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まなこ閉じれば光  作者: 酒田青
昔の掌編
17/33

わがままな住人

 わたしは畳の敷かれたボロアパートの二階の一室で暮らしている。畳の上で寝る、座る、歩く、の行為が好きなのでそうしている。体に触れるざらざらした畳の感じは、たまらなくいい。

 今日も障子紙越しの日光が柔らかく部屋に降り注いでいる。わたしは低い出窓に腰かけ、障子を押し開いた。その向こうはガラス窓。今度は窓を開く。びゅうっと冷たい風が部屋に入る。

「寒いわ花枝ちゃん。わたし寒いのはだめなの。冷たくなって、氷になって、割れちゃう。それに寒いと足が痛むのよ。わたしの足は花枝ちゃんと違って裸で、花枝ちゃんよりずっと細いんだから」

 と、カナ子。

「馬鹿だなあ。小鳥が氷になんかなるわけないよ。そんなの見たことない。なるのは金魚だよ。それも北の国に住む金魚だ。何の心配もないよ、この程度の寒さなら」

 と、龍次。

「あら、馬鹿って言った? わたしは金魚みたいに狭い世界にいませんからね。金魚よりは余計にものを知ってるわ」

「確かに君はいつも花枝ちゃんに外に連れ出してもらってるけどね、カナ子」

 少しむっとした声で龍次は言った。

「ぼくは花枝ちゃんと一緒にいつも本を読むよ。ぼくは文字が読めるから。だから君よりはものを知ってるつもりだけどな。君は文字なんて一つも知らないし、興味もないだろう?」

「小鳥が文字なんか知ってどうするの」

 カナ子が嘲笑する。赤い体を膨らませて、何だか怒っているようだ。

「小鳥はね、花枝ちゃんみたいに優しい人を慰めたり、楽しませればいいのよ。あなたのその醜い姿じゃ、そんなことはできないだろうけど」

 醜い、と言われて、龍次はいきり立った。というより、水槽の底に敷いてある砂利の上から水面近くへとふわっと浮かんだ。黒出目金の龍次は、袋状に目を覆うまぶたと、真っ黒な体をあまり好いてはいないのだ。

「でもぼくは君より賢い」

「賢くったって、美しくなければ意味がないわ」

 カナ子が意地悪く笑う。

「わたしは龍次はかわいいし、カナ子は賢いと思うけど」

 わたしはちょっと口を出してみる。すると二匹はさっとわたしに向き直った。

「花枝ちゃん、ありがとう。だからぼくは君が好きだよ」

 龍次は言う。丸い唇をぱくぱくさせて。

「花枝ちゃんひどいわ。わたしを龍次の次に褒めるなんて。龍次よりわたしのこと、かわいくないっていうの?」

 カナ子は羽根を膨らませて怒り狂っている。龍次がそれを黙って、少し満足げに眺めている。

「そんなことないよ、カナ子。わたしはどっちも同じくらいかわいいんだから」

「同じくらい、なんてありえないのよ、花枝ちゃん」

 カナ子の声は少し震えている。

「わたしは、花枝ちゃんの一番じゃなきゃ、いやっ」

 それだけ叫ぶと、カナ子は鳥籠の中の木製の家に入り込んで見えなくなった。

「カナ子」

「呼んでも無駄だよ。こうなったらカナ子は一日中泣くんだから」

 龍次の言葉に、わたしは少し罪悪感を覚えた。でも、だからといってカナ子の方が好きだと言えば龍次が傷つくのだ。龍次は落ち着き払って見える分、傷がつくと深く治りにくいのに。

「それより花枝ちゃん、一緒に『蜜のあわれ』を読もうよ。ぼく、あの金魚好きなんだ。もちろん花枝ちゃんより、じゃないけどね」

 龍次がわたしの本棚の方にゆらゆらと泳いでいく。そこに置いてあるのは色鮮やかな表紙の『蜜のあわれ』。わたしも好きで読むが、龍次はもっと好きなようだ。登場する雌の赤出目金が愛らしいからなのか、金魚と人が恋人同士になるのがいいからなのか、それはわからないけれど。

 狭い六畳間の隅に、頑丈な低い棚と高い本棚が並んでいる。低い棚の上には天井が丸い鳥籠と四角い水槽。それぞれの住人は赤カナリアのカナ子、黒出目金の龍次。二匹の恋人は、わたし。

「ねえ、わたしあなたたちに素敵な恋人を連れて来てあげる」

 と、つがいの提案をしてみる。返事はわかっているけれど。

「ぼくはいやだな。一人住いの方が性に合ってるんだ。ぼくには花枝ちゃんもいるしさ」

 と、水槽の中で泡に包まれながら、龍次。

「わたし、男の子はこりごりなの。理屈っぽくてうるさいから。それにわたしは花枝ちゃんがいいの」

 と、カナ子が家から黄色いくちばしだけ出してきいきいとわめいた。

 やっぱり。

 わたしは彼らの恋人を辞められそうにない。不幸ではない。不幸ではないけれど……。

《了》

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