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まなこ閉じれば光  作者: 酒田青
昔の掌編
20/33

薔薇姫

 わたしが憧れる薔薇姫は、白雪姫によく似ている箇所があるけれど白雪姫ではない。

 まず、彼女は色白ではない。一般的日本人の肌の色をしている。そして彼女は愚かではない。何度も魔女に誘われて殺されかけるような真似はしないだろう。

 ただ彼女は美しい顔と肢体を持っている。黒く長い巻き毛もある。薔薇色の頬と唇も。緩やかに巻いた黒髪を細面の周りに垂らし、睫毛の長い切れ長の目に浮かんだ黒い瞳を有し、頬を赤く染めたようにし、膨らんだ小さな唇は充血したようになって艶々している。身体はファッションモデルのように細いとは言わないが、肩と腰が華奢で、あちらこちらが柔らかく滑らかな線を描いている。彼女は豊満なのだ。彼女が座っているとわたしはくらくらする。身体中からいい香りを放ちそうな彼女の美しさは、座っているときに最も顕著になるのだ。身体の線が完璧に美を形作っている。

 薔薇姫の部屋に入り、薔薇姫が化粧をする姿を眺めるのがわたしの趣味だ。

 薔薇姫はたくさんの化粧道具を持っている。一番に目につくのはいくつもの化粧筆が入った淡い桃色のガラスのコップだ。素顔の彼女、つまり先程説明した顔の彼女は、下地のクリームを塗り、ファンデーションを塗り、更におしろいを叩いて肌色の頬になってしまうと、そこから取った大きな筆で薔薇色の頬紅をつけ、茶色のアイシャドウを二本の細い筆で器用に目の周りを染めていく。目の際に黒いアイラインを引き、黒いマスカラで睫毛を塗ると、最後に彼女は赤い口紅を一番細い筆で塗る。

「どう?」

 彼女は振り返ってわたしに聞く。わたしは当然、

「きれい!」

 と答える。彼女はいつもきれいだ。ただ、化粧をしても彼女の顔に変化がないと伝える勇気がないことは少しわたしを居心地悪くさせる。

 彼女は色のあるアイシャドウが似合うのだ。紫や青や緑や桃色。冷たい目をした彼女の目には、明るい色が似合う。きっと明るい色が彼女の目の鋭さを中和するのだろう。

「さあ、化粧も終わったし」

 薔薇姫は鏡台に向かって髪を豚毛のブラシでときながら、鏡越しにわたしを見た。伏し目がちだからこの目は冷たく見えるのだ。彼女の目はとても優しい微笑みを浮かべている。

「出掛けようか、薔薇姫」

 薔薇姫はわたしを薔薇姫と呼ぶ。わたしは彼女のように豊満ではないが、黒いうねった髪と、薔薇色の頬と唇を持っている。目は真ん丸だ。顔も、真ん丸。

「うん、ママ」

 わたしは答える。わたしたちは母娘。わたしたちは手を繋ぎ、歩きながら部屋を出る。

「薔薇姫は十歳。薔薇姫も将来は化粧をするのかな」

「ママ、わたしは茶色のアイシャドウなんか塗らない」

「どうして?」

「どうしても」

 わたしは薔薇姫よりももっと美しくなりたい。薔薇姫を凌駕したい。

 薔薇姫は玄関でハイヒールのショートブーツを履いている。座っている薔薇姫はわたしをくらくらさせる。柔らかな線。

「ママ、わたしは早く大人になりたい」

「どうして?」

 薔薇姫が振り返る。完璧な顔だち。

「どうしても」

 にっこりと笑って、わたしは答える。わたしは美しくなる。きっと、なるだろう。

《了》

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