第三話
食卓でTVをかけながら食事を待つ明治。
台所からはトントントンと小気味いい音が聞こえてきて、それと共にいい香りが漂ってくる。
明治の頭なの中にはTVの内容は全く入ってこない。
色んな意味で台所が気になるのだ。
超のつく美少女の手料理である。気にならないほうが無理と言うものだ。ただし幽霊と言う事を除けばの話である。
まともな料理が作れるのか少しばかり心配なのだが、優麗に「明治さんは何もしないでどーんと構えていて下さい」と言われ、台所への立ち入りを禁止されたのだ。
落ち着かない……なんとなく落ち着かない。さっきから時計を気にするも、時間の歩みが遅く感じており、全然進んでいない。
TVからはお笑いをやっているのか、派手な笑い声が聞こえてくる。
そしてようやく、料理が食卓に並んだ。
海老の餃子に鮭の刺し身を乗せたサラダ。豆腐と油揚げの味噌汁に白いご飯。
見た目だけで言うならば、とてもおいしそうに見える食事である。
「さ、どうぞ召し上がれ」
「ありが……」
とうと、お礼を言おうとしたがその言葉が途中で止まってしまう。
なぜなら、優麗の格好がエプロン姿であるからである。いやそれだけであれば、たいした問題ではない。料理を始める前と変わっていないのであるが、エプロン以外身にまとっているものがないとなれば話は別だ。
服を着ているときはそれほどでもなかったのだが、エプロン一枚になった事により、胸のふくらみがより強調されており、さらにはきゅっと引き締まったウエストがもろに見えているのである。
下半身は太ももから下の足はないものの、そのふとももが綺麗な肌と共に露出しており、触れればさぞや弾力があるだろうと思わせてしまう。
要するに16歳でしかなく、女性経験がまったくない明治にとってはこの上ない刺激的な格好とも言える状態で出てきたのだ。要約すると裸エプロンと言う事である。
「だああああああ! おまっ! お前はっ! お前は! な、な、なにをなにを!」
自分の目を自分の手で覆いながらも隙間を作る事忘れないのは悲しい男の性とも言えるが、こればっかりは責められない。
「おや? お気に召しませんでしたか? ふむ……精一杯頑張ったつもりなんですけど、やはり生まれたままの姿のほうがお好みと言うわけですね?」
「そうじゃなくてだな! なんでそんな格好……格好!」
「そりゃあもちろんお食事を召し上がっていただいた後は、あたしを召し上がっていただこうかと思いまして」
「召し上がるか! 服を着ろ! 服を! さっきまで来ていた服はどうした?」
優麗がさっきまで来ていた服とは峰ヶ崎高校の制服である。
それがいつの間にか消えて裸エプロンになっているのだ。
「仕方ないですねー、まあこのままじゃ食事に支障をきたしそうですし」
パッと何が起こったか分からないが一瞬で服が彼女の私服へと変化した。
何回目の驚きかは分からないが、目をパチパチとさせて表情を固めたままの明治。
「な、何が? 何が?」
「あたしは幽霊ですよ? 服なんてその気になればどっかのアニメの変身ものみたく一瞬で変えることくらいわけないですって」
お前はどこぞの魔法少女かよと頭を悩ませる。とはいえ、彼女の私服姿もまた新鮮に目に映ったのは事実である。
それほど凝った服装ではないが、可愛らしいフリルのついたスウェットに下半身は覆われており、上もまた似たような素材で出来たレースのついた軽いパジャマのような柔らかい布に淡い青色を使った色の服である。
部屋着ではあるのだろうが、明治にとってはやはり思わず見とれてしまうものだ。
こいつは幽霊。こいつは幽霊。こいつは幽霊。と頭の中で繰り返して正気に戻る。
「そ、そいうことならあんな格好で出てくるなよ……」
「本当は嬉しかったんじゃないですか?」
ニヤニヤと明治から見て、なにやら不快な笑みでにじり寄ってくる優麗。
箸の先端がグサリと彼女の両目を襲う。
「あぎゃあああ!」
「馬鹿なことを言っていないで食べるぞ」
「あ、明治さん……あたしが幽霊じゃなければ大事件に発展していることを平然とやらないで下さいよ」
「お前が幽霊じゃなければもう少し手加減しているわ。というかそもそも馬鹿なことをしでかさなければこんなことしない」
「うう……厳しいお方です。でもそういうところも……はい黙って食事を食べましょうね。ええ」
明治が箸を逆手に持ち替えたのに危機感を覚えて、余計な一言を飲み込む。
明治は少しばかり躊躇するように、海老餃子を一つ箸でつかむと、それを口に放り込む。
口の中で、海老のぷりぷりとした食感が広がり、何処となく甘みが広がっていく。 醤油をベースに何かで味付けしたのか、それは見事に海老餃子とマッチしており素直に美味しいと感じた。
優麗は少しばかり緊張した面持ちで、箸を動かさずに明治のことをじっと見つめている。
明治はあえてその視線に気付かないように口を動かし、ごくんと飲み込んだ。
「うん、美味しい。言うだけの事はあるね」
素直に感想を述べると、優麗の顔がぱあっと輝く。本当に嬉しそうな表情で、明治は思わず視線をそらした。
「とても嬉しいです! ああ明治さんがあたしの手料理を……これで次の段階へと進めますね!」
「なんだよ大げさだな。それとなにやら不穏な発言が聞こえたが僕はあえて聞かないからな」
嬉しそうな表情から一転つまんなさそうな表情に変わる優麗。
「えー聞いて下さいよ! そこは分かっていてもあえて聞いて、そしてあたしが突っ込まれると言うお約束をですね……はっ! あたしったら突っ込まれるだなんて……いえそれもありですね。いやむしろそれが本命と言うか」
「お前はいきなり一人でなにを言っているんだ! いい加減その危険な発想から離れろ! どんなに迫られても幽霊と関係を持つなんて事はさすがにしないからな」
「おや? 明治さん。あたしは具体的なことは何一つ口にしていませんよ? どんな想像をしたんですか?」
ニヒヒヒとからかうようないやらしい笑みであるが、グサリと額に箸が突き刺さる。
「痛いですぅ……うう容赦の無い突っ込みですね」
「ったく……お前は本当に幽霊かよ」
文句を言いつつも箸が進むということは本当に食事がおいしいということである。
いつのまにか綺麗に平らげて、明治のおなかは満腹になっていた。
一息ついたところで、いつの間にか優麗がいなくなっていたのに気付いた。
「あれ? おーい? 優麗?」
椅子に座りながら声をかけるも、返事はない。どこに行ったのだろうと思い家の中を捜索し始めるが全く姿が見えない。
消えた? いやあいつは僕の目の前から姿を消すことは出来ないとさっき言っていた。ならば成仏したのかとも考えたが、いきなりすぎる。
ふと耳を澄ますと、風呂場のほうからなにやら音が聞こえてきた。
まさか断りもなくいきなり風呂に入っているのか? あいつならありえるかもしれない。そう思って風呂場のほうへと足を勧め扉に手をかけるが、もし、相手が入っているのであれば裸を目にする事になる。
いくら幽霊が相手でもそれは失礼にもほどがある。いやしかし勝手に風呂を使うなど、やはりここは一言びしっと言わねばならない。うんそうだ。僕は決して覗きたい訳じゃない。これは正当な権利だ。
と、なにやら自分の中で言い訳をして、ごくりと唾を飲み込み手をかけている扉に力を入れようとした瞬間、がらりと扉が向こうから開かれた。
「うわああああああああああ……あ? あ?」
思わず手で自分の目を覆い隠し、慌てふためく明治だが、指の隙間から覗かせた相手の格好を見て、冷静になってしまう。
腕まくりをして、後ろ髪をアップに纏めてはいるもののそれ以外はいたって普通なのである。
「どうしたんですか? そんな幽霊にでも会ったような声を出して?」
幽霊のお前がそれをいうな! と全力で言いたかったが、後ろめたいことがあるので咳払い一つしてごまかした。
「こほん……いや別にお前がいきなりいなくなったからどこに行ったのかなと思って」
「心配しなくても明治さんに断りなくいなくなったりなんてしませんよ。でも心配してくれるなんてついに両想いということでいいんですね!」
「だ、誰が心配なんてするんだよ! 僕はただ家の中をあまり勝手にうろつかれると困るからそれを言いにきただけだ」
「ああ、すいません。食事の後はやはりお風呂かと思いまして勝手に掃除をさせていただいておりました。うーんやはりご迷惑でしたか?」
少しばかり罰が悪そうな表情で、そう言われてはそれ以上責めることも出来ない。
「い、いやそれなら別にいいんだ。うん。まあありがとう」
「どういたしまして。もうすぐ終わりますから明治さんはゆっくりしていて下さいね」
家庭的な誰もが見惚れるような凶悪な笑顔である。
「あ、ああ」
なんとかその一言を言うのが精一杯で後ろめたさもあり、逃げるようにその場から立ち去った。
あまりにも反則過ぎる上に不意打ちである。動悸が再び激しくなる。
自分の部屋に行き、気持ちを静めるために本棚にある宇宙科学の本を一冊手に取りページをめくるが頭に全く入ってこない。
「……なんなんだよ……あいつは幽霊だ。あいつは幽霊だ。あいつは幽霊だ」
誰もいないことを幸いに声に出して相手の正体を改めて口にする。
「疲れるなあ……」
夜が少しずつふけて行くのであった。




