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アウトソール

アウトソール3

作者: 雄郎

<1>

「カメラ回します。はい、5、4、3、・・・」

カメラの前にいるスタッフの指が2本、1本になり、

自分に向けて手を振ったときにユウキは集中力を高めた。

集中をコントロールするのは撮影の仕事をするようになってから身に着けた技術だった。

外でパルクールをやっていたときは自分のペースでやりたい技をやっていたが、

パフォーマンスや撮影の仕事となると、相手の指示に合わせた動きをしなければならない。

おまけに常に得意な場所であるとは限らない。撮影も丸1日なんていうことはザラだった。

集中力を切らすと、動きのキレを欠き、怪我をすることに繋がる。

仕事で怪我すれば多くの人に迷惑をかける。ユウキ自身はまだ怪我をしたことがないが、

何度かの撮影の経験の中で

一緒に出演したスタントの人が怪我をするところを見ていた。

そのことで大勢の人たちが慌てふためく様子も知っていた。

ユウキは壁に向かって、助走をつける。右足で地面を蹴り、左足を壁を蹴る。

すぐに上半身を思いっきり反らす。

視界が地面を捉え、着地する。その流れでカメラのほうを振り返り、

放り投げられたお菓子のパッケージを受け取る。

「はい、OK。ユウキくん、今の宙返りを別の角度から撮って良いかな」

「わかりました。いつでもいけます」

と言ったが動きを修正する時間がほしかった。

今の壁宙はお菓子のパッケージを受け取ることに集中しすぎて、

上半身を反らすタイミングが少し早かったのだ。

「そこの柱入れて、撮れる?」

監督がカメラマンに指示を出す。

「いけます。お菓子はどっから出します?」

「いや、菓子はなし。宙返りだけ撮る」

大勢のスタッフがユウキの前を走り回る。カメラの位置が変わり、

女性スタッフがユウキの髪を整えにくる。

近づく女性スタッフの顔にユウキは視線を上げた。

空はさっきまで晴れていたが、少し曇ってきたようだ。

「おい、三浦はやくしろ!!」

監督からの怒鳴り声に三浦と呼ばれた女性スタッフが走って、ユウキから離れていった。

「じゃあ、同じ宙返りをお願いします。カメラ回します。はい、5、4、3、・・・」

ユウキは再び壁宙をした。今度はさっきのタイミングよりも少し遅くしてみた。

こっちのほうが感触が良かった。

「うーん、なんか違うな」

監督が首を捻っていると、横から気弱そうな色白の男性スタッフが監督に耳打ちした。

「監督、ちょっと曇ってきてるみたいなんですけど、どうします?」

「くっそ、マジかよ。シーン8は日の光がないと駄目なんだよな。

ちょっと早めに次の場所移ろう。充分撮れたろう。よし、撤収。時間ないから急げよ!!」

スタッフが撤収、撤収と口々に叫ぶ。ユウキはその声を聞きながら、壁の材質を指で確かめていた。


<2>

お菓子CMの撮影の3ヵ月後。ユウキの銀行口座にはCMの出演料が振り込まれていた。

19歳のユウキにとっては充分すぎる大金だった。

(これでしばらくはお金に困らなくてすむな)

ユウキは実家暮らしでアルバイトはしてなかった。

アートオブムーブメント出場以降、数は少ないが途切れることなくパルクールの仕事の依頼があった。

映画、CM、音楽PV、雑誌の取材。有名人やアイドルにもたくさん会った。

他のトレイサーはそのことを羨ましがったが、テレビを見ないユウキにとっては、

何が羨ましいのか理解できなかった。

部屋でパソコンを使いyoutubeを見ていると、好きなトレイサーの新作動画が更新されていた。

「おっ、マイクの動画上がってる」

マイク・ドイル。世界で一番パルクールが上手いとされているアメリカ人トレイサー。

1時間ほど前に更新された動画なのに、再生回数はすでに2000を越えていた。

「やっぱ、凄いな」

アートオブムーブメントで一緒に動いたときのことを思い出した。

あの頃はまったく追いつける気がしなかったが、

いまではマイクの動きはある程度イメージできるようになっていた。

更新された動画はマイクがアメリカ大陸を横断しながら、各地でパルクールをするという内容であった。

どこかの会社がスポンサーについているようで、ずいぶん規模の大きな話だなとユウキは思った。

「日本じゃ、こんなことはできないよな」

過去に何度か海外に行ったことのあるユウキは日本のパルクールの現状に物足りなさを感じていた。

日本人のレベルは低くないが、環境が整ってなかった。

海外ではパルクールをビジネスにして成功しているトレイサーがたくさんいる。

そういう人たちはジムを作ったり、ウェアを販売してパルクールを盛り上げている。

でも、日本ではそういう動きが少ない。

他のトレイサーに何度かそういう話をしたが、あまり良い反応をしてくれなかった。

動画を再生させようと思ったときに、携帯電話が鳴った。画面には秋元ショウジと表示されていた。

「もしもし、お疲れ、ユウキ」

「お疲れ様です。どうしたんですか?」

「振込みはちゃんとされていたか?」

「はい大丈夫です。さっきおろしてきました」

「お前明日の山上公園の練習会は来るか?」

「明日、練習会だったんですね。行きます」

「ちょっと話したいことがあるから、必ず来いよ」

「仕事の話ですか?」

「おお、そんなところだ。じゃあな」

ツーツーと電話が切れた。

(仕事か・・・次は何だろうか)

ユウキはとりあえず自分は依頼された仕事をしっかりとやり遂げることに集中しようと思った。



<3>

起床したユウキは時計を見て、遅刻だと思った。

練習会は13時から始まる。起きたのは12時50分だった。

自宅から山上公園までは30分かかる。明らかに間に合わない。

ユウキはベッドの中で携帯をいじくり、近くに置いてあるパックのオレンジジュースを飲んだ。

ベットから出ると寝巻きのスエットからパルクール用のスエットパンツに着て、

パソコンのスイッチを入れた。

いつも使っているランニングバックパックに荷物を詰め込み、youtubeにアクセスした。

「あっ、今日も動画更新されてる」

マイクのアメリカツアー動画の新作が昨日に引き続き今日も更新されていた。

「ロサンゼルスの動画か」

動画を再生させる。ロサンゼルスの町並みが画面に現れ、そこを歩くマイク。

所々にある階段や壁を使って、パルクールの動きを魅せていく。

その動きはどれも簡単なものばかりだが、そこにはマイクにしか出せない雰囲気があった。

(軸が安定しているっていうのもあるけど、やっぱり体格が違うんだよな)

ユウキは実際にマイクに会ったときに、その体格に驚いたことを思い出した。

身長は自分よりも10cmは高く、

動画では細身に見えていたが、実物はしっかりと分厚い筋肉で体が覆われていたのだ。

(これだけの体格は日本人ではまだ見たことない)

動画のラストでは、高めの段差から4メートルほどの離れたところにあるレールに

向かってランニングプレシジョンをしていた。

レールの向こう側は川だった。ランプレの助走は4歩だったが、

充分な高さがあるジャンプで、安定した着地だった。

(落ちたら濡れるのに、そんな感じで止まれるのかよ。しかも、膝が前に出てない)

ユウキは自分が同じところで動けるかシュミレーションしてみた。

おそらくは成功させられるが、あそこまでは綺麗にできないと思った。

動画の再生が終了し、目新しい動画はないかなと探したが、見当たらなかったので、

練習会に行くことにした。

家を出て、電車に乗る。20分ほどで目的の駅についた。

山上公園に行く途中でジャンプを読みたくなったユウキはコンビニに入った。

コンビニでジャンプを立ち読みしていると、

ふと外にいる女性二人組みがこちらを見ていることに気がづいた。

(何見てるんだろう。おれ、鼻毛でも出てるのかな)

視線が合うと、女性たちは目をそらして、また歩き出した。

(なんだ?)

雑誌コーナーの横にあるトイレに入って、自分の顔を確認したが、鼻毛は出てなかった。

不審に思いながらコンビニを出る。しばらく歩いていると、

中年のおばさんがいきなりユウキの肩をパンっと叩いて

「あんた見たで。やっぱり良い男やわ」

と言って走り去った。今日は一体何なんだと思いながら、公園についた。

公園ではマサトが参加者に基礎トレーニングのレクチャーをしていた。

参加者はみんな苦しそうな顔をしている。

なんだが今日はいつもより人が多いなと思いながら、ユウキは公園内を見回す。

今日はランプレをやりたいと思っていると、シュウジがユウキに声をかけてきた。

「ユウキ、相変わらず遅いな」

「すいません、シュウジさん」

「CM、凄い反響だろ」

CM?ユウキは一瞬何のことだが分からなかったが、3ヶ月前のお菓子のCMということに気づいた。

「ああ、3ヶ月前のやつですよね。もう放送されてるんですか?」

「お前見てないのか?テレビじゃバンバンやってるし、そのうちyoutubeとかネットでもやる予定だよ」

「ふーん」

「おまけにお前を取材させてくれっていうテレビ番組からのメールがたくさん来てるんだ」

「俺ですか?マサトさんじゃなくて」

シュウジはユウキに向けていた視線をマサトに移した。

しかし、その目はどこか別の何かを見ているようだった。

「あいつじゃないよ。ユウキ、お前に取材がきてるんだ」

「はい?」

シュウジの言葉に実感が湧かなかった。

今までの映画やCMなどの仕事はパルクールのアクションが出来るから呼ばれていて、

テレビの取材を受けるときも喋ることはなく、アクションだけを魅せることが多かった。

それに自分は喋るのが苦手だから、

動きだけで良いんだとユウキは思っていたくらいだった。

「ユウキ、俺は会社を作ろうと思う」

「何の会社ですか?」

「パルクールだ。そろそろ個人のウェブサイトじゃ仕事を受けるのに限界がある」

シュウジはパルクールのウェブサイトを運営しており、そこで練習会の告知などをしていた。

形だけではあるがチームもあり、そこにユウキの名前があった。

仕事の依頼などはシュウジのウェブサイトを通じてユウキに来ることがほとんどだった。

「いまトレイサーは凄く増えている。けどこのままじゃ一過性のブームになっちまう。

ちゃんと基礎を固めないと駄目だ。

練習会っていう形態も大事だけど、もっと教室とかをちゃんとやるようにして敷居を低くするんだ。

あとは物販販売もやるシューズとか輸入したり、作ったりして利益を出す。

そして、それをパルクールに還元する」

「還元ですか?」

「ああ、ジムを作ったり、国内の有名トレイサーを集めてツアーをやったりするんだ。

それをDVDとかにすれば人気が出るぞ」

シュウジの言うことは海外ではすでに行われていることばかりであったが、

日本ではまだ誰もやったことのないことであった。

ユウキもそういうことをよく考えていたが、

まさかこんなに早く実現できる段階にくるとは思ってもいなかった。

「俺やりますよ!みんなにも声かけましょう。マサトさんなんて絶対に乗りますよ!」

「ああまだこの話は秘密だ。会社にするってことは俺だけの力じゃ無理で、

色々な人に力を借りなきゃいけないんだ。お前もたくさん仕事をやってきたから分かるだろ。

とりあえず、俺が良いというまで、誰にも言うなよ。それよりもテレビの取材だけど日が決まったら、

連絡するからな。いいか、次は絶対に遅れるなよ」

シュウジが慌てた様子で喋っていると、レクチャーを終えたマサトが二人に話しかけてきた。

「おーっす、ユウキ遅いぞ」

「お疲れ様です。なんか今日人多いですね」

「お前のせいだよ」

といってマサトは軽くユウキの胸を押した。

(俺のせい?)

不思議に思いシュウジのほうを向いたが、すでにシュウジの姿はなかった。

「あの、マサトさん。その人がゆ、ユウキさんですか?」

マサトの後ろには中学生くらいの少年が4人ほどいて、さらに後ろには同じような集団が何組かいた。

「ああ、そうだ。さっき一緒に写真撮りたいって言ってたな。ほうらユウキ、写真撮ってやれ」

マサトは中学生たちの引っ張って、ユウキの近くに寄せた。ユウキは何がなんだか分からなかった。

「マサトさん、このカメラでお願いします」

「おれはこっちの携帯でお願いします」

中学生たちは次々にマサトにカメラを渡した。

マサトは笑え、笑えと言いながら、シャッターを押していった。

ユウキは中学生たちに囲まれて、よく分からないまま写真を撮らされた。

「ユウキさん、CMのダブルコークとか壁宙を見せてもらっていいですか?」

「えっ、CM?」

いつのまにか後ろにいた中学生、高校生の集団や女性トレイサーたちがユウキを取り囲んでいた。

みんなカメラや携帯を構えている。ユウキの視界は人で埋め尽くされ、

いつもの自分が知っている公園の様子はまったく見えなくなった。

「壁はないから無理だけど、ダブルコークならいい?」

ユウキが聞くと中学生は脳が揺れんばかりに頷いた。

「ごめん、みんなちょっと離れて」

ユウキがそう言うと、集団との距離が少し開いた。

ステップを踏んで、ダブルコークをした。囲んでいる人たちとの距離感が掴めなかったので、

高さがなく、着地は出来たものの満足がいく完成度ではなかった。

ユウキがもう一回やると言おうとすると、周りの人たちが歓声を上げた。

「おー!」「スゲー!!」

ユウキは何が凄いのかまったく理解できなかった。

しかし、彼らの自分を見る目が輝いているように見えた。

凄いと口にしている人がいたり、口を空けたままにしている人がいたり、

少し涙ぐんでるように見える人もいた。

そのときにユウキは人間のこんな顔は見たことないやと思い、嬉しくなった。



<4>

「それでパルクールを始めたキッカケというのは何だったんでしょうか?」

女性レポーターがユウキに聞いてきた。公園のベンチに腰掛けて、

ユウキはどこか落ち着かない様子だった。

先日の練習会でシュウジが話していたテレビ取材。知らない公園に一人で呼び出されていた。

ディレクターがユウキがパルクールの練習をしていると、

女性レポーターが声をかけてくるという流れを説明され、

こんな公園で練習なんかしないのにと思いながら、ユウキは適当に動いた。

動いているシーンを撮り終え、今は女性レポーターからインタビューを受けていた。

「ええと、もともとはヤマカシっていう映画がキッカケなんですけど、

ああ、でもヤマカシはパルクールじゃなくて、

ADDっていう別のことをやってます。パルクールの元になったことです。

やっていることは似てるけど、ちょっと違うというか。

とにかくヤマカシを見て、ネットでパルクールって検索して、調べました」

「ADD?」

女性は不思議そうな顔をして、手元の資料を見る。

「一旦、カメラ止めます」

ディレクターらしき男性が女性レポーターを呼んだ。

ユウキは腰につけられたピンマイクの機械が鬱陶しくて仕方なかった。

(こんなのロールしたらすぐ壊れるぞ)

女性レポーターとディレクターが話していたが、

しばらくすると女性のほうがユウキに近寄ってきた。

「ユウキさん、いまの質問は飛ばします。

次は私が日本のパルクールの第一人者としての今後の目標を聞くので答えてください」

「えっ、違いますよ。俺は第一人者じゃないです。第一人者はマサトさんとか他に何人かいます。

俺はあの人たちにパルクールを教えてもらったんです」

女性レポーターは苛立った様子でディレクターを見た。

「ユ~ウキくん、今回は第一人者ってことにしておいてよ。

これくらいの言葉なんて誰も気にしないから。

あと、視聴者に分かりやすくするために、もう少しスラスラ喋ってください。

今の質問だと、日本のスターになりたい的な?日本でパルクールを広める的な?感じでお願いします」

ディレクターは猫撫で声で言った。

「じゃあ、カメラ回して、5、4、3・・・」

ディレクターがこちらに手を振った。

女性レポーターが先ほどまでの苛立ちの表情を完璧に消して、笑顔でユウキに質問してきた。

「今回のお菓子のCMは凄い反響でしたね。では、ユウキさんは日本のパルクールの第一人者として、

今後の目標を聞かせてください」

レポーターの顔を見て、取り囲む大人たちの顔を見た。そして、カメラを見た。

レンズには自分の顔が輪郭だけ写り、他は暗くて見えない自分の顔が見えた。

「・・・・日本にパルクールを広めて、みんなが憧れる日本のパルクールのスターになりたいです」






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