侍女さんのリボン
城の中庭奥、大演習場では赤の騎士団と近衛兵団の合同演習が行われていた。リズムよく打ち鳴らされる太鼓と怒号に合わせ、近衛が剣を打ち鳴らし、騎士団が馬を駆り、旗を振る。
上から見下ろすとその統制された様子がよくわかる。
「よく見えるのね、ここ。手当てしやすいように?」
振り向いて問うと、メイジはつまらなそうに頷いた。
「あんなガキどもの声なんぞ聞いても耳障りなだけじゃ。ほれ、もう菓子はよいのか?」
「ありがとうオジイ。あんまり長居しないようにするわ。ここってきちんとした人じゃないと来ちゃダメなんでしょう?」
イリスの言葉に、メイジはさらにつまらなそうに肩をすくめる。
「ヒースはよい母親じゃの。なに、嬢がここに勤めればよいことじゃ。はよ試験を受けてしまえ」
わしがチョイチョイと合格させちゃるわい。
「ありがとう。そういってもらえると勉強のしがいがあるわ。じゃ、もう行くわね」
「またおいで。気をつけての。表を帰るのじゃぞ」
はあい、とあどけなく笑う少女を見送り、メイジはひらりと落ちた小花を拾う。
「ほんに、はよう大きくなって欲しいもんじゃ。惜しい才じゃからの」
身元のはっきりとした者のうち、城仕えができるほど器量の良いものは限られている。そのほとんどが身分におもねり、享楽に耽り落ちていく。
勤勉で、親のいいつけを守るしつけの行き届いた者は、そういない。
まあ、あの見目ならば、年頃になればそれはそれで面倒が増えるかのぅ。
むう、と渡しそびれた焼き菓子を見下ろし、次は渡しやすく袋に入れようと決めたメイジだった。
足取りも軽く、人気の無い廊下を進む。普段は近衛や王族に仕える侍女が行き交うが、合同演習が行われているからだろう。
近衛は参加し、侍女達は王族と共に見学しているのだ。
オジイとお茶したかったけど、母さんに叱られちゃうもんね。
窓から大演習場が見下ろせたことからも、一般人が入ってはいけない区域なのだと思い知った。母ヒースの言う通り。
わあ、と歓声が聞こえ、演習が終わったのだと気づく。そろそろこちらも人が増えるだろう。早めに過ぎてしまおうと足を速める。
「・・・・て」
自分の足音以外の音を捉え、イリスは歩をとめた。
声がしたような気がしたので辺りを見回すと、お仕着せを来た侍女が駆けてくるのが見えた。美しく化粧した顔はイリスを捉えている。
侍女に知り合いなどいないが、こちらを見ているようなので、仕方なく向かって歩き出す。
「ああ、気づいてくれてよかった。こちらへ、こちらへ来ていただきたいの」
はやく、と急かしてイリスの手をとる。
「あの?」
「わ、わたくしは、恐れ多くも第4王女ユリン姫にお仕えしております」
はあはあと息を切らせながら口早に言う。
ちらりと一瞥してくる顔には、少し嫌悪が混じっているように感じ、イリスは困惑する。
なんなのだろう。
「あなた、医務室に出入りしているのでしょう?傷など恐くないでしょう?」
「はい」
それが?
「姫様のお心はもう無いにしろ、あれはあまりに不憫。あなた、行って頂戴、お願い」
ぎゅ、と手にリボンを押し付けられる。
「はあ?」
ぐいぐいと手を引かれ、大演習場のほうへと連れて行かれる。
「あの方にお渡しして。お願い」
「どなたですか?」
「クロック様よ、渡すだけでいいの、お願い」
侍女は最後の一押し、とばかりに背を押す。
とと、と駆け出す形で、イリスは大演習場へと入ってしまう。
見れば、見物に来ていた侍女達がリボンを手に入っていっているので、咎められるようなことではないらしい。
侍女達は目立つ近衛兵のもとへといき、リボンを手渡し、時には腕や首に結んでいる。
そういうものらしい。
振り返ると、背を押した侍女が早く行けというかのように手を扇いでいる。その必死な姿に、協力してあげようという気になった。
クロックというと、この間のけが人か。