第56.5話「戦争のはなし①」
長期連休特別企画。書籍化3巻の加筆話を連載版にマージしちゃおう! 第2弾!
※作者注
第56話「美津希ちゃんお泊まり」
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この間の話となります。
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第57話 「スマイル0G」
時系列がすこし前の話となっておりますので、お気を付けください。
この話は一定期間経ちますと、本来の位置に移動されます。
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
「ふわ~ぁ、あ」
あまりにヒマすぎて、俺は大きなあくびを、ひとつした。
俺の大きなあくびに、エナがびくりとする。バカエルフが頬杖を外して、微笑ましい顔をする。
俺なのか、エナなのか、どっちに向けられた微笑みなのかまでは、わからない。
両方かもしれない。
うん? なんで俺が微笑まれてんの? エナが、かーいーというのなら、わかるが。
バカエルフめ。ほんとバカ。バカ。バカ。バーカ。
「ねー、マスター」
「なにも言ってねーぞ」
「はい? なんのことですか?」
たまに心の声に答えてくることがあるから、あらかじめ、予防線を張っておいたのだが。
そういうことでは、なかったようだ。
「――商人さん。歩いていっちゃいますけど。いいんですか?」
「へ?」
バカエルフに言われて、俺は店の前の道に顔を向けた。
たしかに歩いている。イケメンが歩いている。いつものように颯爽と――ではなくて、なんか、とぼとぼと、足許を見ながら歩いている。
俺は、ん? ――とばかりに、首を傾げながら、商人さんに話しかけた。
「よかったら、お茶でも飲んでゆかれますか?」
商人さんは、俺に声を掛けられて、はっ、と、気がついたようで――。
右を見て左を見て、いま自分のいる現在位置が、ようやくわかったのか――。俺のほうに顔を戻すと、取り繕うように、いつものハンサム・スマイルを浮かべてきた。
彼みたいな人物でも、慌てたりすることがあるんだ……。
ちょっとびっくり。そして、ちょっと萌え。
「おーい。エナ。お茶を淹れてくれ。玉露のいちばんいいやつなー」
俺はエナに言う。
「はい。とっておきのやつ。淹れます」
エナもいちいち答えてくる。
エナは俺が言う前から、お茶の準備に取りかかっていたし――。
俺もエナがそうしていることは、見てもいないが、当然確信していたが――。
二人で芝居でもするかのような、そんな、わざとらしいセリフ回しを行った。
商人さんの様子が、それだけ、おかしかったからだが……。
「おちゃ。です」
エナが商人さんの前にお茶を置き、さささーっと、俺の後ろに隠れに来る。
商人さんがイケメンだからか。エナのやつは一向に慣れない。
まあ、慣れたら慣れたらで、俺が嫉妬しちゃうかもしれない気がするので、このままのほうが良いような気もする。
ツンデレ・ドワーフのほうには、だいぶ怖がらないようになって、あまり高くない「たかいたかい」を、自分からおねだりしに行ったりもしている。
ドワーフに懐いたからといって、俺が嫉妬したりは……。
うん。ないな。
なぜか、そっちに関しては、絶対にないと言い切れてしまう。
なんでか?
うん。まあ。あれだな。……アレだからだな。
アレとは……、つまり、あれのことだな。
べつにドワーフがアレだと言っているわけではないし。商人さんがアレすぎるので嫉妬するというわけでもない。絶対にない。
「なにか悩みごとでも?」
玉露の緑茶を前に、じいっと考えこんでいる商人さんに、俺はそう声をかけた。
まだ口もつけていない。
「マスターが敬語使っているのを見るとー。おもしろいですよねー」
「うん」
外野で二人がそんなことを言っている。
くわーっ、と、歯を剥きだして、威嚇する。
静かになった。商人さんのほうに向き直る。
「いやあ……。なんといいますか……。ちょっと無力感に苛まれておりまして……」
えらく歯切れの悪い言葉。
無力感ってなんだ? まさか女にフラれたとかいう話だろーか?
いやまさかな。このイケメンさんに限って。
でもそういう話だったら、バカエルフのやつはともかくとして、エナには、あんまり聞かせたくないな……。
俺がエナのほうに振り返ると、エナは黒目がちの目で、俺がなにを言わんとしているか、じいっと覗きこむようにして見つめてきて――。
あー。うん。言いにくい。
ちょっと席を外してくれとか、ぜってー、言えねー。
そんなこと言ったら、エナは「もう大人です」と、まーた機嫌を損ねてしまうに決まっている。そしたら、最大一時間ぐらい、口をきーてくれなくなる。
あれはきつい。あれはつらい。
俺にとっては、最大の刑罰だ。
なんとかして、エナに言わずに、うまいこと、済ませる手はないかな……。
「腹へってませんか? オバちゃんのとこで、飯でもどうです?」
俺はそう言った。我ながら名案だった。
「いえ……、ちょっと食事は……」
商人さんは、力なく首を振り返してくるばかり。
そうだった。
お茶も喉を通らない人を相手にしているのだった。
飯が喉を通るはずがなかった。
だめだった。
「貴方のいた場所……世界のほうでは、〝戦争〟って、ありますか?」
不意に商人さんは、そんなことを言ってきた。
俺は首を傾げる。
「ええ。まあ。普通にあるみたいですけど」
質問の意図がわからず、俺はとりあえず、そう答えた。
「あるんですか! じゃ、貴方は戦乱の世界から、こちらへ逃れてきた――?」
「ああ。いえいえ。日本――俺のいた国には、ぜんぜん、ないですよ? ただ、テレビ――ええと、遠くから聞こえてくる話では、戦争をやってる国の話とかは、いろいろありまして」
俺は言った。
日本人で、〝戦争〟を直接知っている人間は、そうそう、いないんじゃなかろうか?
すごく高齢の体験者とか、海外の紛争地帯に仕事で行ってるような人たちを除いて、であるが。
「私もあちこちを旅してきまして、いろいろ見聞きをしてきまして――。ああ。そちらの……、エルフさんには負けますがね」
と、そこで商人さんは、どうでもいい外野のバカエルフに、ちらりと視線を送る。
バカエルフは、「えへへー、ほめてますか、なにか美味しいものくれますか」とかいう顔をこちらに向ける。
だから、なんもやらねーし。おまえ、どーでもいいし。
「――それで、経験豊富と自負していたんですけどね。その自信が、打ち砕かれてしまいまして」
戦争の話に脱線したから、なんなんだと思ったが……。
ああ。うん。やっぱり女の話でいいらしい。
たしかに商人さんは経験豊富そうだ。
「正直いって、怖いんですよ……。〝それ〟が起きてしまうということが……」
「あー、まー、ショックかもしれませんが。……慣れですよ」
俺はそう言った。
そうか。こんなイケメンの爽やかハンサム王子でも、フラれるのが怖いのか。そういうもんか。
難儀なもんだなー。
「貴方は……、経験がおありなのですか?」
うお。直球くる? 来ちゃうの?
俺はバカエルフのやつを見た。エナを見た。
二人とも、俺のほうを、じーっと見ているか、それとなく聞いているか。
バカエルフのやつは、聞き耳を立てているときには、耳が動いてこっち向いているので、バレバレだ。
「いやー、まあ、あるっていうか、なんというか……。まあ、軽く、ですけどね。そんな深刻な深くて重たい系ではないですけど」
あると、はっきり肯定もせず、ないと、はっきり否定もしない。
我ながら見事な受け答え。
しかしちょっと思い出すと、まだ心が痛かった。もう忘れたと思っていたのに。
「そうですか……」
商人さんは、驚いたような顔をして、俺を見ていた。
バカエルフが、なにやら感心したような顔つきで、俺を見ていた。
エナは、きゅるんと小首を傾げている。やはりエナには、この話題は、まだ早かったようだ。
てゆうか。バカエルフのあの顔。驚いてんのか? 俺が、昔、付き合っていることが、そんなに意外か? ひょっとして、俺のこと、バカにしてやがった? バカエルフのくせにっ。
「貴方の世界は……、いろいろな意味で、凄いところなんですね……。ワイルドというか、ダイナミックというか……」
ん? ワルイド? ダイナミック?
ん? なんの話?
いや。そんな武勇伝語るほどでもないデスヨ?
「私は……。なにしろ。はじめてだったもので……。本来なら、私は、その街に留まって、なにか自分にできることをするべきだったのかもしれません。でも私は、逃げ出してきてしまいました――。気がつけば、この街に来ていました。通りを歩いていて、貴方に話しかけられるまで、自分がこの街に来ていたことも、気づいていなかったほどで。……お恥ずかしい限りです」
ん? ん? ん?
だから、なんの話?
どうもさっきから、女にフラれた話をしている雰囲気じゃなくなってるよね? これ?
いったいなんの話をしてんの?
「だからマスター。戦争の話ですよ」
「へ?」
俺はバカエルフに、バカみたいな顔を向けた。
「はじめから、商人さん、そう言ってたじゃないですかー」
「え? ……そうだっけ?」
そういや、途中で一発、日本には戦争があるかないか、なんて聞いて脱線していたけど。
「なんの話だと思ってたんですか?」
「いや。あのその。おまえ。だから。つまり」
「つまり?」
「いや……。教えてやんねー」
「マスターはなんか、失礼な勘違いをしていたようですけど。すいませんねー。でも、もう理解したっぽいので、話を続けられても、だいじょうぶですよー」
「おそれいります」
バカエルフは、商人さんに謝った。
誰が失礼だと?
まあ。このイケメンが、フラれて落ちこんでいるとか、勝手に誤解していたのは、俺だけど……。
「……で? 戦争の話なんですか?」
「ええ。私たちの世界では、もう、何百年も起きたことがないんですけどね」
「何百年も……」
「すくなくとも。話が聞こえてくるこの近辺ではそうです。でもそれが、いま、ある街と街のあいだで、起きようとしていまして……」
「街……ですか?」
俺は首を傾げた。戦争というのは、普通、国と国とが起こすものだからだ。
「国同士……ではなくて?」
「〝くに〟……とは、なんですか?」
ああ。また伝わらない概念がでた。
その伝わらなかったことを、説明してくれたのは――。
「たぶん……。街がいくつもまとまってる、大きな……単位のことだと。……思います」
そう言ったのはエナだった。
こういう役は、いつもはバカエルフなのだが。
今日のこれを言ったのは――エナだ。
ああ。うん。正解。正解。
エナ。かしこい。かしこい。
俺がうなずいて返すと、エナは、えへっと笑って、椅子を立った。お茶のおかわりを淹れに行く。
「貴方の世界では……、そんな大きな単位で、戦争が起きているんですか……」
「いえ。まあ。それは昔の話で……。たぶん。いまはそんなでもないですよ。小さな争いばかりで……」
ぎょっとしている商人さんを安心させるために、俺はそう言った。
テレビのニュースでやってるような、中東での戦争だか紛争だかの話は……。小さいのかな? それとも大きいのか? それさえもわからない。俺は一介の平和ぼけした日本人でしかないわけで……。
俺のしどろもどろの説明で、商人さんはすこしは安心したようだ。
自分のほうの話を、再開させる。
「その二つの街は、もともと、ある物資が、非常に豊富な場所に近い、二つの街でした。どちらもその場所から、同じような距離にありまして、おなじように、よく発展していました。この街も、かなり大きいところですが……。そこの二つの街は、もっとすごいですよ。見違えるほどです」
そうか。ここでも、大きいほうだったのか。
のんびりとして、適度にひなびていて、いい感じにスローライフが過ごせる街だと思っていたが……。意外と都会だったんだな。
「しかし、その物資が枯渇しかけていまして……。二つの街の中間には、ちょうど、巨大な大樹が生えているのです」
「はあ。木ですか。ええと……。じゃあ、材木不足で?」
「いえ」
商人さんは、首を横に振った
「その大樹には、たくさんの鳥が住みついているのです。巨大な怪鳥もいれば、普通サイズの鳥まで――」
「ああ。鳥肉ですね。食料問題ですか」
「いえ」
商人さんは、また首を横に振る。
「その鳥たちは、たくさんの糞を落とします。大樹の根元には、糞が積もり積もってできた、巨大な丘がありまして――」
「わかった! 糞だ! 糞問題ですね!」
糞問題ってなんだ? なにが不足してんだ? わからなかったが、俺はとりあえず、そう言った。
「マスター。おとなしく聞きましょうよ。早押しクイズじゃないんですから」
バカエルフのやつに、たしなめるような声で、そう言われてしまった。
バカエルフに、バカを見るみたいな目で、見られた……。
しかし、なぜおまえは、「早押しクイズ」を知っている?
「その古代から積もり積もった鳥の糞は、肥料の材料にもなるんですが、もっぱらの使い道は、精製して、ある物質を抽出することなんです。その物質とは、つまり――なんといいますか。つまり貴方もよく扱っている商品で――そのう。つまりですね」
どうもさっきから、「ある物資」とか「ある物質」だとか、言葉を濁して、はっきり言ってくれないのだ。商人さんは。
クイズを出してくるのだ。商人さんは。
どうして勿体をつけているのか。俺にはちょっと見当がつかないのだが。
「いや……。たぶん私は、貴方に拒絶されることが怖いんでしょうね。勿体をつけているのは、そのせいでしょう……。〝それ〟がなんであるのかを口にして、貴方から拒絶されてしまうことが……」
「はい?」
俺は商人さんを見返した。
拒絶? 誰が? 俺が? ――このイケメンの恩人を?
「その物質が、ある量ほど、あれば……、戦争を起こす必要はないんです」
「うん?」
「その二つの街は、ずっと長いこと、良好な関係にありました。両者の中間にある大樹と、その根元にある丘の土とを仲良く共有していました。しかし、最近、その土が枯渇してきまして……。それで、その土から作る、〝それ〟も、足りなくなりまして……」
商人さんは話す。俺は聞いている。
「これが他の土地であれば、〝それ〟が足りなくても、いつものことなので、どうということはないのですが……。ただ、その二つの街にとっては、〝それ〟は潤沢でしたので……。足りなくなったそれを、どちらの街も、独り占めしようとしまして……。いや……。まさか、私も思っていませんでした……。そんな、すこし欠乏したくらいで、こんなことが起きるなんて……」
商人さんはショックを受けているようだ。
遠くの土地で、なにかが足りなくなって、そして戦争が起きるようなのだが……。
なににショックを受けているのか、俺にはわからない。
「戦争ってのは、たいてい、なにかが足りなくなったときに起きるもんだと思いますけど?」
俺はそう言った。あたりまえのことのつもりで、そう言った。
あまりニュースは見なくても、社会科が苦手であっても――そのくらいは、まあ、常識として知っている。
なにかが足りないことで、戦争というのは、起きるのだ。
土地とか。石油とか。食料とか。そんなものだ。
「そうなのですか……。やはり貴方は、戦争のある世界から来たのですね……。大変に、お詳しい。しかし察してください……、私は、はじめてだったんです」
「おまえは?」
俺はエルフの娘に顔を向けた。
こいつ。こんなバカな感じでも、けっこう長く生きてる。けっこう世の中を見聞きしてきている。
「わたしは、いくつかは……。見てきましたよ? 戦争は、稀に起きます。おもに商人さんが言ったみたいな理由によって。この世界はどこも豊かで……、人たちは、皆、穏やかで、分けあうことを知っています。でも、分けあっても足りなくなったら、争いが起きることもあります。キングたちが止められないことも、たまには、起きます」
「キングたち? あいつら兄弟なの?」
「あちこちの街のキングですよ。英語でいうならキングスですね。複数形で」
「キング? キングス? 複数形? ……なに? わけがわからんぞ」
「マスター。英語は苦手なんですねー。私のほうがうまくなっちゃってますよ?」
まあ、それはどうでもいいとして……。
カップを両手で持って、子供のような仕草で緑茶を飲んでいる商人さんに、俺は言った。
「安心してください。なんだってしますから。――僕にできることなら。だからそんな怖がんないで、言ってください!」
「ほらほらっ! エナちゃん――マスターが、いま、〝僕〟って、そお言いましたよっ!」
「うん!」
「――ガルルっ!!」
俺は二人に歯を剥いて威嚇した。外野を黙らせる。
商人さんは、それでも、まだ数秒か、十秒くらいは迷っていて――。
口を開きかけては、また閉じて、そしてまた開きかけて――。
俺は辛抱強く待っていた。商人さんが言ってくれるのを、いつまでも待つつもりだった。
「それは……」
「それは?」
「つまり……」
「つまり?」
「つまり……、ですから……、塩……、なんです」
「は? 塩?」
えーと、塩って、あの塩だよな? 俺が向こうの世界から運んでくる「塩」。
「あー。あー。あー」
俺は理解した。たしかこの世界では、塩は貴重品なんだっけ。だから高く売れるんだっけ。
なるほど。つまりその戦争というのは、塩戦争なのか。
なんだ。そんなことか。
塩か。なんだ。そんなものか。
「それで、いくら入り用なんです? いくらでも――ご用意しますよ」
俺は請け負った。
なんだ。そのくらい。簡単じゃないか。いつもやってることだ。
「ええと、貴方の世界の単位でいうと……」
「――でいうと?」
商人さんは、まなじりを決して、口を開いた。
「一〇トンほど」
明日の②につづきます。