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まなこ閉じれば光  作者: 酒田青
できたて掌編
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今夜はナイトメア

 テレビカメラがわたしを撮っている。わたしの一挙一動を、何も言わずに映像として納めているのだ。撮った映像はわたし以外の全ての人――家族、友人、クラスメイト、近所の人、世界中の人、暇があれば政治家も――が観ているのだ。そして皆で手を打ち甲高い声を上げながら笑っているのだ。皆知らないと思っているらしいがわたしは知っている。わたしが歩くのを、一人部屋で泣くのを、トイレでの様子を、撮っている。証拠はないが、いつか掴んでやろうと思う。

 ある日親友にそう打ち明けたら、次の日白い監獄に入れられた。そうか。親友だけは違うと思っていたけれど、彼女も奴らの仲間だったのだ。わたしは白い監獄でため息をつき、簡素なベッドに寝転んだ。テレビカメラはまだわたしを撮っている。監獄の扉は監獄らしく鉄でできている。平べったい飾りのない鉄の扉には穴が開き、そこから時折看守がわたしの様子を見ようと覗き込む。わたしは診察と称してたまにそこを出される。すると両側にたくさんの鉄の扉が並んだ廊下を歩かされ、少し離れた診察室とやらに連れて行かれ、白い服を着た医者とやらに会わされ、「どうですか? 体調はいいですか?」と訊かれる。わたしは黙っている。テレビカメラのことを言うと、この男はわたしに本当のことを指摘されたと知って、世界中にそのことを拡散して、世界のわたしへの監視が強まるに決まっているからだ。わたしは無言を貫き、また監獄に戻る。廊下を歩いていると、両側にたくさんある鉄の扉の向こうに人の気配を感じる。穴を覗くと呆けた人や一人笑っている人がいる。そうか、ずっとここにいるとわたしもこうなるようにされるのだ。狂人扱いを受け、自分でも本当だと信じてしまうのだろう。そういう魂胆でわたしをここに入れたのだ、奴らは。

 監獄に戻り、することがないのでわたしはベッドに横になる。眠りに入るのはいつも困難だが、時折意図しないときにすとんと眠ってしまう。わたしは長く眠った。

 目を覚ますとわたしは家のベッドにおり、先ほどまでの監獄は夢の世界だと知った。部屋は清潔でちり一つなく、全て金色で統一されている。というより、壁も床も天井も全て金でできている。わたしが起きあがると黒い燕尾服に白いひげを整えた執事がやってきて、「お嬢様、お目覚めでしたら下々の者にご挨拶を」とアラビア語で言う。わたしは裸のまま広い部屋を歩き、黄金の扉を扉係に開かせ、黄金のテラスに出る。下を見るとたくさんの人間や動物がひしめいていて、わたしを見て奇声を上げた。裸のわたしは「空は青い」と言った。下の者たちは悲鳴を上げた。「海も青い」と言うと気絶する者も出た。よく見ると親友や父や母や祖父やクラスメイトや教師や近所の女やテレビで見た芸能人や昔飼っていた金魚が懸命に拍手している。どうやらわたしの美しさに驚いたらしい。裸のわたしは椅子に座り、地球の丸さがよくわかるくらい地平の向こうまで続く群衆にこう言った。「鶴は千年、亀は万年」群衆はどよめいた。おめでとう! と口々に言う。おめでとう! おめでとう! おめでとう! わたしは微笑む。奇声が高まり群衆は大きくなる。テラスは低くなり群衆は容易に手すりを越えられるようになる。群衆がどっとわたしの黄金の部屋に押し寄せてきた。わたしは鶏に踏まれ、象に投げられ、人間たちに胴上げされる。部屋は足跡だらけだ。激高したわたしは叫んだ。「万有引力よ表面張力を生め!」途端に辺りは静かになりわたしは

「夕食の時間ですよ。起きて」

 目が覚めた。わたしは白い監獄にいた。粗末なプラスチックの盆に載った食事がわたしの監獄に置かれていた。わたしはのろのろとベッドから降り、盆を手に取り、ベッドに座って皿の中身を食べた。玉子焼は、祖父が以前よく作ってくれたものと味がよく似ていた。わたしは、嗚咽を漏らしながら泣き、それを咀嚼した。

《了》


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