頭おかしい(悪い意味で)
かわいい女の子がかわいい犬を連れて歩いていた。夕暮れの川沿いの道を。かわいい女の子は淡い水色のワンピースを着て、黒髪をポニーテールに結っていて、年のころは十六、十七といったところだ。色白で唇がぷるぷるでたれ目の大きな目をしていて清純そのものだった。犬はチワワ。白っぽくて毛が長いやつ。とても小さかった。蹴ったら一瞬で死にそうだった。
と思った瞬間、きゃん、と悲鳴が上がった。通りすがりの中年男が突然犬を蹴ったのだ。にやにや笑って女の子を見ている。明らかに故意だ。ぼくは驚いて立ち上がった。女の子を助けて仲良くなるチャンス! しかし次の瞬間色白で大きなたれ目のポニーテールでかわいい女の子がこう言った。
「テメエふざけんじゃねえぞウチのゴンザエモンを蹴りやがってぇぇぇ!」
すごくドスの効いた声でそう叫び、グーで中年男を殴った。おともだちパンチレベルではない。男は一瞬で鼻血を噴いて倒れたのだ。かわいい女の子は「死ね! 死ね! 社会のゴミは死ね!」と叫びながら馬乗りになって男を殴り続けた。手で殴ることに飽いたのか、かわいい女の子は蹴りを入れ始めた。中年男は「げふっ、げふっ」と言いながら口から胃液を吐いて白目を剥いていた。気づけばチワワのゴンザエモンまでうなり声を上げながら男の耳を噛みちぎっているではないか。
かわいい女の子とかわいい犬は、中年男が半死半生になるまで痛めつけた。
ぼくは当然通報した。
*
翌日のニュースによると、かわいい女の子は見つからなかったそうだ。中年男は「女の子がかわいかったから犬を蹴った。話すきっかけがほしかった」と語っているらしいがそれもどうかと思う。すごく可哀想な中年男だ。きっと女の子との会話の仕方が未だにわからないのだろう。
かわいい女の子は今ぼくの家にいる。というかぼくは自宅に監禁されている。手足を縛られ、時折殴られ、「通報したこと、絶対に許さねえぇぇぇ!」と襟首を掴んで揺すられる。かわいい犬もかわいい女の子に倣ってぼくを噛む。
哀れなぼくは女の子が出て行った隙に手の拘束を解き、今この文章を打っている。ヘルプミーヘルプミーSOSSOS! 今すぐここから助けてほしい。住所は
――インターネット掲示板に載せられた文章はここで終わっている。
《了》
散歩をしていて思いつきました。あんまり振り切れてないな。2017.2.16.酒田青枝