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まなこ閉じれば光  作者: 酒田青
できたて掌編
12/33

僕と君とマルと

 マルと君とは一心同体。ゆうやけ町に引っ越したいと君が言うと、マルは一も二もなく賛成して、多数決が物を言う僕らの関係上、僕はうなずくしかなかった。

 ごねた僕が言うのは何だけど、ゆうやけ町は美しかったね。いつもオレンジ色に照らされていて、海もきらきら輝いて。街並みは本来白いのだろうけれど、常に黄昏時のこの町だから、いつも茜色に黄みを足したような濃い色で、僕たちを寂しい気分にさせたものだ。

 君は入江を散歩するのが好きだった。入江はひょうたんのような形に奥まった形をしていて、君はそこでいつまでも沖合いを眺めていた。マルもそうした。それを百日くらい繰り返したね。

 ある日、僕らのオレンジ色に照らされた白い借家から、君は出て行かなかった。荷造りをしていたんだ。長い巻き毛を一つに結い、せっせと部屋まで片づけた。そして言った。ここは寂しい、すみれヶ丘に住みたい、と。マルはそうだそうだと騒ぎ、この町に馴染み始めた僕は、渋々ながら折れた。

 マルを丸い天井の籠に入れ、僕たちは緑色の車で旅をしたね。丸っこくて、ポンコツの。君は助手席、マルは後部座席で度々眠り込んでいた。僕も眠かったけど、車のエンジン音が騒がしいお陰でどうにかなった。

 マルは手のかかる子だから、何度も停まってあやしてやらなければならなかった。ゆうやけ町に戻りたい! と騒ぐんだから、びっくりだよね。でも僕は知っていた。君も新しい町を怖がっていたこと。君は飽きっぽいくせに臆病だったからね。

 すみれヶ丘は、ゆうやけ町と違って常に満天の星空が見える暗い町だった。人々は懐中電灯片手に街を歩き、夜のバーで騒いだものだったね。君は酒が好きだった。殊に甘いカクテルが好きで、ジュースのように何杯も飲んで酔っ払い、僕の肩に体を委ねて街を歩いたね。家では留守番だったマルがご立腹で、二人とも、大嫌い! とそっぽを向くことがしばしばだった。でも、美しかったよね、帰り道の空は。砂金をぶちまけて宝石を散りばめたような藍色の空。僕と君は何だか空と地面が逆転したかのような気分で、今歩いているのが土の上なのか星空の中なのかわからなくなりながら話をしたね。すみれヶ丘は美しい、と君は言った。何よりも美しいと言った。

 けれど君はすみれヶ丘の暗さに耐えられず、四ヶ月後にとうとうこう決断した。朝日ノ原に行きましょう。マルは大賛成した。

 マルのはしゃぎようは切ないくらいだったね。本当のところ、マルは君がいい気分なら何でもよかったんだ。君の気分が明るくなるなら何だってよかった。君が楽しいならいつまでもゆうやけ町やすみれヶ丘にいたってよかったんだ。

 マルは体を左右に揺らしながら生命の歌を歌ったね。何だったっけ。いのちは朝日と共に消える。そんな歌詞だった。僕と君とはマルの歌声を聴きながら緑色の車を走らせた。楽しかったよね。

 朝日ノ原は、明るい場所だったよね。真っ白な光源が――つまり太陽だけど――すぐ近く転がってるんだ。僕らはまぶしさに惑わされながらも明るさに満足し、今までになかったエネルギーを得た気分で毎日を過ごした。朝日ノ原は何もない原っぱだったけれど、退屈することはなかったね。

 君は毎日明るかった。気分屋の君が、一年も楽しげに過ごしていたのは驚きだったよ。起きるときが来るとすっきり目覚められたし、食事もおいしかったね。

 朝日ノ原の太陽は、よく原っぱに落ちて弾んでいたね。僕らはあれに触ってはいけないと知っていた。旅行者がおしゃべりをしながら、物珍しげに太陽に触ったんだ。すると太陽は彼をぱっと消してしまった。跡形もなく。きっと白い光で分解されてしまったんだ。僕らはそれ以来、太陽には触るまいと決めていた。

 でも、それは起こってしまった。

 君はマルを叱った。マルが粗相をしたから。君の大事な白いワンピースに、おしっこをかけてしまったんだ。マルは落ち込んでしまった。自分はいらない子だと思ってしまったんだ。君が機嫌を悪くするのは一年もなかったことだし、マルは元々粗相なんかしないしっかりした子だったからね。あのころはマルもよたよたと歩くことが増え、食事もうまく取れなかった。絶望してしまったのかもしれない。

 とにかく窓際に太陽が転がってきたんだ。壁にぶつかって、ぽーんと弾んだ。マルはそれを食い入るように見ていた。僕はマルに声をかけた。まぶしいから見ちゃ駄目だよって。でもマルは僕を見ずに君を見るんだ。君はつんけんとマルに命じる。窓から離れなさい。でも、次の瞬間、君は悲鳴を上げた。

 マルは太陽に向かって飛んだんだ。まぶしく輝く太陽の光の中に消えてしまった。ぱっと見えなくなった。僕らは騒ぎながら太陽に棒を突っ込んだ。マルを救い出そうとしたんだね。けれど、物干し棹は空を切るばかり。僕と君は泣きながらマルを呼んだ。マルは二度と帰ってこなかった。水色の大きな羽根が一つ、落ちていたっきりだったね。

 あれから、数年が経った。

 君は僕と一緒に暮らすのをやめた。今はまたゆうやけ町に住んでいるんだよね。あの町は美しかったよね。僕のまぶたの裏は、あのころと同じオレンジ色になるときがたまにあるよ。すみれヶ丘も朝日ノ原も、それぞれ美しく、楽しかったのを思い出すよ。

 こんな手紙を書いたのは、ちょっとした思いつきがあるからなんだ。ちゃんと読んでほしい。

 あの旅行者を覚えてる? 太陽に消されてしまったあの人。僕はあの人にまた会ったんだよ。街中で会ったんだ。あの人は五歳で、それでも僕を見ると流暢に、どうも、あのときは……なんて言うんだ。そう、あの人は新しく生まれて、またこの世界で生きてるんだよ。多分、太陽は僕ら生物を再生させる再生装置なんだよ。

 マルもそうなってると思わない? きっとマルは今四歳だ。若いオウムなんだよ。君はあのときひどく後悔したよね。マルに辛く当たったこと、マルを振り回したこと、全部自分が悪いと言っていたよね。チャンスがあるんだよ。マルとまた会えるチャンス。

 ヒルヒナカ通りで待ち合わせしない? マルを探すためにさ。マルはきっとまだピーナッツが好きだよね。くちばしで殻を割って、足で器用に殻を剥がすところ、また見たいね。歌も歌ってくれるよね。楽しい歌をさ。マルはよく歌を作ったけど、きっとまたやってくれるよ。

 いい考えと思うんなら、あの羽根を持ってきて。僕もあの緑色の車で行くから。

《了》


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