兄は不機嫌
騎士団の寄宿舎では、昼食が出る。これが、はっきりいって、まずい。
朝も夜も食べなければならない寄宿舎組の奴らは、気の毒だ。
だが、美味いメシに慣れた男は弱い、というのが騎士団の常識。
とりあえず腹に収め、午後からの鍛錬へ向かう。
騎士団は3つに分かれている。赤、青、黒だ。近衛兵は白。それぞれの色の布を首や頭に巻いている。休憩も大体同じくらいの時間なので、食べ終えた集団も、白以外の布を巻いている者たちが入り混じっている。
ネイは鍛錬場へ向かいつつも、期待をこめて寄宿舎横を見つめた。
白いエプロンドレスを身に着けた少女がのんびりと歩くのを見つけ、こぶしを握る。
「やった!…悪い、ちょっと野暮用」
筋肉の付きについて熱く語っていた赤の騎士団に就いている同期に断わり、ネイは駆け出す。
「イリス!」
声に気づき足を止めた少女は、苦笑してネイを迎えた。その顔が同僚達を落ち着き無くさせる程度には整っていると、ネイはわかっているので隠すように立つ。
「今日は焼き菓子無いわよ?」
妹の言葉に、ち、と行儀悪く舌打ちすると、籠から紙に包まれたパンを差し出される。
「仕方ないわね。これあげるから、鍛錬場の横通るの、見逃してよ」
「危ないだろ?」
遠慮なく受け取って、紙を剥がす。もちもちとしたパンには、野菜やチーズとこんがり焼かれたあぶり肉まではさまれている。妹特製のソースがたっぷりとかけられ、かみしめると肉汁と混ざってわずかにスパイスの効いたうまみが口いっぱいに広がる。
「剣の訓練をしている時は、近づかないようにするから」
しかたない、と、うまい、と含めた呻きで応えると、筒に入ったお茶を差し出された。
いいのか、と問うように見ると、飾り気なく紅もひいていない妹の唇が笑みを刻む。あと数年もすれば、騎士団の奴等がもっとうるさくなるだろう。
「あっちで淹れればいいことだから。怪我しないでね」
飲み終えた筒を受け取り、ひらりと手を振って再び歩き出す。それを見送り、ネイも騎士団の鍛錬場へと向かおうと踵を返した。
振り向いたネイと向かい合うように立つ数人の男。その視線の先に去る妹がいる事に気づき、ネイは再び舌打ちする。
「ウゼえな」
聞こえるように呟くと、彼らは慌てて視線をそらして立ち去る。
だから通るのは、やめときゃいいのによ。
残りのパンを口に放り込み、ネイは眉間に皺を寄せた。