第2話
耳の奥に雨の降る音が響いていた。
その雨の音が、ピピピと連続する電子音に変わったところで、わたしは自分が横たわっていることに気づいた。頭には柔らかい感触。
ベッドの上だった。
ねむい……。
まだハッキリしない頭に、目覚まし時計の音がキンキンうるさい。
「ん--」
目は開けず、枕元で電子音を鳴らし続ける時計を手探りで探す。指先が時計らしきモノに触れた。
時計の曲線に沿って、指をその頂上まで持っていき、でっぱりを見つける。でっぱりを軽く叩いた。
周りは途端に静かになった。
雀の鳴き声がかすかに聞こえてくる。ゆっくりまぶたを開けると、見慣れたわたしの部屋が朝陽で照らされていた。
光が目に飛び込んできたおかげで、だんだんと頭が働いてきた。
あと少しでも眠れたら、とつい考えてしまう。
けれど、今日がどういう日かを思い出すと、そんな考えは吹き飛んだ。
起きないと……。
寝起きのまどろみにさよならして、わたしは一気に上体を起こした。布団はかぶっていなかった。
布団はベッドのわきに、しわくちゃになって乱雑に寄せられていた。たぶん、わたしが寝ているうちにけっ飛ばしたのだ。
目覚まし時計の文字盤を読んでみると、七時十分。
そろそろ着替えよぉっと。
アクビを一つして、わたしはベッドから下りた。
上のパジャマを脱ぐと、何も着けていない上半身が外気に触れて気持ちよかった。寝ている間も暑いから、できるだけ涼しくなるように、ブラは外しているのだ。
タンスから今日着けていくブラを選ぶ。下が青だから、それに合わせて青のものを手に取った。
あくびをしながらストラップに腕を通し、後ろ手にホックを閉める。次いで、下のパジャマを脱いだ。
身に着けているのが下着だけになった。
脱いだパジャマを布団の上にたたむと、今度は部屋の隅のハンガーにかかっている学生服を着る。
わたしの通う学校の夏服は、暗い赤色のスカートと、半袖の白いカッターシャツ。そのカッターシャツの首もとに赤いリボン。ソックスは黒色ならどんなものでもオーケーで、わたしは毎日ハイソックス。
学生服に着替え終えると、髪を念入りにすいた。
そしてラストは髪留め。
タンスの横に置かれた大きな姿見の前で、ヘアゴムを使って、肩先までの長さの髪を頭の後ろで一つにまとめる。いわゆるポニーテールというやつだ。
髪留めが終わったら、姿見の前で身だしなみチェック。
寝癖なし。
髪留め問題なし。
制服のファスナーは全部しまってる。
靴下はたるんでない。
カンペキ!
わたしは机の上の鞄を手に取ると、部屋を出た。
階段を下りてリビングへ入ると、お母さんがテーブルに朝食を並べていた。今朝はトーストパンだ。
「おはよー、お母さん」
「おはよう、美波」
朝の挨拶をしながら、優しい笑顔を投げてくれる。お母さんは、最近ちょっとシワが目立つようになった。そのシワのせいか、前よりももっと優しく見える。
「いただきまーす」
自分の席に座ると、わたしはすぐにトーストパンを食べ始める。テレビから流れてくるニュース番組を横目に見ていると、芸能情報のあと、コマーシャルを挟んで、天気予報のコーナーになった。
七月二十八日。わたしの住んでいる地域は、一日中晴れ。最高気温は二十八度程度らしい。
今は朝ということもあって、そんなに暑さは感じられないが、あと一時間もしたら家全体が蒸し風呂状態になるのだろう。
「あーあ、学校もクーラー付けてくれないかなぁ」
パンをかじりながら、そんな愚痴をこぼしてしまう。
「大変ねぇ、夏休みなのに授業があるなんて」
言いながら、お母さんは牛乳の入ったコップをわたしの目の前に置いてくれた。わたしは「ありがと」とお礼を短く言った。
「あんまり暑いんだったら、授業なんて休んじゃってもいいのよ? ほら、熱中症とか、怖いじゃない?」
わたしは笑った。
「娘が学校休むのを勧めちゃダメだよ」
お母さんは優しいというか、甘いというか、そういう部分がある。冬だって「寒いんだったら休めばいいじゃない」とわたしに言うのだ。
わたしは、お母さんのそういうところが好きだった。
「でも、休むことなんてできないよ。友達とか、たくさんいるし」
勉強嫌いなわたしが、全生徒強制参加の補習に出席する理由は、クラスメートと会いたいという思いがあるからだった。
それから、もう一つ理由があるんだけど、それはお母さんとお父さんには絶対に言えない。わたしの胸の中に隠してある、秘密な理由。
「美波はえらいわねぇ。お母さんなら、冷房のガンガンにきいた部屋で遊んでいたいのに。そういう頑張り屋なところって、誰に似たのかしら」
お母さんは笑いながら、そんなことを言った。
ヘンなの。
わたしはお母さんに似たんだよ。
だって、お母さん、すっごい頑張り屋さんだもの。
わたしなんかよりも、ずっと。
そうこうしているうちに、朝食を終えた。
洗面所へ行って、歯を磨いて、顔を洗って。
トイレの中で新聞を読むお父さんに文句を言って。
「行ってきまーす!」
鞄を手に、わたしは家を出た。
外は家の中よりも眩しくて、暑かった。
真っ青な空。
白色に輝く太陽が、アスファルトの地面に照りつけている。肌が焦げるような日差しの強さだった。
サンオイル、塗ったほうがいいかなぁ。
でも学校に行くぐらいだし……。
学校への道を歩いていく。
朝のこの時間帯は、いろんな人が道を行き交う。
ハンカチで額を拭く、スーツを着た会社員の男の人。海かプールへ行くのか、ビーチバッグを提げて走っていくチビッ子たち。体操服姿の中学生の女の子……。
学校へ近づくにつれて、同じ高校の制服を着た人が多くなってくる。ほとんどが、わたしと同じく、補習に参加する生徒だ。
友達がいたら話しながら歩けたのだけど、残念ながら、今日は一人も見つからなかった。結局、わたしは一人で学校の校門をくぐり、下駄箱までやってきた。
ローファーからスリッパに履き替えて、廊下を歩いていく。
補習が始まるまで、あと十分弱。この時間は、どこの教室も賑やかで、全開になった窓やドアから、廊下に笑い声や話し声が溢れてくる。
一組、二組、三組と、教室の前を通って、わたしは自分のクラス、一年四組の教室に到着した。出入り口から見慣れた顔ぶれが教室中に見えて、なんだかホッとした。
高校に入学してから、もう三ヶ月が経っている。最初は知らない人ばかりだったけど、もう全員の名前と顔を覚えた。といっても、それは女子のことだけで、男子のほうはまだ覚えきっていないんだけど。
教室へ入る時、わたしの視線はすぐにある席へと向かっていた。
窓際の列の、前から二番目の席。
鞄はない
今日も、まだ来てないんだ
そこに誰もいないことを確認すると、安心したような気持ちにもなったし、残念な気持ちにもなった。
「あ、美波!」
教室に一歩入ったら、すぐ横から声がかかった。
ドアの近くの席で、集団でおしゃべりしている女子が三人いた。その集団は、わたしの仲良しグループで、いま声をかけてきた子はそのうちの一人で、もちろん友達だった。
他の二人も、すぐにわたしに声をかけてくれた。
わたしはその三人全員に視線を向けた。
「おはよ、みんな。なに話してたの?」
鞄を持ったまま、三人の輪の中に入る。
「これよ、これ!」
一番にわたしに話しかけてきた子、かよちゃんがプリントを一枚、わたしに突きだした。
「これって、今日の数学の予習プリントだよね。……何も書いてないけど、いいの?」
「いーわけないって!!」
かよちゃんは、新品のようにまっさらなプリントを机にバンと置いた。
「この子、今日は数学があるってこと、すっかり忘れてたらしいのよ」
と、もう一人の女子、平野智里ちゃんが困ったように言った。
「でも、数学の板書って、番号順にしか当たらないでしょ。先生も回ったりしないから、べつにやってなくても--」
「それが、今日の当たり番号、かよなのよ」と智里ちゃん。
「あ……そうだったんだ。それでかよちゃんってば、いま焦ってるんだ」
「そういうこと」
「で、わたしたちは、そんな哀れな子羊を助けてあげてるわけ」
最後の一人、ふみちゃんがため息を吐きながら言った。
かよちゃんは鉛筆片手にプリントとにらめっこ中。
「助けてあげてるって、全然助けてないじゃん。かよちゃん、ちっとも進んでないよ」
「や、だからね、一緒に問題を考えてあげてるわけよ」
言いつつ、右手で鉛筆をくるくる回すふみちゃん。
「考えるもなにも、やったプリントを見せれば--」
そこまで口にして、わたしは全てを悟った。
「まさか……ふみちゃんも、プリントやってないとか?」
「あったりー! わたしが予習なんてみみっちいこと、やると思ったかァ!」
笑顔でそんなことを言うふみちゃん。
わたしは智里ちゃんに視線を向けた。
「あ、言っておくけど、あたしもやってないから。当然でしょ、自分に当たらない問題なんて、やってもしょうがないじゃない」
平然と言ってのける智里ちゃん。悪びれる様子も無い。
ハァ、とため息をついてしまった。いつものことながら、この三人は本当に勉強しないんだなぁ。これならまだ、わたしのほうがやってる。
「そこでよ、美波!」
不意に、スカートをかよちゃんに捕まれた。思わず声をあげてしまった。
「な、な、なに、急に!?」
めくれかけるスカートに、慌てて手を当てる。けど、かよちゃんは手を離そうとしない。
「そんなに驚かなくても、べつに脱がそーってわけじゃないわ。ただね、美波なら、予習カンペキにやってあるでしょ。それをちょこーと写させて欲しいのよ」
左手でスカートを掴んだまま、右手で「おねがい」のポーズをとるかよちゃん。
「そ、そんなの、ダメだって。自分でやんないと力つかないよ」
「そんなヘリクツ言ってないで。お願い、この通りだから!」
言って、かよちゃんは左手をすこし上げた。そのせいで、わたしのスカートがさらにめくれて、太ももがもっと露わになる。わたしは叫びながら鞄ごとスカートを押さえにかかった。
「この通りってどういういことよー!」
「ふっふっふ、スカートの中を見られたくなければ、数学のプリントをよこしなさーい!」
かよちゃんは黒い笑顔を浮かべていた。
「もう、冗談よしてよ! ふみちゃーん、智里ちゃん、助けてー!」
あとの二人に助けを求めてみるが、二人は真剣な顔で……
「んー、わたしは〝赤色〟に五百円」
「バカねぇ。美波がそんな大胆な色のショーツ穿くわけないじゃない。あたしは〝青色の水玉〟に五百円」
トトカルチョしていた。
「裏切り者ー!」
「さぁ、さぁ。一秒に一センチ上げていきますぜ。いくら押さえようとしてもムダムダムダ! テニス部で鍛えた握力、舐めたらあかんぜよ!」
「あー、もー! わかった、わかったから、早く手を離してよぉ!」
どうしようもなくなって、わたしは白旗を揚げるしかなくなった。
「オッケー」
パッと、かよちゃんの手がスカートから離れた。
「これで交渉成立ネ」
「脅迫の間違いでしょ!」
スカートを軽くはたくと、わたしはしぶしぶ鞄から数学のプリントを引き出し、かよちゃんに渡した。
「はい、これでいいんでしょ、これで」
「ありがとー!! げに大切なのは友情だわ!!」
かよちゃんは受け取ったプリントを自分のプリントの横に置くと、さっそく書き写し始めた。
「なーんだ、もう終わっちゃったの」
残念そうにふみちゃんが呟いた。
「もう、のんきに見てないで、ああいう時は助けてよ」
「ごめんごめん」
軽く謝ると、ふみちゃんは小声でわたしに言う。
「でも良かったじゃん。美波の愛しのカレ、まだ来てないみたいだし」
「愛しのって--」
わたしはチラと教室中を見ると、すぐに足下へ視線を落とした。
「そうだよねぇ。あの人の目の前で、あーんな刺激的なことしたら、きっと大変なことになっちゃうだろうね。あの人、エッチなこととか大好きみたいだし」
鉛筆を走らせながら、かよちゃんが頷く。もとはと言えば、かよちゃんが全て悪いのに……。
「恥ずかしがって真っ赤になった美波、けっこうかわいかったもんねー。あれは案外そそるわ」
ふみちゃんの声だった。
わたしは視線を落としたまま、耳の熱さを感じていた。
「ま、それも、もうちょっと美波のスタイルがよければの話なんだけどさ」
「むっ」
ふみちゃんの聞き捨てならない発言に、わたしは顔を上げた。気にしていることをズバリ言われて、反射的に彼女の顔を直視する。
そんなわたしの視線に気づいたのか、ふみちゃんはすぐに笑ってごまかす。
「あー、ごめんごめん」
「笑いながら謝っても、ぜんぜん誠意ないわよ。中途半端に謝るぐらいなら、最初から言わなきゃいいのよ」
わたしが何か言うよりも先に、咎めるような口調で智里ちゃんがふみちゃんに厳しく言った。それでふみちゃんはバツの悪そうな顔になってしまう。
智里ちゃん!
キツく言い過ぎだよ!
わたしは慌ててふみちゃんに笑顔を向けた。
「ふみちゃん。わたし、ぜんぜん怒ってないから。ちょっとショックだっただけだよ」
「……そ、そう?」
ホッとしたような笑顔になるふみちゃん。
「ごめんね、美波。ちょっとふざけすぎちゃったわ」
「ううん、べつにいいよ」
ハァ、とため息が聞こえた。智里ちゃんだった。
「美波は甘いわね」
智里ちゃんは眉を寄せて、渋い顔をしていた。
甘い?
ふみちゃんに笑いかけたことが?
そうかもしれない。
イヤな思いをさせられたのにその相手を助けることは、智里ちゃんから見たらそうかもしれない。
でも、ふみちゃんがイヤな気持ちになるのも、わたしはイヤだったもん。
だから智里ちゃんに甘いって言われたって、べつにいいんだ。
それからわたしたち四人はいつもどおりに話した。ふみちゃんと智里ちゃんとの間のギクシャクも、すぐに無くなった。
わたしたちがおしゃべりしている間に、かよちゃんはプリントの書き写しを終えた。
「ありがとー。おかげで助かったよ。今度、お返しするからね」
「うん」
かよちゃんからプリントを返してもらった。ちょうどその時、担任の先生が教室に入ってきた。
席を離れていた生徒はみんな、先生を見た途端に、おしゃべりをやめて急いで席に座る。わたしたちも同じように、解散して自分の席に座った。
先生が教壇に立つころには、全員が着席していた。
--ただ一席を除いて。
「おーし、出欠とるぞ。アサギリ」
ホームルームにはまだ数分早いけど、この先生はせっかちなのか、出欠をとるのがいつもこの時間だ。
出席番号順に先生に名前を呼ばれた人が「はい」と返事をしていく。最初は男子からだ。
「キリシマ」と先生が教壇で出席簿を見下ろしながら発した。直後「ハイ!」とキリシマくんの元気な声が響いた。
わたしの席は教室の中央後ろの辺り。
窓際の二列目の席を見てみた。
そこは、まだ空席だった。
「スガワラ」と先生。
教壇の上の壁にかけられている時計を見てみる。ホームルームが始まる正規の時間まで、あと一分弱。彼はいつも、ギリギリに教室に入ってくる。
わたしはドキドキしながら、その時を待った。
「ノグチ」
呼ばれて、ノグチくんが低い声で返事をした。
「よし。次、ハマダ」
わたしの席の隣で、ハマダくんは「ヘイ!!」と大声で返事をした。
先生は苦笑いした。
「ばーかーやーろー。今のヘイはないだろ、ヘイは」
「す、すいません。噛んじゃったんです」
ハマダくんは恥ずかしそうに笑っていた。
「お前はアナウンサーにはなれんな。まあ、いい。次は--」
言いかけて、先生は苦笑いの表情から、ホントににがそうな表情になった。先生はその名前を読み上げることも、それを飛ばして次の人の名前を読むこともしない。
しばらく沈黙が教室を占めた。
わたしはずっとドキドキしていた。
「またか」とみんなが顔を見合わすこと十秒ほど。
廊下からかけ足の音が聞こえてきた。
来た!
足音が聞こえ始めて、わたしの胸も、その足音と同じペースでドキドキし始めた。
堅い廊下を蹴る、誰かの足音。
聞き慣れた足音。
わたしが一番会いたい人の足音。
きっと、あの人だ
足音がだんだんとこの教室に近づいてくる。
みんなが、開け放たれた後ろのドアを見る。
先生も、渋い顔つきでそのドアのほうへ視線を送る。
わたしは首をわずかに回して、肩越しにドアを見つめていた。
足音が教室の前まで来た。
その直後、背後のドアから、一人の男子生徒が教室に走り込んできた。わたしはその姿を見た瞬間に、視線を自分の机の上に戻してしまう。
「いやー、今日も暑い暑い」
笑い混じりの彼の声が背中に聞こえる。
わたしは振り向くことができず、彼の声に意識を集中させていた。
「おいおい、すげー汗だぜ、お前」と彼じゃない、別の男子の声がした。
「そりゃ、家から全力疾走してきたんだから、汗だってかくっちゅーの」
彼は笑いながら返事をしていた。ちょっと息切れしているようだった。
少し視線を上げると、教壇から彼をじぃっと見ている先生の姿があった。その視線は、見たくもないものを見るような、トゲトゲしいものだった。
そんな先生の視線を浴びているにもかかわらず、彼は友達たちに一声「よっ」と声をかけていた。
首を回さずとも、ちょっと視線をずらせば見える場所、わたしの視界の端に、彼が現れる。
その後ろ姿を、わたしは顔を前に向けたまま、瞳だけを動かして見ていた。彼を見ていることが周りの人に、もっと言えば、彼に気づかれないようにするためだ。
いつものように、男子の制服--純白の半袖のカッターシャツ、その上に暗い赤色のベスト、そしてスラックスを着ている。見慣れたはずなのに、なんだか今日もその姿が新鮮な気がする。
机と机の間を抜けて、彼は自分の席に座った。すると、そこで彼は教壇の先生と目を合わせた。
「おはようございます、先生。べつに僕は遅刻じゃありませんよね」
彼がそう口にした直後、時計の横のスピーカーからベルが鳴り響いた。ホームルームの開始のベルだった。
「ギリギリセーフ」
天井を指さして、彼は笑った。
先生は面白くなさそうな表情を浮かべて、名簿に視線を落として、
「二見」
と、読み上げた。
「はい」
彼は笑顔のまま、先生をまっすぐに見て返事をした。たった二文字の言葉には、どこか清々しく、楽しそうな響きが感じられた。
「次、ホダカ--」
不機嫌そうな口調で、先生は出欠の確認を再開する。
彼のほうを見ると、後ろの席の男子と小声で楽しそうに話していた。
なに話してるんだろ?
いつの間にか、わたしは視線どころか顔までを彼の席へ向けていた。
だから、気づかれたのかもしれない。
二見くんが、わたしのことを見たのだ。
え!?
離れた場所にいるのに、視線が一直線に重なった。
それだけで、まるで魔法にかかったみたいに、わたしは動けなくなってしまう。どうすればいいのか分からなかった。視線を外す、という簡単なこともできなかった。
カチンコチンなわたし。
すると、彼は笑顔のまま一瞬だけブイサインをわたしに見せた。
なに、なに、なんのブイサインなの!?
その意図がわからず、けれどもどう反応すればいいのかもわからず。わたしは彼にブイサインを送り返すことしかできなかった。
わたしのサインを見ると、彼はもっと笑顔を向けてくれた。子供っぽい、キレイな笑顔。それは、二年前の、あの雨の日に見せてくれた笑顔と同じだった。
彼はその笑顔を見せると、わたしから視線を外し、すぐに後ろの男子と話を再開する。
それでようやく魔法が解けた。
わたしは身体の自由がきくようになり、前の席の女の子の背中を見るようにした。
それなのに……。
彼と視線を合わせていないのに、ドクンドクン、と。
しばらくの間、わたしの胸は大きく脈打っていた。




