第4話
四時間目の終業のベルが鳴ったのと同時に、号令を前もって済ませておいた先生は「おつかれさん」と言って教室からスタスタ出ていった。
途端、教室中の緊張感が抜け、にわかに騒がしくなる。
数人の男子たちが集団でジュースを買いに自販機へ行った。
「美波、お昼ごはん食べよー」
弁当箱を持って、かよちゃんがわたしの席へ寄ってきた。すぐにふみちゃんと智里ちゃんもやって来る。
ふみちゃんとかよちゃんは、二人で一つの席を拝借して、その机の上にお弁当箱を置いた。智里ちゃんはわたしの机に置く。
二つの机を向かい合わせにくっつけて、自分の椅子を持ち寄って。
みんなが各々のお弁当箱を開けて、お昼ごはんが始まる。これが毎日のお昼休みの風景だ。
「あー、それにしても化学ってホントだるいわぁ」
ウィンナーをかじりながらふみちゃんが言った。
「あの先生の授業って、すっごい眠たくなるもんね」
と、かよちゃん。
「そうそう。そのくせ、寝たら寝たで『帰るか? 帰るか?』てしつこく訊いてくるし。理不尽よ、まったく」
ふみちゃんとかよちゃんは、よく食べて、よくしゃべる。そんな二人の話を聞きながらわたしと智里ちゃんはお昼ごはんを食べて、食べ終えたら二人の話に加わる。それがいつものパターンだった。
今日も、一番最後にわたしがお弁当箱を空にして、それから四人でおしゃべりすることになった。
話題はなんでもあった。
学校のことはもちろん、昨日のテレビ番組のこと、映画のこと、芸能人のこと……。
この四人で、話題が尽きたことなんて、今まで一度もなかった。
「でさぁ、その時ね--」
ふみちゃんが話しているのを聞いていると、誰かが二見くんを大声で呼んだ。わたしは反射的に二見くんの席へ視線を向けていた。
彼は自分の席に水筒を置いて、男友達二人と話していたようだが、名前を呼ばれたほうへ目を向けていた。彼の視線を辿っていくと、教室のドアのところに見知らぬ男子がいた。他のクラスの人だった。
二見くんは、話していた二人に一言いって、ドアの方へ歩いていった。
片手をあげて、他クラスの男子に軽くあいさつする二見くん。どうやら友達らしい。
その男子は、二見くんが来ると、小さな茶色い紙袋を差し出した。二見くんはちょっと驚いた様子のあと、笑顔でそれを受け取った。
なんだろ、あれ……。
「美波」
かよちゃんに呼ばれて、わたしは視線を目の前の三人に慌てて戻した。三人とも、わたしの顔をじっと見ていた。
「え、なに?」
「美波。わたしがいま話してたこと、聞いてた?」
眉を寄せて、かよちゃんがじーっと見てくる。
ひゃー!
聞いてなかった、なんて言えないよ!
ここはイチかバチか……。
「も、もっちろん。春に『蛍の墓』観たって話でしょ。あれは泣いちゃうよねー。最後らへんの、お兄ちゃんが妹に『それドロップやない、おはじきや』って言う場面で、わたしボロボロ泣いちゃった--―」
三人は一様に、大きくため息をついた。
「美波さぁ、もうちょっとそれらしいこと言いなよ」
ため息混じりに、ふみちゃんが言った。
どうやら呆れられているようだった。
「美波。あんた、純のこと見てたでしょ」
「う--」
ズバッと智里ちゃんに見抜かれる。
こういうところで彼女は鋭い。
「そ、そんな風に見えた?」
「見えた。美波ってわかりやすいのよ。さっきまで、あからさまに視線がわたしたちを通り越してた。隠そうとするなら、もうちょっと上手くやりなさいよね」
怒るわけでもなく、淡々と智里ちゃんはそう言った。
上手くできるものなら、最初から上手くやってるよ
かよちゃんは椅子をずらして、もっとわたしの近くへ寄ってきた。
「ねぇ、ねぇ、美波はどうして二見くんのことが好きなの?」
「どうしてって……急に訊かれても」
わたしは答えに困った。
すると、ふみちゃんも椅子ごと近づいてきた。
「それ、わたしも聞きたい。どうして二見くんなの? あの人なんかよりもイイ人、たくさんいるよ?」
「わたしは、二見くんだって、充分イイ人だと思うけど」
そう言うと、ふみちゃんとかよちゃんは口をそろえて「えー」と小声で悲鳴をあげた。ふみちゃんはこの四人にだけ聞こえるように小さな声で尋ねてくる。
「あのね、二見くんのどこがイイって言うのよ。すごくカッコイイわけでもないし、スポーツとか勉強とかで優秀ってわけでもないでしょ」
「そうよ」
と、同意したのはかよちゃん。
「それに、二見くんってエッチだから、あんまり女受けよくないんだよ。プールの授業でも、男子連中で『いちばんスタイルのイイ女子は誰だろ』って話し合ってたんだから。もう、ああいうのは女の敵なの!」
鼻息もあらくかよちゃんは断言した。
わたしは少なからずショックだった。
べつに、友達に好きな人をけなされたから、というわけではなく。
やっぱり二見くん、スタイルのイイ子が好きなんだ……。
それはそうだよね
二見くん、男の子だもんね
ハァー、とため息をついてしまうわたし。
するとふみちゃんが慌てたように口を開いた。
「あ、美波、だからって二見くんがナイスバディな人しか好きにならないってわけじゃないと思うの。かよが言いたいのは、二見くんがどれだけ好きになってもしょうがない男子かなのよ、きっと」
朝の一件があったせいか、ふみちゃんはわたしの内心を読んだみたいに言った。
でも、そんなのは気休めだろう。
そういう話をしていたということは、彼がそういう女の人にしか興味がないという証拠だ。
わたしみたいなナインペタンには、興味ないよね。
なんだか気が滅入ってくる。
「そんなのべつにどうでもいいんじゃない」
すぐ隣の智里ちゃんが言った。彼女は肩肘をついて、気楽な姿勢で言葉を続ける。
「男なんだから、そういうのに興味あってもおかしくないでしょ。まあ、あいつはちょっとありすぎだけど。でもね、あいつは、外見だけで人を好きになるようなやつじゃないわ。幼馴染みのあたしが保証する」
自信たっぷりな彼女。
「それと、美波が好きって言ってるんだから、あたしたちがどうのこうの言ってもしょうがないわ。たてくう虫も好きずきって言うじゃない。つまりは、あれよ」
なんだかヒドイ言われようだった。
わたしがちょっとむすっとした顔をすると、智里ちゃんはわたしに目をやって、ほほ笑んだ。
「あたしとしては、あんなやつ、大嫌いだけど。美波は大事な友達だし、好きなら好きで、それはいいと思う。あたしは応援してるわ」
「え--あ、う」
面と向かって〝友達〟と言われて、顔が熱くなる。嬉しいんだけど、恥ずかしかった。
「まあ、智里がそう言うんなら……ねぇ」
と、ふみちゃん。
「わたしたちはべつに、美波の恋愛がぜったいにダメとは言わないけど」
と、かよちゃん。
結局、二人は静観する気になったようだった。
「それで--―」
智里ちゃんは涼しいほほ笑みを浮かべたままで、わたしの顔をのぞき込んだ。
「美波は結局どうなりたいの?」
「ど、どうって?」
「純とどういう関係になりたいのって訊いてるのよ。好きなんでしょ。だったら、付き合いたい、とか思うでしょ、普通。そこんとこ、どうなのよ」
「わたしは……」
付き合う、か。
彼と交際できるのなら、ぜひしたい。
でも、今のままでは彼は付き合ってはくれないだろう。
それに、付き合って、一体なにをするのだろう。
手を繋ぐ?
一緒に帰る?
キスをする?
付き合うというのは、つまるところ、そういう行為をしてオッケーな状態になることだろう。
「わたしは--―」
そこまで高望みはしていない。
「もうちょっとだけ、彼に近づきたい」
「ん、どういうこと?」
智里ちゃんが眉を寄せた。
「わたし、二見くんとそんなにおしゃべりしたことなくて。同じクラスになったのに、会話もそんなにしてないから……だから、もうちょっと、距離を縮めたいなぁって思うの」
「ふーん……なるほどね」
わたしの言いたいことが伝わったようで、智里ちゃんは「うんうん」と頷いた。
「距離を縮めたいって、それって、ずいぶん初歩的なことじゃない? もっと先のこととか、考えないの?」
ふみちゃんが身を乗り出して訊いてきた。
「先のことなんて--」
「美波にとっては、それだけで精一杯なのよ」
智里ちゃんが、そう代弁してくれた。
「今までだって、そうだったもの。あたしが二人を引き合わせても、美波って純が相手だとロクにしゃべれなくなるのよ。だから、美波にとっては、距離を縮めるのも一苦労なの。そうでしょ?」
智里ちゃんは最後にわたしに確認を求めた。
彼女の言ったことは、全て正しかった。
だから、わたしは小さく「うん」と頷いて見せた。
「へぇー、あがっちゃうんだ。ジュンジョーだねぇ」
驚いたようにふみちゃんが呟いた。
続けて、かよちゃんが腕組みをして、
「じゃあ、まずはそのあがり症をなんとかしないと。じゃないと仲良くなるなんて夢のまた夢だろうし」
「なにかいい方法はないかしら」
うーん、と三人が悩むこと数秒。
「花火大会……」かよちゃんが、ぽつんと一言呟いた。
「なんですって?」
素早く反応したのは智里ちゃんだ。
いま思い出したんだけど、と切り出して、かよちゃんは智里ちゃんと視線を合わす。
「今度の日曜日って、花火大会があったなぁって思って」
「そういえばそうだったわね。花火大会、ね--」
花火大会、花火大会と何度も呟きながら、智里ちゃんは椅子の背もたれを軋ませ、天井を仰ぎ見た。
それからまた沈黙が続いた。
教室の喧噪がどこか遠い。
なんだか、わたしのことでみんなを悩ませているみたいで、悪い気がしてきた。なので、わたしは三人に「わたしのことはそんなに気にしないで」と言おうと口を開こうとした。
「思いついた!」
突然、智里ちゃんが姿勢をバッと戻し、得意げな顔をわたしの方へ向けてきた。わたしはビックリして胸をドキドキさせてしまった。
「お、おどかさないでよ」
わたしの言葉には応えず、智里ちゃんはわたしの鼻先を指さした。
「美波。あんた、純を日曜日の花火大会に誘いなさい」
「え----――えぇ!?」
「そうすれば、美波のあがり症もちょっとはマシになるだろうし、仲も深まる。うん。一石二鳥」
勝手に自分で自分の案に納得する智里ちゃん。
置いてけぼりをくらっている当人のわたし。
「ちょ、ちょっと待ってよ! どうしてそうなるの!?」
ふふん、と智里ちゃんは胸を張った。
「いい、あがり症なんてもんは、経験を積めば自然と治るものなの。美波にとっての経験は、純と話すことよ。花火大会に誘うことで一つ経験、花火を一緒にみることでまた一つ経験を積むのよ。わかる?」
「さ、誘うっていっても、わたし、二見くんと上手にはなせないんだよ!? それなのに誘うなんてことできないよ!」
「だから、それが経験だって言ってるの」
「でも……」
わたしは受け入れられず、なんとか反論できるポイントを探そうとする。
が、かよちゃんとふみちゃんがここで口を開いた。
「うーん。たしかに、智里ちゃんの言うことも一理あるかも」
「慣れればどうってことない、て言うものね。荒療治な気がしないでもないけど、わたしは智里の提案は筋が通ったものだと思う」
二人とも智里ちゃんサイドについてしまった。
三対一のディベートで勝てる気なんてしない。
わたしは表向きだけでも、白旗を掲げることになった。
「わかったよ。智里ちゃんの言ったとおり、花火大会に誘ってみる。けど、いつ誘えばいいのか、タイミングがわかんない……」
「それなら大丈夫」
なぜか自信満々に断言する智里ちゃん。
「あたしがなんとかするから、美波は悩まなくていいわ」
「どうするの?」
「んー、それは、秘密」
彼女はニヤリと笑みを浮かべた。
ベルが鳴った。お昼休み終了を告げる予鈴だった。
教室に机や椅子の移動する音が響き始める。
「そいじゃ、授業の用意でもしますか」
水筒のお茶を一杯飲むと、智里ちゃんは手早く自分の席へ戻っていった。
「……智里、なに考えてるんだろ」
「さぁ」
ふみちゃんとかよちゃんも首をひねりながら、机をもとに戻すと、自分の席へ帰った。
わたしは五時間目の授業の教材を机に出す。
ほどなくして、本鈴が鳴り、物理の先生が教室に入ってきた。
補習最後の授業は、この五時間目。これが終われば、今日は部活もないし、すぐに帰れる。
大丈夫って言ってたけど、智里ちゃんはなにをする気なんだろう?
授業中、わたしの頭の片隅には、その疑問がずっとひっかかっていた。




