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第八話



 優麗の存在が街に広がったものの、基本的には考えていたほど大騒ぎにはならずに、明治は何処か世の中間違っているような気もしなくもないが悪いことではないので、考えるのをやめた。


 すでに優麗との同居生活を始めてそれなりの時間が経っている。

 もちろんその間にも、優麗の猛烈なアタックがあり、なんとか切り抜けては、クラスの男子の嫉妬に手痛い打撃を受けてといった事が繰り返され、周囲はより騒がしくなっていった。


 今までにない日常に戸惑いを見せながらも、それでもなんとか高校生活を維持しており、無難とまではいえないまでもある程度は普通に暮らしている。


 優麗のほうも学校に慣れてきたようで、幾人かの仲のいい友達も出来たようだ。

 担任教師がどうやって手配したのか分からないが、学校に籍をおくことになり、生徒手帳や教科書などもしっかりと配布され、喜んでいる。


 靴箱も一応は用意されているが、足のない優麗にとっては無用の長物ではあるが、彼女なりのルールなのか登校時と帰りの時には必ず開け閉めをしている。


 時折……というよりほぼ毎日ラブレターが大量に入っており、嬉しそうに抱えて、嫉妬をさせたいのか明治に見せ付けてくる。


 これだけ男子生徒から人気が出れば、他の女子からのいじめがありそうなものなのだが、彼女は一貫して明治LOVEという態度を崩さないし、また彼女の底抜けに明るい性格もあって、そういうことには発展していないようである。


 少しばかり、その辺を気にかけてはいたのだが、問題なさそうなので明治は内心ホッとしているが、表に出すような真似はしない。


 本日の授業も終わり、歩きで帰宅して、家に着き、制服を脱いで部屋着に着替えて、明治はようやく一息つく。

 優麗もすでに着替えを済ませており、明治と同じ部屋でぷかぷか浮きながらごろごろして漫画を読んでいる。

 すでに見慣れた光景だ。

 漫画を読んでいる間は大人しくしているので、明治は机に向かい予習を始めた。

 

 しばらくの間勉強に集中していたのだが、唐突に優麗が後ろから抱き着いてきた。


「優麗……今僕は勉強中だ……離れてくれ」


 すでにボディタッチには耐性がついたのか、はたまた強がっているだけなのか定かではないが、少なくても表には動揺のかけらも見せず冷静である。


「明治さん」


 耳元でささやく優麗。幽霊でなければ間違いなく吐息が耳に当たっている。

 良く見ると、明治の顔が真っ赤に染まりつつあるが、怒りからなのか照れからなのか、判断はつかない。


「何だよ……」

「あたし部活がしたいです!」


 シーンと少しの間無言の状態が続く。

 明治は、シャープペンを持つ手を一旦止めている状態だ。


「そうか、まあ頑張ってくれ」


 すでに彼女は峰ヶ崎高校の一員でまだ一年生である。

 部活をする権利は持っているので自分が文句を言う立場ではないだろうと考え、そっけなく応援する。


「明治さんと部活がしたいんです!」

「僕は部活をする気は一切ないぞ」

「部活がしたいんです!」

「だから好きなようにすればよかろう!」


 机から立ち上がり、その勢いで背中についていた優麗が思わず離れる。

 そんな優麗に向かって、自分の意思をはっきりと表示させる明治。


 とたんに涙目になった優麗を見て、少し意思が崩れそうになるも、そうそう毎回同じようになると思うなよと内心気合を入れる。


 チラリと視線を巡らせるとそこには先ほどまで彼女が読んでいた漫画があり、そのタイトルが目に入った。


 『走れ空へ』と言うタイトルだ。


 女主人公が活躍する王道のスポーツ漫画であり、題材となっているスポーツは走り高跳びである。

 すでに完結しているが、結構な評価があり今でも根強いファンがいる作品だ。


 これに影響されたか……そう思って、じろりと優麗を見ると、優麗はそっぽを向いて口笛を吹いている。


「……ちなみに入りたい部活は?」

「陸上部です!」

 

 打てばば響くよーに間髪いれずに答える優麗。


「無理だ」


「どーしてですか? あたし陸上得意なんですよ! 走るのだって」

「足がないのにどうやって走るんだよ!」

「高飛びも得意です! 最高新記録は火星まで行きました!」

「すでに人類の限界を超えているからな。それ! 反則にもほどがあるだろ!」


 さすがは幽霊。あっさりと常識を打ち砕いてくれる。

 自分だって宇宙には言ってみたい。しかし現状だと限られた人しか宇宙にはいけない。少しは挑戦してみようかなと言う気にもなるが、宇宙飛行士の募集なんて10年に一回あればいいほうである。


 宇宙飛行士の募集など日本で最後に行われたのは2008年、その前が1994年。14年の歳月である。おまけに前回の募集で選ばれたのは8人だけである。さらに細かく突き詰めていけば、その8人が全員宇宙にいけるとは限らない。各国から選ばれた宇宙飛行士と激しい競争の元、上層部に任命されて初めて宇宙にいけるのだ。


 宇宙飛行士ではあるが、実際に宇宙に言ったことの無い人は意外と多い。ゆえに明治は誰でもいつでも簡単に宇宙がいけるようになるための何かをしたくなったのだ。


 まだ高校一年生である。宇宙飛行士になれる可能性は充分にあるがリスクが大きすぎる。

 とりあえず宇宙飛行士になるための必須条件だけはクリアーしておこうとしてはいるが、いつ募集されるかわからないのだ。しっかりと勉強して、宇宙に関わる何らかの作業につきながら、ついでにチャンスをまとうと考えている。


 だが、そんな明治の努力をあざ笑うかのようにあっさりと火星に行った優麗を見ると本当にいろんな意味で落ち込んでしまう。


「……頼むから僕の夢を、なんでもないようにかなえないでくれよ」


 明治の夢を知らない優麗は何の事だか分からずキョトンとする。


「まあいいや、なんにせよ僕は勉強を優先しているから、部活をする余裕はないぞ」


 ぷくーっと頬を膨らませる優麗。

 涙目になりながらじろりと明治を睨みつける。


「部活がしたい! 部活がしたい! 部活がしたい! 子供を作りたい!」

「さりげなく最後に不穏な言葉を入れるな!」


「明治さんのバカー! アホー! 不能野郎!」

「不能じゃない! 正常だ!」

「じゃあ見せてください」

 

 涎をたらしながら明治の下半身に迫ってくるが、明治の拳が脳天に直撃し、さらに捻りを加えつつ床に押し付けるように力が入れられる。


「いやああ! 痛い! 痛い! グリグリはやめてー! そこらめえ! グリグリしちゃらめえ!」

「あほな悲鳴を上げるのはやめんか! 全く何処で覚えたんだよ……そんな言葉」


 頭を抱えてしまう明治。

 優麗のとっぴな性格は相変わらずである。


「明治さん、お願いします! 部活させてください!」

 

 何事もなかったかのように立ち直り、拝み倒すように明治の前で両手をあわせる優麗。


「だからしたければすればいいだろ。優麗は人気者なんだし何処へ行っても歓迎されると思うぞ?」

「明治さんと青春の汗を舐めあいたいんです」


「部活で流す爽やかな汗を、変態的な汗に変えるな。とにかく駄目だ」


 相手の提案を一蹴して、再び机に向き直り、勉強の続きに入る明治。

 しかしこの程度で諦めるような優麗ではない。


「明治さぁん」


 甘えた声を出す。

 明治は無視を決め込み、黙々とノートをとる。


「あきちゃんさん」

 ポキリとシャープペンシルの芯が折れるが、それでも何も言わない。


「バカハルー」

「やかましい!」


 間髪いれずに向き直り、ついに反応してしまう。

 

「あのな、余計な体力は使いたくないんだよ」


 優麗と知り合ってからより体力を使うようになったのだ。この上、部活で体力を持っていかれてはたまったものではない。


「むー……でしたら文科系の部活などいかがですか? 二次元部とか、あーいうの興味ありません?」

「どうして文科系の部活でいの一番にその名前が出てくるのか、とても気になるなおい。聞きたくないけど」


 相手が何かを言う前に釘を刺し、優麗は少し不満そうな顔をしている。


「明治さぁん……」


 今度は目に涙をためての完璧な上目遣いを加えた甘えた声である。

 明治にとっては会心の一撃と痛恨の一撃が竜巻のごとく凄まじい勢いで襲ってきたのと同じダメージを食らうほどの威力でだ。


 ぐぬぬぬと必死になって抗うが……負けてしまった。


「わかった。わかった。んじゃ、明日とりあえず色んな部活に見学に行くとしよう」

「明治さん!」

 一気に明治に抱きつこうと両手を広げ距離を縮めようとしたが、明治の手の平が視界に広がり、顔を押さえつけられそれはかなわなかった。


「こうふうほひふらひははきふはへへくへええもひひんひゃないへひょうは?(こういう時くらいはだきつかせてくれてもいいんじゃないでしょうか?)」


 と、アイアンクローを食らいながら抗議するが、虫が良すぎる話である。


「一度許すと際限がなくなりそうだからね」

「ふへはいおはは(冷たいお方)」


 そうして次の日、優麗の部活見学が始まった。


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