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空気が引きつっていた。なぜだかは分からない。
どくんどくんどくん。心音は一定で、緊張というものを知らないらしい。あるいは、適応という二字熟語が分からないのかもしれない。心臓は弱い。どくんどくんどくん。どくんどくんどくん。
雪はいつの間にかやんでいた。まただ。今日はホワイトクリスマス。それともブラッククリスマス? 分からない。分からない。
潔癖に還る思考。赤ん坊の笑顔。つまらないわけがない。だけど分からない。判断。明瞭な判断。オレンジジュース。分からない。クリスマス。知らない誰かの祝い事。知ってる私の日常。断片の体験。なに。
綿菓子のにおい。降りやんだ雪が醸す、どこか懐かしいにおい。視覚が嗅覚となって私に突きつけられる。でも私は共感覚というものを知らない。無知の知。知覚動詞。感じる。第六感。神経細胞。私は今、確かに〈ここ〉にいる。
聖歌は歌わない。歌ったことがない。私は教会に通わない。なのに、今日はクリスマス。
知らないまま終わる? 空気はまだ引きつっている。
ブルースが吹き出した。ぷはっ。はは。あははは。
私も笑った。退行化した。私の赤い髪は地毛だ。染めてなんかいない。たまに疑われる。面倒。だけど今は――今、ブルースの髪が青い今なら。
赤はとまれ。青は行ってもいいよ。
私は君が好きだ。
とめどなく溢れてくるオモイ。口から吐き出した幻想が真実に変わる。あるいは真実が――嘘だと思っていた真実が事実と化したのか?
退行化。
(シュルレアリスム)
なにそれ。
現実と夢がつながった。意図が無意識と結合した。くっついてくっついて。お手々をつなぎましょう。ベンゼン。
なにもかも〈私〉から逸脱した私だった。深層の表出される瞬間だった。……。
リンの家に行こう。
鍵も置き忘れていた。
友情の崩壊。未来そうなるのだろうか。分からない。なんだろう。ふつふつふつふつ。きみがすき。君が好き。きみがすき。君が――。
散々を箪笥に押しやって、そんな軽い癖を治して、つまらないわけがない。
今日はブラッククリスマス。ブルースは渋い顔をしていた。告白の返事を言うより先に、私が変なことを口走ったからだろう。逃さない。
どうなるだろう。わくわくわくわく。どくんどくん。クリスマス。
あの店の前。暗い闇。境界線。分断の痕。
簡単に渡れた。