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まなこ閉じれば光  作者: 酒田青
再びできたて掌編
31/33

ラストワン賞

 いつも行くコンビニで、決まった銘柄のコーヒーを買ったら引けるくじがあるとやらで、店員がいかにも使い捨てですと言わんばかりの粗末な紙製の毒々しい赤色の箱を差し出してきた。流れ作業であることを隠しもしない十代とおぼしき店員のそっけない「どうぞ」にこちらも無の感情で右手を突っ込む。何もないじゃないか、と若干苛立った瞬間、一枚だけ紙片が転がっており、三角のそれを取り出すと「あ、そういやラストワン賞っすねー」と店員は言った。ラストワン賞は何か別に景品があるとのことで、店員がごそごそ何かを取り出し始めたが、それを無視して弱く接着してある紙を剥がすと「おめでとうございます! 拳銃をプレゼント!」と書いてある。「拳銃?」物騒な言葉だが何かの間違いだろうと白けた顔で店員の若いひょろひょろの男を見る。男は大きなパネルを持っており、「ラストワン賞はこれっすね」とクイズ番組の賞金を示すものに似たそれを差し出してきた。何と書いてあるのだろう、と受け取ってから上から覗き込む。そこに書いてあったのは「地球最後の男になる権利」。それはもうでかでかと書いてあった。

「おいおい……」

 いい加減にしろと言いたくなるが、店員が「あ、拳銃っすね」とつぶやいてバックヤードから丸出しの拳銃を持ってきた瞬間、血の気が引いた。「あ、え……」と言葉にならない声でそれを受け取り、その重量感におののく。モデルガンではなさそうだ。銃身は短く、映画やドラマで見るより小さく見える。なのに異様に重い。これは鉄でできている……。再度サーッと全身が冷える感覚がした。

「こ、これ……」

「地球最後の男になる権利、羨ましいっすね。おれ人見知りなんで人類が一人もいない世界に憧れるっす。まあ動物とか襲ってきて大変だろうから、拳銃で乗り気ってくださいね、あ、これ店からのオマケです」

 店員は照れ笑いを浮かべながら小さな箱をいくつも出してきた。見ると新品の銃弾が入った箱である。それをおれが出していたいつかもっといいやつを買おうと思いながら使っていた間に合わせの花柄のエコバッグにどんどん詰めて、コーヒーとスナック菓子をその上に置き、最後に拳銃をがちゃりと雑に入れた。

「ご利用ありがとうございましたー」

 店員の挨拶を背中に受けながら、狐につままれたような気持ちで夕方の冷えきった雪の降りしきる屋外に出る。何だ? これは……。誰かがからかっているのか? 今のおれの姿はテレビのドッキリ番組のカメラに観察されていて、今にもスタッフが放映の許可を取ろうと追いかけてくるのかもしれない……。そう思って振り向くと、コンビニはなかった。山と荒野があるだけだった。「は?」前を向く。コンビニがあった場所と同じような荒れ果てた景色が広がっているばかりだった。

 おれが住む街は、すっかり消えていた。地方の都市を囲む衛星都市にありがちな、低いビル、さびれたシャッター街、いつまでも開発中のアスファルトの道路は跡形もなく消えていた。もちろん人の気配はない。高校生カップルも、主婦も、仕事帰りの会社員も、この時間によくいる人々が、いない。ぶるっと震える。何もない……。もはや自分のアパートに向かう勇気もなくなっていた。何故ならアパートは徒歩五分の場所であり、そこは今どこまでも見通せる荒野の、一部であるからだった。

「ドッキリなんだろう?」

 おれは中空に向かって絶叫した。

「ドッキリなんだろ? なあ!」

 ドッキリだという可能性を捨てきれなかった。今にもテレビのスタッフが現れて含み笑いで放映の許可を……。

 でもこの広い荒野、山によってしか塞がれていない荒野のどこからテレビスタッフが現れるかなんて、質問されても答えようがなかった。無論質問してくれる相手すらいないわけだが。

 暗くなりつつある空の下を、エコバッグを下げてとぼとぼと歩く。犬の遠吠えが聞こえた。それに応じるように別の方角からまた遠吠えが。

 何かが走り寄ってきていた。それも複数。爪と乾いた地面が擦れ合うちゃかちゃか鳴る音がいくつもいくつも集まって、おれのほうに近づいてきていた。薄暗い中、そこに見えたのは大小様々な野犬だった。柴犬、ポメラニアン、チワワなど小さめの犬もいるが、白くて普通の大人より大きく圧倒するようなグレート・ピレネーズ、ドーベルマン、警察犬だったかのような俊敏で動きの効率を感じさせるジャーマン・シェパードなど大型犬も揃っている。どれも交雑していなかった。きれいに洗われた犬ばかりだった。それなのに野犬そのもののように野生をみなぎらせ、獰猛に歯を剥いている。おそらく目当てはおれが持つスナック菓子だ。こんな少量のポテトチップスを奪ったとことで全員(二十頭はいた)に行き渡るわけがないだろうに、と思うが、彼らはおれを襲う気満々だ。

 ガウ! と吠えながらチワワが噛みついてきた。小さな犬だがかなり痛い。振り飛ばし、次の犬に備える。どうやらシェパードがリーダーのようだった。犬たちはおれを取り囲む。

 おれはエコバッグから銃を出した。重く固いそれをがちゃがちゃ動かしているうちに、映画で好きな俳優が自由自在に操っていた銃を思い出した。安全装置を外した。引き金を引く前から勝負はついていた。どうやらシェパードは銃の恐ろしさを知っているらしい。大慌てで吠え、仲間を集めて走り出した。おれはほっとして、ついでにかっこつけて空に向かって一発放った。肩と腕と鼓膜を痛めた。銃はたった一発でも熱くなり、硝煙の嫌な臭いがした。

 地球最後の男、か。

 しばらくその意味を考えた。そして、やっと気づいた。

 地球のラストワンだな、つまりラストワン賞とは地球の最後一人になるということだ。何というくだらない……。

 しかしこのくだらない出来事が、おれが死ぬまで続くのは明白だった。

《了》

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― 新着の感想 ―
[一言] ・この籤ゼッタイひきたくない。こころの底からそう思いました。 ・コンビニの兄ちゃんが、意外と良い奴っぽい。 かっこつけて空にむかって撃つ主人公も良い奴っぽい。でも、運はなさそう。 ・壮大…
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