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第089話「算数と数学」

 いつもの昼前。いつものCマートの店内。


 カウンターテーブルの上で、エナが小銭を並べているので、なんなのだろう、と、俺は興味深く見守っていた。

 傍らにはメモ用紙が置かれている。


 6つの山を7つ作って、いち、にい、さん……と数えていって、「42個」とつぶやいて、その数をメモ用紙に書きこんでいる。


 あれは仕入れに行くときに渡されるメモ。

 なにを何個買ってくればよいのかが書かれているメモだ。

 エナはいまそれを作っているわけだ。


 6かける7、ってなんなんだろう?

 そう考えた俺は、ああ、飴ちゃんの数か、と思いあたった。


 1日に飴ちゃんは6袋ほど出る。「売れる」ではなくて、これは「出る」のほう。

 ガキどもに配るのがだいたい1日平均6袋。

 飴ちゃんや塩などは、おおむね7日ごとに仕入れに行っているから、毎回の個数は、6かける7で42となるわけだ。


 俺の仕入れメモは、最近はエナが作ってくれている。

 たまに間違いがあったりするのだが、せっせと作ってくるエナは、楽しそうにやっていて、俺がメモを受け取ってゆくと、嬉しそうな表情を無表情の下にほんのりと示すので、俺はエナにすべて任せることにしている。

 エナにはCマートの「仕入れ数管理部長」の役職もついた。エナのできる仕事は、だんだんと増えていっている。


 熱心に楽しそうにやっているのは、大変、よいのだが……。

 あれはなにをしているんだ?


 こんどは4つの山を6つほどこしらえている。そしてまた端から数えはじめている。


24(にじゅうし)


 俺は言った。

 46(しろく)24(にじゅうし)である。数えないでもわかる。口が覚えている。


「え?」


 エナは、きょとんとした顔を俺に向けていた。

 あれ? 間違っていたっけ?

 ろくしは、にじゅうし……でいいんだよな? 九九(くく)なんて小学校の低学年だかにやったから、記憶の彼方だが……。


「すごい……。あってる」


 小銭を数え終わったエナは、そう言った。


 いやいやいやいや。……すごくないですよ?

 さすがに俺だって、九九(くく)くらいできますよ? 覚えていますよ? いま一瞬、自信がなくなって不安になってた、なんてこともないですよ?


「なんでわかるの?」

「いや……、なんで、って、言われても……? 46(しろく)は、24(にじゅうし)だろ? んで、さっきのは、67(ろくしち)だから、42(しちじゅうに)だろ」

「ずっと……、見てた?」


 エナが、じとっとした目を俺に向ける。


「え? いや見てない見てない。ぜんぜん見てない。さっきのところといまのところだけ、ちらりと見えただけ。それだけ。それだけ」


 俺は慌てて弁解をした。

 エナさんの怒りポイントがどこにあるかがわからない。これは怒っているのではなくて恥ずかしがっておられるのかもしれないが、感情表現がいまいち豊かとはいえないエナさんの微細な機微の見分けは、エナ学の第一人者を自認する俺にとっても、少々難しい。


「あまり……、見られると……、はずかしい、から」


 ああよかった。後者のほうだった。


「マスター。数学に才能があったんですねー。ひょっとして、あちらの世界では数学者とかでした?」

「は?」


 学者だの数学だの、俺にはまったく縁のない職業に思える。

 ブラック企業でこき使われていた俺には、そんなエリート階級の……。

 ん? 学者とかも、じつはブラックだったりするのか?


 ブラックではない夢のお仕事が存在するなんて、そんなこと無邪気に信じるほど、俺はお子様ではなく――。だとすると、学者業界も、やはりブラックまみれであるはずで――。


「いや……。九九(くく)なんて、向こうじゃ誰でもやってるぞ? ちょうどエナくらいに学校で習う……、いや、もっと前かな? 小学校の低学年くらいだから。……エナおまえって、いま、幾つ?」


「えっと……、わかんない。……ごめんなさい」


 そうか孤児だったっけな。じゃあ自分の生まれた日も知らないかもな。

 あとなんで謝る?

 聞いてしまった俺のほうが申し訳ない気分でいっぱいだ。


 なんだか気まずくなって、二人、顔をうつむかせていたが――。

 大人の俺のほうが頑張って先に立ち直る。


「ああ。ええと。まあエナくらいなら。小学校の低学年……、いや高学年? あれ? もしかして中学生くらいだったりする?」


 女の子の年齢なんて、さっぱりわからん。

 俺はバカエルフに顔を向けた。


「マスターの世界の、がっこう? とかいう場所の話を、なんで私がわかると期待されているのでしょう?」

「あれ? 学校……、ないの?」

「まえにその話、キングとしたことありましたよ。キングの開いている学問所が、マスターの言う〝がっこう〟にいちばん近いんでしょうけど。

「ああ! ガリレオと小説家!」


 なるほどあいつらはキングのところにいると言っていた。異様に頭の良いお子様たちだった。


「でも普通の子は〝がっこう〟なんて通いませんよ。……ほら。お外でいつも元気よく遊んでいるじゃないですか」


 いまも店の外あたりでガキどもは遊んでいる。

 うちの店で売ってるゴム紐を使って、ゴム跳びなどをやっている。


「そっかー。ガッコ、行かなくていいんだー。いいなー。この世界ー」


 表で遊ぶガキどもを見ながら、俺はしみじみとつぶやいた。

 昼前だっつーのに、向こうの世界なら授業中のはずの時間なのに、ガキどもは元気よく遊んでいる。


「エナも遊んできて、いいんだぞー?」


 気を利かせてエナに言ったら――。


「仕事。あります。もう子供じゃないです」


 ぷいっと、そっぽを向かれてしまった。

 このぐらいの年代の子、むずかしー。


 そしてエナは、こんどは5つの山を7個作って、数えはじめる。

 またそこのところに戻ってきてしまった。


57(ごしち)35(さんじゅうご)

「……すごい。また合ってる」


 いや。だからね?

 いちいち数えなくても、いいんですよ? エナさん?


「これは九九(くく)っていって、暗記するやつな。えーと……、1かける1から、9かける9まで、ぜんぶ、いちいち数えなくてもわかるんだ」

「すごい! わたしも覚えられる!?」


 なんかキラキラした目を向けられてしまう。


 昔……、小学生のとき……、どうやって覚えたんだっけ?

 さっぱり思い出せん。


 とりあえず俺は、コピー用紙を一枚ひっぱり出してきた。ボールペンで縦横に線を引いて、9×9のマス目を作る。

 そこに数を書きこんでゆく。一段目は1の段だから、1、2、3……と書いて雪、二段目は2の段だから、2、4、6、8……と。手製の掛け算表を作ってゆく。


「おい。バカなエルフも覚えてみるかー?」

「はーい。おバカなエルフも一緒に覚えてみまーす」


 めずらしくエルフがお茶を淹れている。

 エナは、ふんふんいって、俺の手元に夢中になってる。

 お茶を飲みながら、俺たちは九九(くく)のお勉強をした。


「しっかし、エナ……。Xがどうたらいう計算を、まえやってたのに……。九九(くく)とか、すっ飛ばしていたんだなー」

「あれは……、引き算の計算だったから……」


 エナははじらっている。うん。かーいー。かーいー。

 いきなり中学の教科書を渡した俺が間違っていた。こんどは小学の教科書を渡そう。

 ええと……。どうすりゃ手に入るんだ? 小学の教科書って? ジルちゃんだの彼氏だのカスミちゃんだの、現役中坊ズの誰かなら、まだ持ってるかな?


    ◇


 掛け算表を作って、大きな声で、「いんいちが、いち!」とかやっていたら、意外とすぐに覚えられた。

 エナよりも先にバカエルフがほとんど一回覚えきったのが不思議だったが……。バカなのに。

 エナも何回目かには暗記できていた。すごい。エナはじつは頭よかった。


 エナの意外な一面が見えた一日であった。

 本日のCマートは、九九(くく)無双……だったのかな? どうなのかな?

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