青い薔薇
見事な青い薔薇だった。ぎゅっと何十枚も寄せ合った花弁は根元まで青く、心なしかがくから茎、葉まで青い。薔薇は青い色が出にくいので、紫色を青と言い張ることがあるようだが、それは確かに深い青だった。
無造作に、コップに一輪挿してあった。それが玄関の下駄箱の上に飾ってある。それどころかただ置いている感じですらある。
青い薔薇は、数十年前に日本の清涼飲料水会社が開発したらしい。だから存在はしている。だが、非常に弱い薔薇だと聞いた。手に入れるのは困難だと思う。それが、ある。目の前に、ある。
部屋の主である彼女は、待ちくたびれたように寝室から顔を出した。少し巻いた焦げ茶の髪。顔立ちは幼く、かつ勝ち気な性格がよく出ていて、そのどこか危うい感じによって妖艶に見える。今は見えない体は、花のように手折ってしまえそうに華奢だ。
「何見てんのー?」
このようなマニアックな薔薇になど全く興味を示しそうにない彼女である。わたしは少しうろたえて、
「薔薇が……」
と答えた。彼女は怪訝な顔になる。
「薔薇?」
「玄関に、青い薔薇が……」
まさか、記憶にないとでも言うのだろうか。彼女は固まったまま動かない。わたしは想像する。誰かが、これをこっそり置いた。彼女のために。彼女への愛を告げようと。あるいはすでにある愛を祝して。いや、もしかしたら、彼女が知らないふりをしているだけで、これは他の男との秘密の合図なのかもしれない。青い薔薇が玄関にある日はその男が来てはいけない日、つまりわたしが来る日というわけだ。想像が膨らみ、怒りも膨らんでいく。想像にしかすぎないと思ってはいるのに。
「薔薇ねえ」
しばしの沈黙のあと、彼女がドアを完全に開いてやってきた。淡い緑色の部屋着だ。足は太股まで丸出しである。
彼女はわたしの腕に絡みつき、
「そんなことより、映画観ようよ」
と言った。わたしは呆気に取られる。彼女は本当に薔薇の価値がわかっていないようだ。青い薔薇は、貴重だ。なのに、彼女は――。
「元々は白い薔薇だったんだよね」
「え?」
「理科の実験であったでしょ? 切り花に色つきの水を吸わせるの。花は水と同じ色になる。白い薔薇は絵の具で染めた青い水を吸っただけ。暇だったからやったの。何でそれが気になるの?」
「何でって……」
わたしは顔が熱くなるのを感じながら笑みを浮かべ、何か言い訳をしながら狭い玄関で靴を脱いだ。恥ずかしい。勘違いだったらしい。何も知らない彼女はそれを待ち、わたしの腕に柔らかな二つの乳房を押しつけながら部屋に導いた。これから映画を観るのである。
ふと、肩の横の彼女の顔を見る。彼女にも赤い水――つまり血だ――が通っていて、それがこの小さな唇や頬を愛おしくさせるのだと気づいた。
それから、白い薔薇の代わりに白い彫像のような彼女が赤い水の入ったコップに足を浸けている様子を思い浮かべた。赤い水は彼女の裸に色をつけ、浸透は徐々に進み、唇、頬を生き生きと見せたあとに彼女の黒い瞳に赤い色を差した。その瞬間彼女は目をぱちくりさせる。わたしを見て、微笑む。
それは、ひどく陶酔させてくれる想像である。わたしはこっそり微笑みながら、彼女のむせかえるような香の焚かれた寝室に入った。彼女の乳房はわたしに押しつけられたままである。
《了》