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まなこ閉じれば光  作者: 酒田青
昔の掌編
19/33

宝石図鑑

 残酷だ。残酷だ。あなたはぼくを切り刻む。ぼくの心臓をめちゃくちゃにして食べる。そして不味いと言わんばかりに放り出す。まるでぼくに心がないとでも思っているかのように。あなたは、悪魔だ。

「あなたがくれた宝石、全部質屋に売っちゃった。ルビーも、ダイヤも、ラピスラズリも、琥珀も、真珠も。ぜーんぶよ。宝石図鑑ができそうなくらいたくさんくれたけど、いらなかったの。あなたは宝石イコール愛だと考えていたようだけど、あなたの愛なんていらないの。わたしは自由でいたいんだから」

 そう、あなたは言い放った。白髪を上手にまとめ、しみはないけれどしわのある顔をし、杖を横に揺り椅子に座っているあなた。何十年経っただろう。求婚を始めてから。ぼくはすっかり禿げ上がってしまったし、右目は始終涙がとまらない状態になってしまった。この老人ホームで暮らすあなたを追いかけてきたぼくは、何十年経ってもあなたの奴隷であり、僕だ。あなたにいいように扱われ、左目からも涙が溢れ出すぼくを、ホームの職員や老人たちは怪訝な顔で見つめている。

「あなたってすぐ泣くのね。苛々するわ。わたしはね、あなたの愛なんて」

「登紀子さん」

 五十代くらいの若い男があなたに近寄ってきた。何か小さな箱を手にして。この男は何なんだ。あなたの名を呼んだりして厚かましい。あなたは少し目を見開き、

「雄一郎、それはあとで」

 と素っ気なくつぶやいた。「雄一郎」だって? あなたは一体この男とどんな関係なんだ。

「そう言わずに、見てよ、登紀子さん」

 男はあなたが厳しい顔をするのも構わず近寄ってきて、繊細な細工がされた木の箱を開いた。

「ほら、宝石図鑑みたいでしょう?」

 まぶしく輝くルビー、ダイヤ、ラピスラズリ、琥珀、真珠、その他の宝石。これは、ぼくがあなたにあげた。

「雄一郎!」

「ひどいなあ。自分のおばに宝石箱をプレゼントして、どうして叱られるの? だって、宝物なんだって言ってたじゃないか」

「お下がり」

 男は不満げな顔であなたを見つめると、あなたの前のテーブルに宝石箱を載せて、

「米寿の誕生日、おめでとう」

 と言って身を翻した。あなたはその間ずっと顔をホームの窓の外へ向けている。

「宝物なのよ」

 あなたはぽつりとつぶやいた。

「宝物なの」

 ぼくは両目から涙を落とした。涙はとまらなかった。ホームは暖かく、優しかった。

《了》

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