イリスの祝福
探すまでもなく、ひときわ目立つ金の髪はすぐに見つけ出した。髪のせいだけではなく、他の近衛兵には侍女達が群がるが、彼の周りは線でも引かれたかのように誰もいない。
ぼんやりと立つ青年の傍へ行くと、ひときわ強い風が吹いた。
「あ」
押える間もなく、籠から紫の小花が舞い上がる。
近衛兵団の騒ぎを遠巻きにしていた赤の騎士団達も、その芳香と見慣れぬ花の雨に気づき、イリスを見た。
突然ざわめいた赤の騎士団たちと、その視線を追って、クロックは近づく少女に気がついた。
「こんにちは」
傷を負って以来、メイジの言うように見てくれに酔って近づいてくる侍女や姫君たちは鳴りを潜めた。それがあまりにあからさまで、クロックはどう受け止めてよいのかわからなかった。
今もまた、ひとり控え室に戻ったらいいのか、と逡巡していたところ。
以前ならば群がる侍女達の相手をするだけで日が暮れてしまったというのに。
こんな風に、近衛仲間のように声をかけてくる女など、一人もいなかった。
「ああ…この間の」
「はい。その節は縫わせていただきありがとうございました。うん、状態はよさそうですね」
無造作に顔を覗き込んでくる。
顔を合わせる侍女達は、小さな悲鳴を上げて涙ぐむ傷だというのに。この少女は平気らしい。
その飾り気のない顔は、城に使える侍女や王女達のように毒々しく化粧をせず、少女本来の肌の白さと血色のよさで色づいた頬がみずみずしく美しい。
うんうん、と満足気に少女は頷き、手の中のリボンを差し出してきた。
どど、と赤の騎士団の方で演習時には感じることのなかった大きなどよめきと緊張が走る。
「これ、どうぞ。なんか、渡して欲しいって言われたんです」
じゃあお大事に、と素朴なエプロンドレスを翻し、少女は去ろうとする。
「待ってくれ」
再び吹く風にふわりと髪を遊ばせながら、少女が振り返る。まっすぐに見つめる瞳は済んだ水色。媚も企みもかけひきも知らぬ素直なもの。
「名前を…」
教えてくれ、と言いかけるが、駆けてくる赤の騎士にさえぎられる。
「イリスちゃん!」
「わ」
その剣幕に驚き、少女はぴょん、と小さく跳ねる。その弾みでまた紫の小花がこぼれ、風に舞った。
「あー、まぁいいか」
綺麗だし、と笑い、イリスはクロックを見上げる。
「イリス=ランウェルです。じゃ」
失礼しますね、と必死の形相で駆けてくる赤の騎士のもとへと歩いていく。
兄の友達だった。後輩も引き連れている。
「なんですかー」
「なななななんでここでリボンとか渡しちゃってるの!?」
「おつかいの帰りです。廊下で頼まれて。」
「俺達には無いの!?」
その叫びに、イリスは気づく。彼らの後ろにたたずむ赤の騎士団たちが、皆同じ気持ちでイリスを見ている。
近衛団の人たちばっかり、女の人に人気だもんね。
「…神話では、この花には勝利の酒に浮かべることもあったとか(ないとか)。慰労もかねて、皆さんにささげます」
ふわり、と再び吹く風に乗せ、籠の花を空中へ撒く。よく乾いた紫の小花は風に舞い、大演習場にその香気をふりまいた。
歓声があがり、赤の騎士団員達は舞う小花を手に掴む。
その騒ぎに乗じて、イリスはさっさと場を抜け出した。
あーあ、また摘まなきゃ。
後日、ハンカチや守り袋に紫の小花をしのばせる赤の騎士団員がいたことは、イリスは知らない。