ライヒムララのちょっといい日
鍛錬場は柵で区切られていた。
騎士団によって使い分けていたが、決まりはなく、団長同士で簡単に打ち合わせをして、その日使う鍛錬場を決めていた。
ライヒム=ララの所属する騎士団は赤。黒に限りなく近い赤の布を巻き、今日も鍛錬に精を出す。
隣の鍛錬場では青の騎士団が二つに分かれて組み手の鍛錬をしている。こちらの鍛錬が休憩になったので、なんとはなしに見ていると、視界を横切る小柄な少女に気づく。
裾に赤い小花の刺繍を施した、エプロンドレスを着た少女だ。ドレスと揃いの帽子を目深にかぶり、草花の入った籠を持っている。薬草だろうか。
背に流れる艶やかな黒髪はゆるく編まれ、風にふわりとそよぐ。
鍛錬場に似つかわしくないその姿に、ライヒムはつい見入ってしまう。
―――今日はいい日だ。
人気のある王族の身辺を警護する近衛兵団の鍛錬場だと、城の侍女や貴族の令嬢などが見に来ることもある。だが、こんな泥臭い騎士団の下級騎士達が鍛錬する様子など、見に来る女などいない。
時折こうして通り過ぎる少女がめずらしいのだ。
ライヒムが見つめる先で、少女が不意に立ち止まる。
青の騎士団を見ているのだろう。
彼女が見ている先を追うと、ライヒムより少し年上の少年が組み手を終え、少女に気がついた。
ライヒムが少しばかり嫉妬するほど、彼は体格が良く、顔も整っていた。わずかに垂れた目はきっと女にモテるだろう。
タレ目の少年は軽くアゴをしゃくり、さっさと行け、と少女に促しているようだ。
少女は気を悪くするでもなく、軽く肩をすくめて歩き出す。
その慣れた様子に、ライヒムはなんだかもやっと気分を害した。
「あ、ネイだ。相変わらずいい筋肉ついてんなぁ」
綿布で汗を拭いていた先輩騎士が、そう言って自分の胸筋へ力を入れて盛り上げる。
「やっぱ素振りが足りんのか」
「ザットさん、ネイさんって青の?」
「ああ。オレ同期なんだ…お、始まるぞ」
集合がかかり、ザットは立ち上がる。ライヒムも慌てて追いかけ、声をあげる。
「あ、あの女の子は?」
ライヒムの強張った声に振り向いたザットは、どこか面白くなさそうに顔をゆがめた。
ネイの妹、イリスちゃんだよ。
先輩騎士の機嫌を損ねてしまったのは気づいたが、それでも、虹の女神の名を持つ少女のことを知り、ライヒムは機嫌よく鍛錬に戻った。