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第九話


 そうして次の日、優麗の部活見学が始まった。


 授業が終わると、優麗は急いで帰り支度を始め、席を立ち? 隣の席に座っている明治の下へと駆け寄る。


「さあ、明治さん! 部活です! 青春です! 張り切っていきましょう!」


 凄まじい気合である。

 むしろこの気合を見せ付けられて、疲れが3割ほど増している感じもしたが、約束は約束だ。

 明治もゆっくりと席を立ちあがるが、どことなく体が重い感じがする。


「えーなになに? 優ちゃん部活はじめるの?」


 クラスメートの一人である金崎春江かねさきはるえが優麗の発言に興味を持ったようだ。

 彼女は新聞部に所属している女子生徒で、好奇心の塊のような人物である。


 また「優ちゃん」と呼んでいることから、すでに大分親しくなっているようだ。


「そうなんです。高校生活といえばやっぱり部活ですよね! どんな部活があるか楽しみなんですよ」


「だったらうちの部活に来ない? 優ちゃんだったらその特性をいかして色んな取材が出来ると思うの。えっと手始めに総理官邸に忍び込んで」


「何処が手始めなんだよ! つうか何を取材する気だ? 危険すぎるわ! 高校生の新聞部で扱うようなことじゃねえだろ!」


 黙って会話を聞いていたのだが、思わず口を挟んでしまう明治。

 いきなり日本の黒い部分に迫ろうとする春江の根性に脱帽ではあるが、いきなりすぎる。


 その言葉を聞いて春江はニンマリと笑い、いやな笑みを見せてくる。


「聞きました? 奥さん? 田井正君ったら優ちゃんの身の心配をしているんですよ。なんだかんだいって結局は愛されているみたいですね」

 

 傍にいる別の友人にいきなり口調をおばさんに変えて噂話をするように話し始める。


「やっぱりねー……いえね奥さん私も前から怪しいとは思っていたんですよ。あんな可愛い子にあれだけ迫られておいてその気がないなんて、おかしいとは思いません?」


 調子を合わせるように明治の耳にもしっかりと届くようにその友達もボソボソと話し始める。

 いつの間にか集まっていたクラスメート達がこれを皮切りにあることないこと様々に話し始めた。


 こ、こんな時だけ団結力を発揮しやがって……こ、こいつらは……ぶん殴りたい。女子だろうと構うもんか思い切りぶん殴りたい。


 危険な思考が明治の心を埋め尽くしていく。


「それじゃあな明治」


 唐突に男子生徒が言葉と同時に明治の後頭部を殴りつけてきた。

 

「んじゃまた明日な田井正」


 別の男子が挨拶と同時に、鞄をぶつけてくる。

 それを皮切りに男子のほとんどがわざとらしく明治に挨拶をしながら色々な攻撃を仕掛けてきて、明治は教室でボロボロの状態となってしまった。


 ピクピクと体を動かす、明治。

 あ、あいつら絶対いつか殺してやる。


「災難だったねー明治」


 晴彦がにこやかに声をかけてきたが、手には箒を持っていた。


「何をする気だ……」


 ボロボロになりながらも警戒をする。


「いやね、せっかくだから止めを刺しておこうかと」

「アホかおのれは!」


 これ完全に校内暴力じゃねえかとかなんとか思いながらぶつぶつと文句を言って制服についた埃を取り払う。


「明治さん! あたしのためにこんなに怪我を……これが愛なんですね!」

「そうよ優ちゃんこれが愛なのよ!」


 優麗の言葉に乗っかり悪乗りする春江。


「貴様ら! 今までの展開から何処をどうやったらそんな話に繋がるんだよ! 馬鹿な事言ってないでさっさと行くぞ」


 埒があかないと考えてスタスタと足早に教室を出て行く。

 

「あーん待って下さいー」


 その後を追うように優麗がスーッと明治の背中を追っていく。 

 そんな優麗に春江は軽く言葉をかける。


「優ちゃん。よかったら新聞部にも顔を出してねー」

「バドミントン部もよろしくー」


 最後は晴彦だ。

 

 優麗は振り返り、笑顔で答えて教室から出て行った。


「でさでさ実際のところどうなの? あの二人」


 やはり新聞部である。相当に興味があるようだ。明治と晴彦の関係もすでに調査済みなのであろう。

 

「さあね。明治は幽霊ってことで警戒しているみたいだからなんともいえないよ」

「うーんでも、あのままだとなあ……優ちゃんうまくいってほしいな」


 晴彦はそれには答えず、部活に行くために教室を出る。

 実際どうなるかなどさすがに晴彦にもわからないのだ。


「結構ヘタレだからなあいつ」

 クスっと笑い、しばらくは退屈せずに済みそうだなと、意地の悪いことを考えた。 


 明治と優麗は教室を出るとさっそく、部活見学へと向かう。

 私立峰ヶ崎高校は部活動が盛んな高校と言うこともあって、HRが終わると昼間よりも活発になる。

 どの生徒達も楽しそうに、自分達の所属する部へと歩いている。


 そんな空気に当てられたのか、優麗も非常に楽しそうな顔つきで、心なしか体どり? が軽いような感じがする。


「それで? どの部から見ていくんだ?」


 先行する優麗の背中に向けて声をかける。

 優麗とは逆に明治の足取りは心なしか重いような感じであり、声にもあまりやる気が感じられない。実際にあまりやる気はないのだが……。


「そうですねーまずは運動部のほうを見てみましょうか?」

「運動部は却下といっただろーが」

「見るだけです。お願いします」


 明治の袖を引っ張りだだをこねる子供のようにすがる優麗。

 

「わかったわかった」


 抗う気力もなく優麗に引っ張りまわされいささか疲れてきているようだ。

 

 そうして色々な部活を見学していく。

 しかし、そうすんなりと事が運ぶわけがない。なんていっても幽霊である。

 

 まず最初に見学したのは、やはり昨日影響を受けた陸上部だ。

 優麗が見学に来たということで、男子は突然張り切り始める。


「彼方さん。この俺の華麗な走りを見てくれ!」


 全国大会ベスト4の経験をもつ2年の男子が、自分の得意とする100m走をいきなり走り始め、いいところを見せようとしはじめる。


「わー早いですねー」

 

 パチパチパチと素直に拍手をして相手を褒める。

 それに対して得意満面な笑みを見せて、爽やかな汗をキラリと光らせる。

 スポーツが得意なことだけあってそこそこモテているようで、幾人かのファンとも思える女子達がこぞってタオルをもってくる姿を見て、明治は少しばかりむかつく思いをする。


「君のくれるタオルで汗を拭ければ俺の記録はさらに伸びるんだと思うんだけど。どうかな?」


 何がどうかな? なんだよ……格好付けすぎなんじゃないの? この先輩。

 ……なんで僕は腹を立てているんだ? などという気持ちが出てきたがあえて無視する明治。


「あはは、あたしのタオルは明治さん専用ですから」

 

 いきなりはっきりと断るも、のろけ始める優麗。

 がくんと思い切りずっこけたくなってしまう。


 おまけに名前も知らない先輩に親の敵を見るような目つきで見られてしまい、その視線に耐え切れずにそっぽを向いてしまう。


 なんか無駄に敵を作っているような気がするなと思いつつも、先輩と優麗の会話には口を挟まない。


「あたしも少しやってみたいですね」

「それはいい。経験してみれば、きっとこの部を気に入ると思うよ。種目は何にする?」

 

 優しくエスコートするようにその先輩はちゃっかり優麗の肩にさりげなく手をおこうとしている。

 モテルだけあってそういうことに慣れているのか、流れるような行動だ。が、そこでその手だけが動かなくなる。


「先輩ーあたしに触れていいのは愛する明治さんだけです。あまりオイタしたら駄目ですよ?」


 再び、がくんと力が抜けてしまう……こんな場所でいきなり何を言っているんだこの女は。凄く倒れたい気分に襲われる。

 この場にいる男子全員の視線が痛すぎると感じているのだ。

 優麗は先輩の腕の部分にだけ金縛りをかけて、自分に触れられないようにしたのだ。


 あーあ、これであいつが幽霊だって事が改めて認識されてしまうな。怖がられなきゃいいんだがなと少し心配になるが、どうやら杞憂だったようだ。


「中々一途なんだね。でもその気持ちをいつか俺のものにしたいな」


 何故怖がらないんだよ。と先輩の反応を見てため息を漏らす明治。

 自分のクラスも含めて色々とおかしいだろこの学校と改めて思ったが、本当に考えても仕方ない。

 そんな明治の思いをよそに、優麗は楽しそうである。


「走り高跳びやりたいです!」

 

 優麗は元気良く答える。

 パっと一瞬にして制服から体操着へと着ている服をその場で変えると、周りから拍手と大歓声が聞こえてきた。

 すでに何度も見慣れているはずの体操着で何故ここまで盛り上がれるんだとやはり頭を悩ませる明治。

 

「くそ、あまりにも一瞬過ぎてシャッターチャンスを逃してしまったではないか。もう少しゆっくりと着替えてくれればいいものを」


 いつの間にか明治のすぐそばに来ていた同じクラスの男子が悔しそうにしながらカメラを構えている。

 何を撮る気だったんだよこいつはと訝しむが聞くだけ無駄だ。


 優麗ちゃんLOVELOVE隊と名乗った隊長である。その目的など聞かなくても分かりすぎるほどだ。

 優麗はサービス精神旺盛なのか、歓声に向かって手を振ったりポーズを決めたりして、観客を喜ばせている。

 女子に反感を買いそうな行為ではあるが、主に明治に向かってやっているので女子からも「頑張ってー」とか「こら田井正。ちゃんと見ててあげなさいよ」など比較的好意的な歓声だ。

 とてもありがた迷惑である。


 何をしとるんだあいつはと手で顔を覆い、げんなりとした表情でうなだれる明治。


 その間に先ほどの先輩が後輩に指示をして、素早く走り高跳びの準備を進める。

 マットや棒などが手際よく用意され、優麗は位置につく。


「なあ明治」

「なんだよ隊長」


 クラスメートではあるがあえて名前で呼ばず、皮肉を込めて隊長と呼ぶ明治。


「物は相談なんだが優麗ちゃんの家での色々な姿の写真を撮ってきてくれないか?」

「いきなりだな。大体僕にあんなことをしておいて了承すると思うのか?」

「タダとはいわん。一枚7000円でどうだ? もちろん内容によってはそれ以上」

「ふん僕がそんな破廉恥な真似をすると思うか? 7500円だ」


 相手の言葉を待たずして、破廉恥な真似どころかせこい真似をして値を吊り上げる明治。

 そしてこの時点で友情は回復した。


 明治たちがアホな会話をしている間に、スタートの笛が鳴り響き、優麗は一気に体を前方へと動かす。

 浮いているだけあって、まるで静止画のように綺麗に体を揺らさず、トップスピードに乗って、そしてはるか高く、それはもう一瞬にして豆粒になるくらいの高さに浮かび上がり、そして消えていく。


 日本新記録どころか世界新記録も真っ青な高さである。

 

 見ていた全員がポカーンと顔を上に向けて、しばらく沈黙していると、ミサイルのように落下してきて、何事もなかったようにマットの上に着地する。


 体重がない分、落下時の衝撃は全くないのである。


「えーただいまの記録……計測不能です」


 おおおおおーと再び大歓声だ。

 大歓声の前にもっと色々驚くことがあるだろーがと周りに人間に声を大にして抗議したいと強く思う明治。



 そんな明治の前に優麗は満足な表情でやってくる。


「どうでしたか? あたしに惚れました?」

「どこに惚れる要素があったのか小一時間聞きたいな。どこまで行ってきたんだよ」

「あまりお待たせしては皆さんにご迷惑がかかると思いまして。はい」


 そういって何かを差し出す。


「何だよこれ?」


「月の石です。あたしから明治さんへの気持ちです」


「部活のついでに月に行くな! ありがたみのかけらもないわ! 全宇宙飛行士に今すぐ土下座して謝って来い! 特にアポロ13の人たちには念入りに!」


 思い切り月の石をグラウンドに叩きつける。やることなすことがめちゃくちゃすぎるのだ。


「うーん残念です。今度は火星の石でも」

「石から離れろよ!」


 パチパチパチと手を叩きながら先ほどの先輩がやってくる。

 

「さすがだね。彼方さん。陸上部に入ってくれれば即レギュラーだよ」


 レギュラーどころの話じゃないが、明治は口を挟まずに黙っている。

 まあ、最後にどうするのかは優麗次第だしなと考えて任せたのだ。


「思っていたのと少し違いましたね。楽しかったんですが、もう少し他の部を見てみます」


 丁寧に断りを入れて、ぺこりとお辞儀をして、陸上部を後にする優麗とそれを追う明治。

 その明治の背中には男子陸上部の痛いほどの視線が突き刺さり、こいつらは敵に回ったなと確信してしまった。


 今後は陸上部も要注意と明治の心のメモに記帳される。


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