シャーリーはレースがお好き
神殿の二階で行われる行儀見習いのためのサロンには、歳若い少女達が集められていた。
幾度も読み込んだ本を眺めつつ、イリスは傍らの少女がついたため息を無視する。
「あのレース、新作よねぇ。王妃様つきの侍女様が考案なさった意匠なんだって。素敵い」
はああ、と再びつかれたため息も無視。
「あたし達みたいな下級貴族とは違うわよね。このサロンにこれるだけ感謝しなきゃ。ね、イリス」
窓辺から離れた風通しのいいテーブルに集う令嬢達を見ていた傍らの少女が、こちらに同意を求めてくる。そうなれば仕方なく反応するしかない。
「シャーリー、貴女の金髪には飾りなんていらない。瞳も宝石みたいに綺麗な緑だし」
十分じゃないの?とお世辞ではなく本当にそう思っているのでそう言うと、そばかすの浮いた頬を赤らめてシャーリーは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。えっとイリスもつやつやの黒髪よね。睫毛も長いし」
褒められたから褒め返さないとならないとでも思ったのだろう。シャーリーはそういう子だ。べつにいいのに。
「アムラという薬草が髪質に合ってるみたい。シャーリーはマナセ堂の石鹸を使い始めたのよね?どう?」
城下町で流行っている石鹸屋の名を出すと、シャーリーが目をきらきらさせて頷いた。
「すっごくいい香りがするの!まだ香るでしょ」
自慢の金髪を見せてくるので、鼻を近づけると、確かにかぐわしい香りがする。
「ああ、ネイリとルットの精油を使っているのね。高かったでしょう?」
「そうなの!しばらく新しいリボンは買えないわ」
ふぅ、とため息をついて上流貴族令嬢達の集うテーブルを再び見やる。
数少ない友人のそんな様子を見て、イリスはふと思い出す。
そういえば、もうすぐ誕生日だっけ。
講師となる公爵夫人が入室してきたので、本を閉じ、ふむ、と頷いた。
行儀見習いの後は、騎士団の寄宿舎横の居住棟にある自宅へと戻り、あるもので簡単に昼食を作る。下級貴族とは名ばかり。地位ある父が賜った一代限りの肩書きに過ぎない。ただ、二人いる兄達はともに体格と才能に恵まれ、そこそこに出世しそうだったので、彼らもまた一代限りの貴族にはなれそうだった。
そんな下級貴族の娘であるイリスは、召使にかしずかれるような身分ではない。望めばひとりくらいの召使を雇うことはできるだろうが、食事と掃除くらいならば自分達でどうにかできるから、と雇うことはなかった。
洗濯は騎士団の寄宿舎付きの洗濯女達がしてくれ、下着などのこまごました物だけを洗えばいい。それも将来のことを考えれば、出来ないほうがこまるだろうから、と、イリスは進んでやるようにしていた。
今日は、汚れた包帯を洗おうか。ついでに騎士団の医務室にいってみよう。
午後の予定を組みながら、出来上がった昼食を籠に入れた。