第56.6話「戦争のはなし②」
塩。塩。塩はどこだ!
俺はあちこちを駆けずり回った。
あちこちのスーパーを回る。
塩のあるコーナーの前で、店員さんを掴まえて、「またこいつか」という嫌な顔をされているところに、指を突きつけて、もっと欲しいと告げる。「どのくらいですか?」と聞かれて、「一〇トン」と伝えて、はじめは冗談だと笑われて、マジだとわからせるまでにだいぶ苦労をして、マジだとわかると「無理ですね」と言われる。
そのサイクルを、だいたい、四~五回ほどは繰り返しただろうか。
俺だって、無理だと思う。
だが必要なのだ。
商人さんは、もし塩が一〇トンあれば、戦争を止めてみせると、そう言った。
だが塩は明日の朝までに必要だ。
二つの街は遠い。荷車何台分もの隊商を率いて到着するには時間がかかる。そして戦争はいまにも始まろうとしている。
ギリギリの猶予が、明日の朝なのだった。
俺はそれまでに塩を集めると約束した。
約束したのだ!
美津希ちゃん! 美津希様! 美津希大明神!
馴染みのスーパーをすべて回り尽くしてしまった俺は、馴染みの質屋に駆けて行った。
困ったときの美津希ちゃん!
あのスーパー女子高生なら、塩十トンの入手法も、知っているに違いない!
――が!!
『臨時休業』
という張り紙が、無慈悲にも閉じたシャッターに張られていた。
張り紙には続きがあった。『土曜まで留守ぢゃ。可愛い孫と家族旅行ぢゃ! 家族風呂ぢゃ!』
サムアップサインのジジイのイラストまで描かれている。
ジジイ! 行き先くらい書いておけよ!
てゆうか! 愛しい孫とか書くなよ! 引かれるぞ! ドン引きだぞ! 嫌われるぞ!
女子高生がジジイと一緒に家族風呂なんて入ってくれるわけねーだろ! ばかか!
俺は思わずシャッターに蹴りを入れていた。
いや爺さんに罪はない。わかってる。
ここに来れば、美津希ちゃんに会えば解決と、俺が勝手に期待していて、それが裏切られたから、爺さんおよびシャッターに対して八つ当たりしているわけだ。
爺さんは愛しい孫と家族旅行を楽しんでいてくれ。
家族風呂は入ってもらえないと思うがな!
俺は公衆電話に走った。滅多に見つからない公衆電話であるが、場所を知ってるところに向けて走った。緑色の電話に取り付いて、百円玉を取り出してから――気がついた。
俺! 美津希ちゃんの携帯番号! しらなかった!
その場にしゃがみこんで……、しくしくと泣いた。
美津希ちゃんとは、質屋に行けば、いつでも会えるもんだから――。
番号とか教えてもらってなかった!
教えてもらっても、入れとく場所がないし。
俺。携帯もスマホも持ってないし。
こちらの世界を離れるときに、ぶっ壊したし。
てゆうか。俺。
美津希ちゃんとは、番号も交換していない仲だった……。
いま思い知った。
そしてしゃがみこんだままで、もうすこしだけ、しくしくと泣いた。
いつまでも泣いていると、道行く人に、へんな目で見られる。
俺は立ち直ることにした。
いや。正確には立ち直っていない。
道をとぼとぼと歩いた。
角を曲がると、あっちにシフトしてしまいかねないから、あまり角を曲がらずに、まっすぐに歩いた。
地元商店街のなかを、とぼとぼと、肩を落として歩きながら、俺は、考えていた。
頭を使うのは、苦手なのだが……。
なんとかして、一〇トンもの塩を手に入れる方法を見つけなければ……。
「あっれぇー、もっくんじゃん」
とぼとぼと歩く俺に、声が掛けられる。
「え? あれ? ……ええと? 高坂さん?」
振り返った俺は、そこに立つ女性をまじまじと見つめた。
高校の時の同級生だ。〝大班長〟という異名を持つ、豪快な性格の美少女は、いま昔の面影を残しながらも――美少女というより〝美女〟って感じにクラスチェンジしていた。
当時から凄かったプロポーションは健在だ。ますます凶悪になってない?
「もっくん、まだ地元にいたんだ。わたし。ここの酒屋で働いていてさー。あ。お酒買ってく? 買ってく?」
「いや。買わんし。――あと、その誰にでも〝っくん〟って付ける癖、やめい」
「まあまあ。わたしと君の仲じゃないかー。具体的には〝班長〟と〝平班員〟の仲っ」
ポニテの美女は、背中をばしばしと叩いてくる。
彼女は武道をやっているせいか、手首のスナップが利いていて、地味に痛い。
人望のある彼女は、班を作ると、かならず班長に任命されて――そしてついたあだ名が〝大班長〟というわけだ。
懐かしくはあったし、なにより彼女は、昔、俺の――いや、それはどうでもいいが。
しかし今の俺は、どうやって塩を手に入れるかで頭がいっぱいで、思い出話をしていられる状況じゃ、ないんだが――。
俺が困った顔をして立っていると、このいいオンナは、すぐに察してくれた。
「ああごめん。なんか用事あった? どっか行くところだった? わたしも仕事中でさー」
ひょいとビールのケースを持ちあげる。
細く見えるのに、なんでか、高出力なところも、健在だった。
俺はもう一個のケースを持って、彼女のお尻を眺めながら、裏手の倉庫に向かった。
倉庫の一角に積まれた袋に、俺は目を留めた。
「これ……、塩か?」
「うん? 塩だけど?」
「なんでこんな、でっか……」
塩の袋は、見たこともない大きさで……。「二五キロ」とか、書かれている。
「ああこれ? 業務用っ。漬け物屋さんとか、たくさん使うところ、あるっしょー」
一袋二五キロの巨大な塩を眺めながら、俺は考えていた。
一個二五キロ。一トンは、たしか一〇〇〇キロで、一〇トンは、一〇〇〇〇キロだから……」
「祥子っ。一万割る二五っ!」
「えっ? えっえっ? えーと……、よ、よんひゃく?」
「これ。四〇〇袋ほど手に入ったり……しないか?」
「えっ? えっえっ? よ、よんひゃく!?」
「だめか?」
俺は真剣な顔で、そう聞いた。
「い、いや……、だめじゃないけど……、でも、よんひゃく袋……って、何キロ?」
「いや。キロじゃない。トンだ」
「トン!?」
彼女はびっくりしている。
「そうだ。一〇トンだ。それだけ必要なんだ」
戦争を止めるために。
「い、いや、まあ……、問屋さんに頼めば、取り寄せられないこともないけど……?」
彼女はそう言った。
「マジか!?」
「そ、それで、いつまでに用意すればいいわけ……?」
「今日中!」
「きょ――!? 今日中っ!?」
「だめか……」
「い、いや……、だめじゃないけど……、わからないけど……」
そういや。押しに弱いんだっけな。このオンナ。
俺はもう一押しすることにした。
「だめかどうか、頼んでみてくれないか? その……、とんや? とか? そういうところに」
「いいけど」
店に戻って電話をする。
彼女が電話先と、二言、三言、会話する。
だいたい空気で「無理だ」と言われているのが伝わってくる。彼女は、さらにそこから粘りを見せた。電話先と交渉をはじめる。
電話が切られるまで、俺は、傍らで、固唾をのんで見守るだけだった。
電話が切られる。彼女がこっちを向く。
「問屋さんの倉庫にも、そんなにないけど……。でも県のほうのセンターの大きな倉庫とか、あと工場のほうにも、あたってくれるって……、それで……たぶん」
「たぶん?」
だめなのか。いいのか。
どちらの答えであっても、俺にはそれを聞く覚悟ができていた。
「あるだろう、って……」
「ありがとう! 翔子っ!?」
俺は彼女を力一杯、抱きしめていた。
「わっ、わっ、わわっ――それアウト! アウトだから!」
祥子は、なんか美津希ちゃんみたいなことを言って騒いでいる。
「あ、あと……、お金あるの? 一袋千円くらいだけど、四〇〇もあるし、特急料金と、うちの儲けも入れて……、五〇万円くらいになるけど?」
「問題ない」
俺は帯封のついてる札束を置いた。
一束で、百万。数えなくてもわかる。
「うっわ。お金もちぃー。もっくん、変な商売とかしてないよね?」
「ばかいえ。皆がWINWINで笑顔になる立派な商売だ」
戦争を止めるのだ。笑顔になるのだ。
「あと、ひとつ言っとく。――もっくんはやめろ。じゃあ頼んだからな! 俺は、運ぶための準備だ!」
俺は飛びだした。
でっかいでっかいリュックサックが必要だった。
◇
準備を終えて、翔子の店を、再び訪ねる。
「あー、来た来た。ほら。もう届いてるよ。まだ近くの倉庫のぶんだけだけど。まだ後から続々届くけど」
「え? これで……、いくつ?」
積み上げられた、巨大な山を見上げながら、俺は言った。
え? なにこれ? この量? 小さな部屋なら埋まってしまうぐらいの量がある。
四人家族の引っ越しの荷物ぐらいある。
「さぁ。トラック一台だったから、四〇くらいなんじゃないかな? 一トン? まだあとこの一〇倍くらいは、くるよー」
翔子は明るく笑っている。
「そ、そうか……」
「一〇トン欲しいっていったの、もっくんじゃないかー」
「そ、そうだけど……」
これを運ぶのか? 俺一人で?
いや、これだけだったらともかく、この一〇倍を……? 明日の朝までに……?
だが……。とにかく、やるしかなかった。
俺は考えることも悩むこともやめて、とにかく、
◇
一度に運ぶ量は、普段だったら、五〇キロぐらい。
今回は事情が事情なので過積載。
一五〇キロで試してみたら、立ち上がれなかったので、一〇〇キロが限度だとわかった。
それでも成人体重の二人分近い。大人二人をおんぶして歩いているようなものだった。
一度に四袋を、背中の登山用キャリアにくくって、担いで運ぶ。
店までのリープは、急いでやっても、一往復一五分。
俺は黙々と運びつづけた。
翔子のやつは、「なんでクルマを使わないの?」という顔をしていたが、事情を説明してもしょうがない。
そして昔からそうだったが、わざわざ説明しないでも納得している。
ああもう、昔から、本当に、いいオンナだな。惚れてしまいそうだ。――もうないけど。
そして向こうに着くと、一度につき、四袋――百キロほどの塩を下ろしてゆく。
バカエルフもエナのやつも、俺を止めたり、無理だとかつまらないことを言ってきたりはしなかった。
俺がふらふらになっていても、何も言わない。
俺が荷物を下ろすあいだに、俺の汗を拭い、バナナとミルクを俺の口に詰めこむだけ。
心配する表情さえも――俺に負担をかけまいという配慮か、浮かべていない。
二人ともいいオンナだった。惚れてしまいそうだ。――ないけど。
俺一人で運ぶのではなくて、Cマートの女子中学生アルバイト――ジルちゃんに手伝ってもらうという線は、当然、考えていた。
しかし経理顧問の女子高校生の電話番号も知らない俺が、アルバイトの女子中学生の番号を知っているはずがない。
連絡を付ける手段がない以上、俺一人でやり遂げるしかないのだった。
俺は黙々と運び続けた。
一往復一五分。それがだんだん、長くなってゆく。
疲労が積もって、リープがうまくいかない。頭のなかを空っぽにして、自由な軽い心でいなければ、この世界には接続できないのだ。
青空のもとで、どこにでも行ける。自分は何者にもなれる。
――そういう気持ちで、ふいっと何気なく角を曲がれば、この世界に来れるのだ。
額に汗して、がくがく震える足を叩いて、荒い息をついて、いまにも折れそうになる心を、必死に支えている心境では、ここへは来れないのだ。
一往復にかかる時間が、二〇分になり、二五分になり――。
残り時間は計算していなかった。
計算してどうなる。
間に合わない――と、分かったら、俺はやめるのか?
否。否否否。断じて――否。
やれるかやらないか――じゃない。やるかやらないか――だ。
俺が、やるかやらないかであって――。
そして、俺は、やるのだ。
商人さんと約束をした。
それよりもずっと前から――決めていた。
皆をWINWINにすると。皆を笑顔にすると。
だから俺は戦争を止める。塩を運ぶ。
疲れた体に鞭打って、俺は運びつづけた。
深夜の道を、何度も何度も往復した。
朝までに――。運び終えないと、ならないのだ。
朝までに――。
◇
ついに限界がきた。
足が、体が、言うことをきかない。
俺は前のめりに倒れていった。百キロの荷物が、背中から、重たくのしかかってくる。二人分が体に乗ってくるようなものだ。息をすることさえ困難だった。
え? あれっ? 俺このまま死ぬの? え? あれっ?
そんなことを頭の片隅で思いながら、俺は意識を失った。
◇
なにか柔らかいものが、頭の下にあった。
額に、ぺちりと、冷たい物がのせられる。
あー、気持ちいー。
――と、俺はそこで、飛び起きた。
「荷物! 塩っ!」
大声で叫ぶ。
俺の額に濡れタオルを載せていたエナと――、俺の頭を膝枕していたバカエルフとが――。
目をまんまるに見開いて、俺を見ていた。
「おい! 塩! どうなった――!? ていうか――いまいつだ!? 何時だ!?」
「何時かはわかりませんけど。昼の前ぐらいですね」
「え……?」
バカエルフの言葉に、俺は、ぎょっとなった。
倒れてしまった俺が、Cマートの店内で介抱されていたのは――。それは、わかった。
だが――。いったい、どれだけ、倒れていたんだ?
昼? いま昼っていった? もう朝は過ぎている――?
ということは――?
俺は?
俺はっ……。商人さんとの約束を……?
「は、ははは……、ははっ」
俺は乾いた笑い声をあげた。
木の床の上に座りこんだ。膝を抱えて、うすら笑いを浮かべた。
俺は……。
俺ってやつは……。
「おつかれさまです。マスター」
エルフの娘の優しい声が、俺にかけられる。
「よせよ」
俺は言った。
約束を守れなかったやつに、ねぎらいの言葉なんて、かけるものじゃない。
女はこんなときにも優しい。優しすぎる。
俺は商人さんに顔向けできない。もう胸を張ってあの人と話せない。
俺は……。俺は……。
「ねえマスター?」
「うるさいな。すこしくらい落ちこんでたっていいだろ。もうすこし待てよ。……待ってろよ!」
「いえ。ですから落ちこむ必要など、なにひとつないと――」
「いや。だって。塩……足りなかっただろ?」
自分がどれだけ運び終えていたのか、よくわからない。
だが一〇トンにぜんぜん足りてなかったことだけは――確実だ。
「塩ですか? もう運びおわりましたよ?」
「ふえっ?」
俺は、目をぱちくりとやった。
「倒れてたマスターを連れてきてくれたんですよ。あのあと、ジルちゃんが」
「え? 俺……、ジルちゃんに運ばれてきたの?」
ええええ? ええええーっ?
「いえ。ジルちゃんのお姉さんのほうでしたね。とても大きい方でしたよ。お姉さんが新聞配達していたら、マスターが倒れてたそうなんですよ。それでジルちゃんがお姉さんと一緒に、マスターをこちらに連れてきてくれて――」
「えええええっ?」
バカエルフは、笑った。
「マスター、さっきから、〝えええええ〟ばかりですねー」
「それで事情を話して、手伝ってもらいました。ジルちゃんのお友達の――きっと〝カレシ〟とかじゃなくて普通のお友達のほうだと思うんですけど。ケンケン君っていう男の子と、三人くらいで――どんどん運んでもらいました」
「ええっ? 三人っ? ……お姉さんはともかく、彼氏まで、こっち来れるんか?」
三人もか。
安くなったもんだな。異世界。
「いえちがいますって。〝カレシ〟ってのじゃないらしいです。全力否定です。〝間違えないでくださいねコロしますよ?〟って顔でしたから、あれはきっと、シロのほうですねー」
「ジルちゃんがマスターの三倍。お姉さんはジルちゃんのその三倍。ケンケン君もジルちゃんと同じくらい。みんなで運んでくれましたので……、なんか、あっという間に、片付いてしまいました」
「え……、えっと……、あの、俺が自分で運んだぶんって……、全体からいうと……、どのくらい?」
俺はおそるおそる、そう聞いた。
「さあ。一〇分の一くらいなんじゃないですか?」
バカエルフのやつは、あっさりと、そう答えた。
うああああ!? ばか! せめて半分くらいとか言っとけ! 嘘でもそう言っとけ!
俺……。俺俺俺……。
一〇分の一も運んでなかったー!
一トンしか運べてないで、あと、倒れて……、寝てたーっ!!
俺は落ちこんだ。
しゃがみこんで、膝を抱えて、さめざめと泣いた。
そうしていたら……、エナが、とことことやってきて、俺の頭を、なでなでとしてくれた。
俺は立ち直らなければならなかった。保護者として。
断じて、エナになでなでしてもらうわけには、いかなかった。
「もう……、だいじょうぶだって。……あはは。女の子たちに、かなわなかったけど。……あはは。……気にしてないから。中学生のオスガキの彼氏にかなわなかったことも……、ぜんぜん、平気だから」
「いえマスター。ですからカレシじゃないですってば」
「うるさいな。そこ。ほんと。どうでもいいだろ!」
「こだわってるの、マスターじゃないですか」
「バカめ。バカめ。だからおまえはバカエルフといわれるのだ!」
「だいたい。マスター。落ちこむことなんてないですよ」
バカエルフのやつが、妙に優しいことを言ってくる。
なんだ。すこしは慰めてくれるのか。
エナに慰められるのは、保護者としてアレだが……。まあ、こいつにだったら……。
「マスターがたいしたことないのは、まえからじゃないですか」
「おまえ! 言う!? それ言っちゃう!?」
ぜんぜん優しくなかった! こいつはやっぱりバカエルフだった!
「でもジルちゃんもお姉さんもカレシじゃない単なるお友達のケンケン君も、手伝っただけですよ? マスターが、はじめなかったら……。だれもはじめていませんでしたよ? だからマスターは、胸を張って、誇っていいと思うんです。マスターがはじめたから、引き継いでもらえたんです」
「そ、そっかな……?」
「ええ。すくなくとも。わたしにはわかってます。……あと。エナちゃんも」
エナを抱き寄せて、バカエルフは笑う。笑うのは苦手なエナも、頑張って笑顔を作る。
俺も、笑い返した。
ようやく――笑えた。
「そうだな……」
「たったの一〇分の一で力尽きてましたけどね」
「だからそれ! 言う!?」
「あ……。商人さんは?」
「もう出発しましたよ」
「そっか」
俺は、そう言った。
俺の戦いは終わった。約束は――果たした。
俺一人でやったんじゃないけどね? バカエルフのやつに、また、ちくちくやられるのは、まっぴらだから、先にそう言っておくけどね?
とにかく、一〇トンの塩は用意した。
あとはあの人の戦いだ。
一〇トンの塩を朝までに用意すれば、戦争を止めてみせると、あの人は言った。
俺の信じる、あの大商人が約束したのだ。
「結果が出るには、どのくらいかかるのかな?」
「さあ? なにしろ遠くですからね。片道二週間です」
「ははっ……」
俺は笑った。さすが異世界。時間スケールも半端ない。
「往復一ヶ月か……。じゃあそのあいだ、俺たちのやることは、たった一つだな」
「なんですか?」
「Cマートは、いつもの通り。通常運行だ」
「そうですね」
エルフの娘は、にっこりと微笑んだ。エナが俺のおなかにタックルしてきて、ぎゅーっと、しがみついてきた。
◇
後日――。
風のうわさで、遠くの街同士の戦争は、回避されたと、聞こえてきた――。
そして俺たちの街には、なんだか人が増えた。
特にガキが増えた。
大きな戦にはならなかったものの、それなりに騒ぎにはなって、親をなくした子供たちが、いくらかは出たそうだ。
キングたちが相談して、近隣の街に均等に子供たちを移動させた。
うちの街にも、ガキどもが大勢やってきた。
昔のエナと同じように、孤児と呼ばれるその子たちは、あちこちの家で、一ヶ月から六ヶ月くらい世話になってゆくはずだ。
「おーい。エナー。ガキども並ばさせろ。飴ちゃん配るぞー」
「はーい」
エナが返事を返す。
よく訓練されたガキたちは、俺が俺が私が私が――とはならず、いちおうなんとか「行列」と呼んでやってもいいくらいの列を作って、飴ちゃんを待っていた。
しかし――。
エナがすっかり「お姉さん」に見えるな。ガキどもの世話を焼いてやっているな。自分がその立場だったからだろうか。孤児のガキは、特によく面倒をみてやっている。
「あー、ほらほら、マスター。ジルちゃんたち、来ましたよー」
「おー、来たかー」
ジルちゃんに、こんどお姉さんと彼氏を連れてこいと、言っておいたのだ。いつぞやのお礼をしなければならない。世界を救った――。いや。世界ってほどじゃないか。二つの街を救った、そのお礼をしなければ。
具体的には、おいしいお茶とおいしいお菓子を振る舞わねば。
うん? 世界を救った、そのお礼としては、安すぎるって?
ばかをいえ。
おいしいお茶と、おいしいお菓子。
そして皆の笑顔があって、それ以上、なにを望むっていうんだ?
「よく来てくれましたね。――さあさあ。入って入って」
俺は招いた。しかしお姉さん、ほんと、大きいなー。
――おっと。その前に。
俺は皆を店の前に集めると、カメラを取り出した。
異世界でも使えるインスタント・カメラを、三脚に立てて、急いで皆のなかに戻ろうとした。
笑っている一同のなかに、駆け込んでゆく。
「ほらマスター! はやくはやくー!」
「待て待て。慌てるな。急がせるなって――うわっ!?」
俺は転んだ。そしてカメラが――。
ぱしゃっ。
書籍3巻の連載未掲載部分。完了です。
高坂さんは、書籍版の巻末連作にしか登場していないキャラですが、Cマートのストーリー(?)展開的には、意外と重要なポジションにいたり?
次の書籍版のみの未連載部分の掲載は、書籍4巻分です。
次の大型連休というと……。お盆休みあたりでしょうか。