母も腹ペコ
王城と神殿の間にある医務棟は、裏に広大な畑があり、王城の庭園とつながっている。庭園との間には庭師たちが住む棟があり、騎士団の寄宿棟から小道でつながっている。
小道を通り、イリスは医務棟へと向かう。裏から入る形になるが、見咎める者はいない。物心つく頃から、母に連れられてこうして出入りしているので、皆顔見知りだった。
畑で働く庭師たちと挨拶を交わし、裏口を守る老騎士に声をかける。
「こんにちわオジイ。いい天気ね」
「おう虹の子。雲の流れが早いから、あとで一雨くるかもしれんぞ」
「ありがと!母さんに伝えるわ」
医務棟の中へと駆け込み、いくつもの長いすが置かれている間を縫い、奥の階段を上る。
二階の階段横にある部屋が、母の勤務先だった。
ドアのない部屋へ入ろうとしたところで、小柄な女性が駆け出してくる。
「あらイリス!」
明るい栗色の髪は色は違えど艶は同じ。濡れたように輝く髪を無造作に後ろで束ね、ネイに良く似た垂れた目を細めて、優しく笑いながらイリスを迎えた。
「母さん。どこ行くの?」
「風が冷たいの。雨が降るかオジイに聞こうと思って」
「うん、一雨くるかもって言ってたよ。薬草干してるの?」
「そうなの!ルットの小花よ。せっかく貴女が今朝摘んでくれたのに」
「また摘むわよ。そんなことよりご飯食べてね?朝もミルクだけでしょ?あぶり肉が残ってたわ」
籠から紙に包まれたパンを差し出す。
嬉しそうに受け取る母は、応えるようにきゅるりと鳴るおなかをさする。
「いつもありがとう。でも…」
はいはい、と言いかける母を制するように笑う。
「場所はどこ?私がとりに行くわ」
「東の医務室よ。日当たりがいいのよ、あそこ」
「…東かぁ」
近衛兵ご用達の東の医務室。ミーハーなシェールなら喜んで行きたがるだろうが、用が無ければ近づかない場所だ。
「ついでに薬品の補充もしようと思ってたの」
うふふ、と歳を感じさせない可憐な笑いを浮かべ、母ヒースは封のされた持ち手のついた箱を差し出す。もって行け、ということだろう。
「包帯も集めようと思ってたの。どうする?」
「ああ、午前中に集めておいたわ。いってらっしゃい」
ぎゅーぎゅー、と鳴るお腹を押えてヒースは手を振る。
調子のいいところは、兄のネイと良く似ている、とイリスは思いながら箱を持ち、階段を下りた。