真面目な騎士と兄の意地
たしかあの編み目は、シェールの言ってたお嬢様たちに流行っているレース模様。
イリスは鈎針を動かし、記憶を頼りに編んでいく。
レース編みは手芸の得意な母ヒース仕込みだ。その動きに迷いはない。
うんうん、これだった。
出来上がっていくリボンに満足気に頷く。色違いで何本か編んであげよう。
「げ」
剣の手入れを終えて手を洗ってきた二番目の兄、ネイが、手元を見て眉間に皺を寄せる。タレ目のくせに、結構恐い顔になる。
「お前、噂は本当か。リボン渡しに演習場にいたっつうのはマジか」
「ん?」
顔を上げ、兄の表情から今日の出来事を赤の騎士団員から聞いたのだと知る。
「んー、これはシェールへのプレゼント。演習場には頼まれて行っただけ。赤の人たちがもの欲しそうだったんで、お花を撒いて誤魔化したのは本当」
その言葉に、ネイは眉間の皺を消す。そしてしばし思案すると、ぱん、と手を合わせてイリスを拝む。
「青の騎士団は三日後だ!頼む!」
その意図を知り、イリスは不満げに口を曲げる。
「お花がもったいない」
「男の矜持がかかってるんだ!赤だけずりい!お兄ちゃんの青を優先するのが妹だろ!」
頼む!と再び拝まれ、仕方なくイリスは息を吐く。
「天気いいといいね」
「やった!」
ぃよし!と拳を振り上げる兄を見上げ、イリスは肩をすくめる。
妹にもらって嬉しいもんかな。
籠に盛られた紫の小花を見下ろし、軽く息をつく。たくさん生えているからいいけど、これっきりにしないと。お花がもったいない。
わあ、と歓声を上げて大演習場に駆け込んでいく侍女達をみやり、そろそろか、と城の影から出る。
目指すのは青の騎士団。人垣の向こうで兄がそわそわとしているのが見える。
―――もう。恥ずかしい。
エプロンドレスと揃いの帽子を引き下げ、顔が見えないようにする。
「よかった!またきてくれたのね!」
がし、と突然腕をつかまれる。またお仕着せを着た侍女だ。
「またお願い。あの方に、どうか」
手の中にレース編みのリボンを握らされる。
「でも、直接渡されたほうが、喜ばれるのでは?」
侍女をまっすぐ見つめて言うと、戸惑うように目を反らされた。
「…傷が恐くて悲鳴を上げてしまったの。…もう姫様のお心は離れてしまったし」
「ではあなたが、渡すといいのではないですか?」
イリスの言葉に、侍女は怯む。
「無理よ。姫様を裏切るようなことはできないわ。お願い。あなたが渡して」
とん、とまた押される。
仕方なく、イリスはひとりでたたずむ近衛兵のもとへと向かった。
「こんにちは、クロックさん」
おかげんいかがですか、と顔を覗き込むと、傷は随分よくなっていた。化膿もしていないようだし、このまま順調に治れば、糸を抜く日も早いだろう。
「ああ、イリス殿か。また頼まれたのか?」
肩をすくめて、手の中のリボンを渡す。それを受け取るクロックを見上げ、イリスは苦笑する。
「真面目ですね、クロックさん。こういう形で受け取っても、複雑なだけでしょう?」
「まあな。…だが、悪意はないのだろうから」
こちらが惨めな思いをすることは、理解できないのだろうから。
「手を出してください」
空いている手を開くよう促す。そこへ、籠から小花をつまんでゆっくりと撒いた。
「早くよくなりますように」
―――心から願って、私があなたへ捧げましょう。
人に頼まれたから、ではなく。
かぐわしい匂いに、クロックはわずかに笑う。
「ありがとう」
「お大事に」
次からは、リボンを頼まれても断ろう。そう心に決めて、イリスは青の騎士団へと向かう。
「また頼まれたのか」
眉間に皺を寄せた兄ネイがかけてくるなり言う。
「半分ね。」
「はあ?」
「風が無いけどいいの?」
問い詰めようとするネイを無視して指摘すると、不敵に笑われた。
「青の騎士団ナメんなよ?」
ひらり、と軽く片手を振ると、それを合図に騎士達が指で印を組み、呪を唱える。
風の魔法のようだ。
そこまでする?
「男の意地だ」
にやりと笑うネイを包むように、風が巻き起こる。それを感じたイリスは間を読んで素早く籠から花を掬い出す。
ふわり、と小花は風に乗り、くるくるとネイとイリスを包んで青の騎士団員のもとへと飛んでいく。
演習ですら見なかった集中力を発揮して、風は見事に騎士団員達の間を縫って花を舞わせた。
きゃあ、と近衛兵達に群がる侍女達や遠巻きに上品に見ていた姫君たちからも喜びの歓声が上がるのを聞き、ネイは満足気に笑った。
なんか、演習の趣旨がズレてるような気がするんだけど。
まぁ、私のせいじゃないよね。と、自分に言い聞かせ、イリスはそっと演習場を後にした。