第088話「砂時計無双?」
いつもの昼どき。いつものCマートの店内。
昼食のための「カップ麺」に湯を入れて、三分待ってるそのあいだ、砂時計を立てておく。
テーブルの上に置いたその砂時計を、エナが、テーブルの端から顔を半分だけ覗かせて、じーっと見ている。
なにが面白いのか、俺にはさっぱりわからないのだが、どうも砂が落ちてゆくその様子が面白いらしい。
「三分、たったよ?」
ぴくりともしなかったエナが、急に、そう言った。
うむ。砂が全部落ちたんだな。
これはもうほとんど砂時計でなくてエナ時計だな。
ふたを引っぺがして、ぽいっと捨てる。
武士みたく、潔く、ぽいっと捨て去る。
たしか武士はそう。がんりゅう? だとかの、ササキコジローとかいうやつが、鞘をぽいっと捨てていたから、きっとそう。
「あーもー、マスター。散らかすのだめですよ」
せっかくカッコよく投げ捨てた蓋を、バカエルフのやつが拾いやがった。
俺のカッコよさを台無しにしたうえで、お説教などをくれている。何様なのだこいつは。
「だめだよ」
エナが言う。俺に言う。
はい。すいません。こんどから気をつけます。
「いちばん肉味なのはー、どれですかー、どれですかー、どれですかー」
「トンコツじゃね?」
「じゃあ、これでー」
「エナは味噌とワンタンメンと、どっちにする?」
「たべたことないほうがいい」
「じゃあ。ワンタンだな。ワンタン。その白い三角なの。食えるからおいしいから」
「……おもしろい」
エナははじめて食べるワンタンに興味津々。
うん。かーいー。かーいー。
エナがなんでも面白がるのは、エナが子供だからなのだろうか。それともエナは好奇心旺盛な、才能溢れる子女なのだろうか?
習い事でもさせたほうがいいのか? エナの親……的なつもりでいる俺は、ちょっと気になった。世の親が子供に習い事とかさせるのは、なんでだろ? とか以前は思っていた。俺自身、そういうものとは縁がなかったもので。だがいまではその気持ちがわかったような気がする。
そういや、さっきも砂時計を面白がっていたっけ。
「砂時計。おもしろいか?」
麺をすすりながら、エナに聞く。
ふーふーやって食べてるエナは、俺が半分食べてるあいだに4分の1も進んでいない。
うん。かーいー。かーいー。
「こっちには……、ないから……。砂時計」
髪を押さえて麺を食べつつ、エナが言う。
「ん? ないの? ――砂時計」
「ないよ。はじめてみたよ。――ね? エルフさん?」
「私もあちこち旅していますが。見たことはないですねえ。――ところでマスター。おかわりほしいです」
もう食べきってしまったバカなエルフが、話題のついでに、しれっと言う。
「おまえ。太るぞ」
「完全な生命体であるエルフに肥満はないのです。餓死はありますが」
「どこが完全なんだ。光合成ぐらいできるようになってから言え」
サンマ缶をパス。
暖める時間も惜しいのか、そのまま、ぱっかんと開けて、がふがふと食いはじめる。
口のまわりタレまみれにして――。あーあ、美少女が台無し……。
「そっか。めずらしいから、見てたのか。エナは」
「おもしろいよ? ……あと、時間もわかるし。すごいよ?」
そりゃ、砂時計は時間を計るための〝時計〟だから、当然だが……。
時間を計るなら、キッチンタイマーなんかが、いちばん便利なわけだが――。 〝電池〟が必要なものは、持ちこまない方針だ。
そういうものを広めると、Cマートはそのうち「電池屋」になってしまいかねない。
電池を使わない時計というと、これがまた、ひどく選択肢が少なくなって……。
ソーラー腕時計とか、ソーラー壁掛け時計とか、みんなソーラー関係ばっかになってしまう。
そんななかでも、唯一――。電池? なにそれ? おいしいの? 的に――無電源生活でもまったく支障の出ない、古典的タイマーが、砂時計というアイテムだったわけだ。
昔は、なんか、電池を使わない、つまみを捻って回すタイマーなんてものが、あったような気がするんだけどなー?
最近、ホームセンター巡りをしても、ぜんぜん見つからねーの。置いてねーでやんの。
しかし砂時計であれば、ちょいとオサレな感じのキッチン雑貨の店を覗けば、かならず置いてある。
最近の俺の仕入れ範囲は、ホームセンターやスーパーだけではない!
駅のショッピングモールの全店舗が俺の守備範囲となっているのだ!
そういう店は在庫が少なく、「これ100個ください」とか言ったって無理であるが、個数を言っておいて数日も待てば、取り寄せてもらえる。――そんな技も、俺はすでに身につけているのだった!
えっへん。
「なるほどー。じゃあ砂時計。ちょこっと仕入れてみるかなー? 売れると思うかー? エナー?」
「うれるとおもうよ」
「無双できるかー? エナー?」
「むそうできるよ」
エナのお墨付きを貰って、俺は砂時計を仕入れに行くことにした。
◇
後日――。
各色、各時間の砂時計をずらりと並べた。
探してみたら、じつは砂時計は、オサレ雑貨ショップよりも、百円ショップのほうにたくさん置いてあった。
デザインはありきたりで、オサレショップのほうがカッコよかったが、砂時計は砂時計だ。おなじものだ。ひょっとしたら時間の精度などは違うのかもしれないが、数秒や十秒ぐらい、違っていたとしても、あんま困らない。
「店主。これはなんだ?」
Cマートの新製品に、一番に食いついたのは――。
「おまえが食いつかんでいいんだよ」
「うわあああ。キング足蹴にする人、私、はじめて見ましたよ。歴史上でもはじめてなんじゃないんですか」
バカエルフが大げさに驚いている。
俺も蹴りはひどかったかなー、と思ったので、赤いマントについた足形を、手ではたいて落としてやった。
そしてきちんと説明をしてやる。
「これはな。砂時計、というものだ。時間を計る道具だ。こうして――ひっくり返すと。砂が落ちはじめる。これは三分計だから三分間。こっちの小さいのは一分計。こっちのすこし大きいのは五分計。一〇分計と、一五分計もあるぞ」
カラフルな砂時計を、ワンセット、ずらりと並べてみる。ちょっと壮観。
「一式、貰おう。――いや二セット」
「まーた、おまえは大人買いをしやがって」
「大人買い……?」
「なんに使うんだよ? 面白がるだけなんじゃないのか?」
「マスター。マスターマスター。キングに対して不敬ですよー。不敬」
「だめなのか……?」
「ほらキング凹んじゃってますよー。はやくフォロー。マスター。フォロー」
キングは――金髪の巻き毛を震わせて、青い目をうるうるとさせている。
男だけども美形なもんで、そんな顔をされると、ちょっと変な気分にならないこともない。
だが俺にはそういう気は……しょた? とかいうんだっけ? そんなのは、ないので――。
「ち、ちゃんと……、つ、使うんだったら、べ、べつに買ってってもいいぞ? で、でもおもしろがって買うだけなら、一個くらいに……、し、しとけ?」
――と、こんなふうに、毅然と言ってやった。
キングは上着の袖で顔をこすると――。
「うちの研究員が……ほら、いたろう? 地面は丸くて球体で、空が回っているのではなく、大地のほうが回っているという異説を唱えていた学者が。彼が研究のために時間を計る道具を必要としていてな」
「ああ。ガリレオか」
「……がり?」
そういや、理屈っぽいお子様が、いたっけな。
俺の中ではガリレオと呼称しているのだが。
「こっち、時計って、どうしてんだ?」
キングは指を上に向けた。
――上?
「マスター。お日様の高さで時間はわかるじゃないですかー」
「アバウトだなぁ」
「この店で扱っている〝カトリセンコウ〟なるものも、大変、役には立っている。だがもっと短い時間を計る、もっと精度の高いものが必要ということでな」
「ちょっと待て。蚊取り線香が、なんで時間に関係してくる?」
あれも本来の使い方をされていなくて――。翌朝まで〝火種〟をもたせるためのアイテムとして活用されている。何時間も持つ。
「あれは1本で4セムトの時間を計る――」
「アバウトだなぁ」
俺は呆れた。線香の燃える時間を計るとか。どんだけのんびりしてんだ。こっちの世界。
「店主の世界では、時間はどのようにして計っているのだ? どういう単位で計るのか?」
「いや。秒とか分とか。――セムト? とかいう、こっちの単位は、よくわかんないけど。だいたい2時間くらい?」
「ビョウ? ……フン?」
おや。変換しない。
「セムトより短い単位は、なんつーんだ?」
「セムトよりも短い単位は……、ないが?」
「ないんだ!」
2時間が最小単位か!
すげー! すげー! 異世界すげー!
のんびりしてる。
まあ……。考えてみれば、こっちの生活なんて、そんなもんか。
1日なんて、朝と昼と夕方に、3つに分かれているぐらいで、時間に追われてやらなきゃならない仕事なんて、そうそうないし――。
向こうの世界じゃ、「分単位」で動いていたからなー。タイムカード押す時間が一秒遅れたって〝遅刻〟扱いだしなー。たまんねえよなー。そのくせ残業代は出ないしなー。
タイムカードだけはきっちり時刻に押させておいて、仕事が実際に終わるのはもっとずっとあとで――。
タイムカードって、いったい、なんなわけ?
「俺のもといた世界じゃ、心臓が一拍するぐらいの時間で、セカセカ、やってたなぁ」
「ああなるほど。平静時の心臓の鼓動で時間を計ることもできるな。我らキング族なら常に平静だから、適切かもしれない」
なんかいま「秒」が発明されてしまった模様。
「一分は、だいたい、息を止めていられるぐらいの時間のことだ」
俺。俺俺俺。一分息を止めていられる。
「……」
「……」
「……」
バカエルフとエナとキングが、三人とも、無言になった。
俺は一分計を逆さまにして置いた。
砂がちょうど落ちきるあたりで――。
「ぷはぁっ!」
「む! 本当だ!」
バカエルフとキングが降参した。
エナは、ぷるぷるとしながらも、もうすこしだけ頑張って――。
「ぷはぁ! ――いちばん!」
一番になって、顔を輝かせている。
うん。かーいー。かーいー。
結局、砂時計は――無双、というまでは売れなかったが、そこそこは売れた。
1、2セットは常備しておくぐらいの、定番商品となった。
主なお客様は、奥様方。
なにか料理を煮込んだりするのに、時間を計るのに使うらしい。
あと、ドワーフの親方。
なにかの行程のなにかの時間を計るのに使うらしい。これまでは親方の〝勘〟で時間を計っていたものを、砂時計を使えば、弟子たちの誰でも再現できるようになったとかならないとか。
親方は喜んでいるやら、悲しんでいるやら。自分一人は砂時計を使わず、これまで通りに頑固にも〝勘〟でやっているようだが――。
そんなことやってると、弟子たちに追い抜かされっぞ?
本日のCマートは、砂時計無双? ……だった。