え? あ? ……そうなの? あー、びっくりしたー」
「九九やってください」
「62が12……。ああ。12歳かっ」
俺はほっとした。いやほっとしていていいのか?
12歳といえば微妙なお年頃。
子供扱いして、レディー扱いをしないと、むくれられてしまう――そんな気難しいお年頃。
エナがたまに機嫌を損ねる理由がわかった。子供扱いしていたからだ。
「……んで。お誕生日を祝おうと思ってだな。こうして用意をしていたわけなんだけど……」
やべえ。俺。プレゼントも用意してたんだけども……。
すっかり子供仕様! やべえ! 俺ピンチ!
おなかを押すと、ぶーぶー鳴るコブタちゃんマスコットとか、ないかなー? ないわなー?
「おたんじょうび……、って、なに?」
きゅるんと小首を傾げて、エナは言う。
「へっ?」
「エルフさん……、しってる?」
「はてさて? 聞いたことも――ああ、そういえば、いっぺんだけありましたね。まえにマスターとジルちゃんとが話していて、誰かのお誕生日どうだとか言ってましたっけ」
「おま。よくそんな昔のこと覚えてんな」
「いま必要があったので思い出しただけですよ。それまで忘れていましたよ」
「なに言ってんのかわかわかんねーよ」
「前にマスターにもかけてあげたじゃないですか。――思い出せる魔法」
「おまえはいま魔法っつーた!」
「それよりお誕生日なんですけど。……私も知らないですよ?」
「誕生日っつーたら、誕生日だろ? なんでないの? ほら? あるだろ? 思い出せよ」
エナが誕生日を知らないというのは、不憫でしかたがない。
俺たち大人としては、誕生日を祝ってあげる義務がある。
「エルフは千年目に生誕祭やりますけど……。そういうのとは違いますよね?」
「それは千年目にしかやらないのか?」
「ええ。成人の儀式ですから」
「それは成人式っつーもんだ。俺たちは20年目にやるがな」
「え? おとな……って、20歳から?」
なんかエナが絶望したような顔をしている。
なんでショックを受けているのか知らないが、俺は慌ててフォローに入った。
「いやいやいや。それは俺のいた世界の話で――。それに〝大人〟の年齢を引き下げようっていう動きもあってだな。たしか選挙権は、もう18歳になってたはずだし……」
「せんきょけん?」
「ああそれはこっちの話で――。おいバカエルフ。こっちの成人式は何歳なんだ?」
「はいバカエルフです。――ヒューマンは成人の儀式とかは、やらないみたいですね。あと選挙もないですね。キング族になるとキングをやります。自動的に」
「いや選挙のほうはどうでもいいから。――ないの? 成人式? じゃ何歳から大人になるの?」
「……わたし、おとなだよ?」
エナがぼそっとそう言った。
その言葉を否定してはいけない。俺は全力で肯定した。
「ああうん! そうだな! その通りだな。エナはもう大人だな! ――ということで、これは大人ケーキだ!」
「うわぁぃ」
なんだかよくわからないが。助かった。誤魔化せた。
「これ? 一人で食べるの?」
ケーキを見つめて、エナは言う。
エナも女の子なので、甘い物はかなり好き。だいぶ好き。
「ああもちろん」
エナのためのケーキだ。独り占めしたっていい。
「みんなでわけちゃ……、だめ?」
「もちろん。エナの好きにしていいぞ」
俺はほんわかとした気持ちになった。エナは優しい子に育ったなぁ。
包丁を持って、エナはケーキを切り分けようとして……。
「ねえエルフさん。360度を――7で割ると?」
「51度くらいですねー」
「51度……、むずかしい……」
エナは苦労してケーキを7等分にした。しかしなぜ五等分?
「……オバちゃんと、ドワーフさんと、オークのお姉さんと、商人さん、呼んできてもいい?」
俺の目を見上げて、そう問いかけてくる。
俺はもちろん、うなずいた。
エナは元気に走って行った。
みんなを呼んできて、ケーキを食べてお祝いをした。
賑やかになったパーティの席で――。
エナがこっそり――、俺に耳打ちしてきた。
「これで……、おとな、だよね?」
いやまあそのー……?
異世界の風習はどうなのか、よく知らんけど……?
まーだちょっと……、早いんじゃないのかなー?
とりあえず否定はしないでおいたけど。