第087話「菜食主義者用ピザ」
「なんですかー、なんですかー、これはなんですかー」
いつもの昼過ぎ。いつものオバちゃんの食堂。
バカエルフがヨダレを垂らしている。
ちなみに比喩でも慣用句的用法ではなく、本当にヨダレを垂らしている。
きったねー。ばっちー。えんがちょー。
「おまえ。たしか前に、これ食ったことあるぞ?」
「なんですかー、なんですかー、そんな美味しそうなもの、いつ食べましたかー」
だめだこいつ。
バカエルフに「記憶力」なんて期待した俺がバカだった。
俺は調理担当のおばちゃんのほうに顔を向けた。
「おばちゃん、そしたら、その生地を、平たく円盤状に広げるらしいぞ」
「あいよっ♪」
俺の指示で、オバちゃんが手際よく生地を伸ばす。
俺は料理なんてできないから、向こうの世界で打ちだしてきたクックパッドのプリントアウトを見ながら、オバちゃんに指示を出している。
「まだですかまだですかー。なんですかなんですかー。おいしいものですかー? 肉味のするものですかー?」
昼は食堂も混雑するので、一段落する昼すぎまで待っていた。
よってバカエルフの飢えが激しい。
しかし、クックパッドすごい。すごいすごい。
レシピを載せててくれていた、どこかの主婦さんに感謝。
プリントアウトしてくれた美津希ちゃんにも感謝。
作ってくれているオバちゃんにも感謝。
そしてバカエルフ。正座して待ってろ。
エナはいい子だな。目をまんまるに見開いて興味津々だが、おとなしく待ってるな。
「生地を広げたら、これをかける」
俺はソースの容器を取り出した。
「これはなんだい?」
「ピザソース。ええと、原材料は……、トマトと、たまねぎ、ピーマン、マッシュルーム、にんにく……」
オバちゃんは小指の先で、ぺろりと味見。
「だいたい野菜だね」
うん。その通り。
「似たような味の野菜なら、こっちの世界にも、ぜんぶあるよ」
さすがプロの料理人。すごい味覚。
あんな一舐めした程度で、原材料、すべて見抜けてしまうのか。
「それは肉味ですかー、肉味ですかー」
いま野菜っつーたろ。
バカエルフがそろそろ亡者と化している。
もうほとんど理性が残っていない証拠だ。
「とりあえず今日は俺の持ってきたピザソース、塗ってくれ。――ええと、たっぷりめに塗ると、美味しくなるらしい」
プリントアウトを手に、俺はそう言った。
「あいよー」
「そしたら、上からこれをかける」
俺は袋をオバちゃんに渡した。
「これはなんだい?」
オバちゃんは袋の中身をつまんで、口に入れる。
「あら。おいしいわね」
「それはチーズ。乳を固めて作るものらしくて――」
「へー、ああ、うん、たしかにそんな味がするね」
「この、ちーず? とかいうやつは、どうやって作るんだい?」
オバちゃんの味覚を持ってしても、製法は一瞬では解明されないっぽい。
「それはこんど調べてくるよ。とりあえず今日は、俺の持ってきたやつでやろうか」
「あいよー」
オバちゃんが袋の中のチーズを、広げてトマトソースを塗りたくった生地の上にばらまく。
この段階までくると、だんだんと、それっぽくなってきた。
本日、作っている異世界料理は――〝ピザ〟であった。
生地は、小麦っぽい穀物はこっちにもあるので、その粉でやった。
ピザソースは、オバちゃんが味見をしただけで、再現可能とわかったので、次からはこっち産でできるようになるだろう。
肝心のチーズも、向こうの世界で作り方を調べてくれば、乳、それ自体はこっちにもあるから、作れるだろう。
「あと、なんか適当に具をのっけるんだけど。適当に野菜とか葉っぱとか、そんなんで」
「あいよー」
「肉味ですか! 肉味がしますか!」
もはや猛獣と化した、おバカなエルフの額を、ぐーっと腕で押しのけて――。
「おまえ。前に言ってたろ。本物のエルフは肉を食わないものだって」
「しかし肉を食わないとカロリーが足りないのです」
「だからおまえは駄エルフと言われるのだ。あと肉は入っていないが肉味はするし。カロリーも足りてるから。そこで待て」
「わん!」
……わん?
だめだこいつ。すっかり「ダメ度」が進行している。
こいつが1日くらい「高貴なエルフ」でいられるように、ベジタブルピザを作ってやろうと思ってるのだが。
「葉っぱ。取ってきたよ。……それ、食べられる葉っぱ」
〝具〟は、エナが用意してくれた。
近所の草むらから、雑草――もとい、〝ハーブ〟をむしってきてくれた。
それを散らす。
うんうん。いい感じー。いい感じー。
「マルガリータ」とかいうシンプルなピザが、たしか、こんな感じだったはず。
「そしたらオバちゃん。これをオーブンに入れてくれ」
「あいよー」
これがCマートで作れない理由――。それが「オーブン」なのだった。
オーブントースターは、向こうの世界では、2000円くらいで売ってるが、電気がないと使えないものは、すべてNGだ。
ピザというものは、本格的にやるなら、石窯オーブンを使って焼きあげるものらしい。
そして石窯オーブンは、こっちなら各ご家庭――にはないかもしれないが、食堂では、いつでも火が入っていて、ホカホカに暖まっている。
「入れたら、1分くらいでいいらしい」
「1分って何セムトかい?」
「うえっ?」
「マレビトさん。1セムトは、120分」
エナが言う。エナ。あったまいー。
「じゃあ120分の1セムトで」
「うわぁ。じゃあもう経っちゃってるじゃないかい」
ピザが取り出される。
こんがりと焼けていて、チーズなんて、溶けてふつふつと沸きたっている。
「肉味なカンジですうぅぅ!」
もうバカエルフを抑えることができない。
「おいひい! れふううぅぅーっ!」
バカエルフのやつが、ピザに食らいついている。
チーズを、みよ~ん、と引っぱると、ちぎれたときに、ぺちんと顔に張りつく。それも楽しそうに美味そうに、食っている。
てっきり、独り占めするのかと思いきや、俺とエナと、きちんと三等分してくれていた。
理性をすっかり消失していると思っていたが、すこしは残っていたらしい。
俺たちが、おいしい、おいしい、といって食べていたら、店にちらほらいる他のお客さんたちも、興味を持ちはじめた。
「オバちゃん。こっちも、それ1枚ーっ」
「あいよー」
「こっちもー」
「あいよー」
ピザは大人気となった。
◇
その後、〝ピザ〟はオバちゃんの店の超人気メニューになったあと、街中でも大流行となった。
ピザで異世界を侵略出来てしまえそうな勢いだった。
チーズを作るのは、ちょっと難航した。
向こうで調べてみたら、乳を固まらせるのに、なにやら、レンネット? とかいう成分が必要らしい。ほんの耳かき一杯もあれば、けっこうたくさんチーズが作れるのだが。それがこちらでは手に入らない。
美津希大明神にお伺いを立てると、それはカビから採れるものらしいと判明して――。キングに相談してみたら、お抱えのカビ学者を紹介してもらって――。
なんか、レンネット? とかいうものも、入手可能となった。
〝チーズ〟の製法は、こんどのキングの集会で他のキングたちにも伝えられるそうだ。今後、あちこちの街に広めてゆくそうだ。
なんか大事になったなぁ、とか思いつつ。
俺たちはさして気にせず、食べたくなったらすぐに、道の向かいのオバちゃんの食堂からピザの出前を取るのだった。
ピザ。うまー。