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まなこ閉じれば光  作者: 酒田青
できたて掌編
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マッシュルーム・ガール

 茸を育てている。今の高さは約五〇センチメートル。生えているのはあの人がわたしの誕生日にくれた青いハンカチの上だ。

 ハンカチが惜しいとは思わない。だって生えた茸はあの人そのものの形をしているからだ。頭のてっぺんにあるお団子に結われた黒い髪、眉上で揃えられた前髪、驚いたように見開かれた大きな目、尖った鼻、微笑んだ口、青いAラインワンピースを着た豊満な体。足元には青い靴らしいものが見えるがハンカチと癒着している。これらは全てわたしのものだ。

 あの人の人形を飾っている、というような背徳感はない。何故ならこれは、あの人からもらったハンカチから生えた、あの人自身だからだ。クローンだと言っても差し支えない。

 わたしは、適度な湿度を保つために加湿器を購入した。タンクに水を注ぎ、スイッチを入れると、不快なほどのじめつきが部屋に広がる。その代わり、あの人は生き生きと頬を輝かせる。湿気が嬉しいのだろう。

 大学でのあの人は、相変わらずわたしの友達として時折会ってくれる。ただし親友や恋人とは違う。あの人にとってわたしはたくさんいる取り巻きの一人にしかすぎず、本ばかり読む冴えない女など興味の対象ですらあるかどうか。会うのは他の友人を含めてだし、誕生日のお祝いも、同じ誕生月の友人とまとめて行われた。多分、あの人はわたしのことを同じサークルの仲間としか認識していない。

 それに比べてこの茸ときたらどうだろう。あの人の姿をし、常にわたしに微笑みかけてくれる。つまり、あの人と会えるのはわたしだけだし、あの人を食べられるのもわたしだけなのだ。

 茸を根元から切った。薄切りにしたら、内側は真っ白だった。輪切りの内臓に似た模様を期待したけれど、そんなものはないらしい。とりあえず、頭部だけ料理する。熱したフライパンの上でバターを溶かし、炒める。細胞膜が壊れて水分が流れ出たことによって小さくなり、あの人の形はまるでなくなった。醤油を垂らし、また炒めたら完成だ。他の料理も作る。わたしは鼻歌交じりに手を動かす。

 皿に盛る。あの人のバター醤油炒め、あの人の入った味噌汁、あの人の炊き込みご飯。わたしは手を合わせていただきますを言う。

 バター醤油炒めを頬張り、その弾力と旨味に涙が出そうになった。こんなにおいしいもの、食べたことがない。あの人はわたしの舌の上で砕け、わたしの胃袋に収まった。満腹したわたしは、明日、あの人を家に呼んで食べさせよう、と思った。

 あの人を家に呼ぶのは初めてだ。自分を食べるのって、どんな気分なんだろう。

 わたしは想像し、にっこり笑った。

《了》

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