第二十五話
峰ヶ崎の駅前広場がが日曜ということもあり、朝の通常の通勤時間ほど混雑していない。
電車を降りて改札口を抜けると、大きな階段が下へと続いており、その途中に広場が作られて噴水が設置されている。
それほど立派ではないが、待ち合わせ場所ということで知られており色々な人が利用している。
現在は10時ぴったりである。予定では10時の待ち合わせだがあのアホのことだ。間違いなく遅れてくる演出をするに決まっている。
なぜかそう確信して静かに待つことにした。
とはいえ、ただ待つという作業はやけに時間が長く感じるものである。しかし暇つぶしをしようにも何か持ってきているわけではないし、精々携帯をいじくって情報を見る程度のことしか出来ない。
これからのことを考えて軽くデートコースを探るのも言いかと考えて適当に携帯からマップを呼び出し情報を収集していく。
そうしているうちにあっという間に15分が過ぎて時間になる。
目線を挙げると白いレースチューブトップに身を包んだ優麗がすーっとこちらに向かってくるのが見えた。
「ごめんね」
明治の前にやってきて、優麗は可愛く舌を出した。
「……さて行くか」
「え? いやここは、あたしの舌を舐めとりたいのを我慢しつつ、指を絡めて一緒に歩き出すシーンじゃないかと……?」
「先輩に植え付けられた発想はやめんか! すべて却下だ」
明治の言葉を聞いた瞬間、優麗はこの世の終わりかという雰囲気で、がっくりとうなだれた。
「そんなあ……明治さんが途中で誘拐されたあたしの身を守るために、体を張って攫われた組織から救出して二人はロマティックに結ばれたりするそんなデートを楽しみにしていたのに!」
「誘拐される予定がすでに出来上がっている時点で驚きだよ! あのメモにどんな予定がかかれてたんだよ!」
どこかのB級映画のようなワンシーンを予定に組み込まれていることに、いきなり気力を奪われてしまう。
それに誘拐しようにもこいつを物理的に拘束することなんて無理な話である。
「早く行くぞ……まったく」
そういってスタスタと歩き出す。
「手……手は……?」
「下らない案に乗っかった罰としてなしだ」
「えーん」
泣きながら浮かび上がり、それでも明治の背中を優麗は追っていく。
二人がまず最初に向かったのは、峰ヶ崎が誇る水族館である。
さまざまなショーをやって客を喜ばせることで有名な水族館で、水着などもレンタルしており、プールでイルカやシャチと戯れることもできるという人気のアトラクションもある。
一組10分という短い時間しか、そのアトラクションは体験できず、いまでは完全予約制の状態で三ヶ月待ちだ。
もちろん予約していない明治たちににとっては無用の長物であって、明治が優麗を待っている間にデートコースを調べたところここが人気ということで選んだ場所だ。
「宝石店じゃなかったんですか?」
「お前はそんなに僕の腎臓を売りたいのか? いやなら帰るぞ」
「ああ、全然満足です! 素晴らしいです! ビューティホーです!」
慌てて明治の機嫌を損なわないように取り繕う。
優麗にとっては明治とデートするということが大事であって、その他の予定はただのおまけみたいなものだ。
それになんだかんだいって、わずかな時間で調べて明治なりにデートコースを考えてくれているのだ。それを無碍にするなど、優麗に出来るはずがない。
水族館の入り口で金を支払い中へと入っていく。
水の色で青一色の光が館内を包み込み幻想的な風景が二人の前に広がっていく。
「わー……綺麗ですね」
入り口からいきなり海の中に入ったような錯覚に捕われるほどの作りに二人は目を奪われた。
天井から全ての壁にかけて大きな水槽になっている。
むしろ、水槽の中に自分達が入ったといったほうがいいかもしれない。
上を見上げると大きなエイが優雅に泳いでいる。まるで空を飛んでいるようにも思えるほどだ。左右に壁では魚達が群れをなして円を作り踊っている。
「竜宮城みたいですね」
「ここからでたら僕はお爺さんになるのか」
「お婆さんになっても一緒にいますよ」
「幽霊って歳とるのかよ!?」
女の子とのデートで年の話をするのもどうかと思うが、これでも明治は気を使っているつもりである。
優麗も歳の話をされても気分を害した様子はなく、二人はそのまま館内中央へと歩き出していく。
深海魚コーナーでは物珍しそうに水槽に顔を張りつけて優麗は見ている。
「むうう……むむむむう」
「何をうなっておるんだ」
「く、この魚あたしを馬鹿にしてます!」
「魚と会話できるの!?」
「いえ、顔がなんとなく」
「顔で差別するな!」
あはははと優麗は明治とのやり取りを楽しんでいる。
「顔で差別するな」という明治の言葉は、優麗にとっては心温まる言葉だ。
中学の頃を思い出すとそれが余計に深く感じられる。
恐らく明治は中学で自分を助けてくれたことなど覚えてはいない。きっと明治にとっては当たり前の事で、道端に落ちていた石をどけるような出来事に違いない。それにあの頃に比べると自分もずいぶんと変わっている気付かなくても無理はない。だからこそ嬉しい部分が出てくるのだ。
幽霊という得体の知れない自分を受け入れてくれた。初めて会うというのに等しい出来事にも拘らず傍においてくれている。
あの頃と全く変わっていない明治を見て優麗は明治への想いを改めて確認する。
「明治さん。向こうへ行ってみましょう! イルカのショーが始まるみたいですよ」
明治の腕を引っ張り、イルカのショーの場所へと向かう。
日曜日ということもあり、親子連れがかなり目立つ。その他にもカップルと見られるような人たちもちらほらと見かけ、ほぼ満員の状態である。
そんな中、なんとか場所を確保してショーを見学する。
人気のアトラクションの一つなだけあってクオリティはかなりのものだ。
二匹のイルカが水中からジャンプして、口にくわえた輪っかを空中で放り投げ交換する。
胴体をドリルのように回転させ、再び水中にもぐる。
そういったアクションのたびに水しぶきが観客席にかかり、観客は大喜びである。
「すげえな……」
明治はそういったショーを素直に感心して楽しんでいる。
「明治さん! あのくらいあたしも出来ますよ! あたしなんて火星まで飛ぶことだって出来るんですから! 凄いですよね? 褒めて下さい!」
「イルカ相手に何を張り合っているんだお前は!」
「明治さんの心を奪うものはなんであれ許しません!」
「アホ」
「むむむ……ここは一つあたしの嫉妬を収めるためにキスの一つをですね」
目から火花が飛び出た。
「ひーん」
「さてショーも終わったことだし飯にでもするか」
水族館の中にもレストランは設置されている。
基本は魚料理が中心だが、肉料理もちゃんと用意されている。
壁一面は水槽となっており、幻想的な雰囲気の中食事を楽しめるコンセプトとなっている。
明治たちが館内のレストランへ足を運ぶと品のよいウェイターが明治たちを席へと案内する。
まるで明治達のためにだけあつらえたような席で、他の客からは見えないような席だ。
なにか少しばかり作為的なものを感じたが、ここでごねても仕方ない。席についてメニューを催促する。
「本日のメニューは全て決まっております」
ウェイターはそう一言残すと、そのまま去っていった。
「……全て決まってるって……普通客の要望が優先だろ! 嫌いなものとか好みだってあるのに勝手に決めるレストランなんて初めてだよ!」
「あたしは明治さんの肉体全てが好みです!」
「お前の頭はそれしかないのか!」
ぶつぶつと文句をたれるが、公共の場で騒ぐのも体裁が悪いと考えておとなしくすることに決めた。
「少し疲れたな」
ポツリと一言もらす。
朝からの騒ぎに加えて、初めてのデートだ。明治とてそれなりに気を使っている部分があり、体力はともかく精神的に少し疲れているのだ。
目の前に座っている優麗は元気そのもので体力の衰えを全く見せない。水槽の魚達に目を奪われているのか今は比較的大人しくしている。
そんな優麗の横顔を明治は知らず知らずのうちにじっと見つめていた。
「どうかしましたか?」
明治の視線に気付き優麗が問いかけてきた。
「あ、いや別に……食事遅いな」
すぐに視線をそらしてごまかす明治。
そこへちょうど料理が運ばれてきた。
それを見て明治は愕然とする。
価値が分からないがとにかく高い代物だと一目で分かってしまったのだ。
思わず財布の中身を確認してしまう。
使われている食材はキャビアを始めとする海鮮料理であるが高校生が頼める代物ではない。
やばい……ここはこういうレストランだったのかと背中から冷や汗が滴り落ちる。
まだ手をつけていないのであれば、なんとか支払いはせずに済むかも知れない。一縷の望みにかけて料理を運んできたウェイターに声をかけた。
「あ、あの! ぼ、僕達まだ高校生だし……その……」
「おや? 明治さん食べないんですか?」
口にキャビアを一杯に詰め込みもぐもぐと口を動かす優麗。
「だああ! お前は何をしているんだ! か、金が……」
「本日はいいワインが入っておりまして」
「ロマネコンティお願いします」
明治の心境をよそに未成年でありながらワインを頼む優麗。
ちなみにロマネコンティというのはワインの中でも最高峰の品質を誇るブランドで、年代によっては超一流のサッカー選手の年俸すらも軽く凌駕する代物だ。
「未成年が酒を頼むな!」
「あたしは幽霊ですから」
やばい非常にやばい……どうしよう……。
「心配するな明治君。ここは私の系列の水族館だ支払いは全て私に任せておけ」
「……なんでここにいるんですか? 湊先輩」
「可愛い後輩のデートがうまくいくかどうか心配でな」
いきなり姿を現した湊はふふふと優しく微笑んでいる。
「僕達もちょうどデートしていたし、ダブルデートもいいと思うぞ。明治君」
湊の腰に手を回し、一張羅のスーツに身を包んでいるのはいわずもがな三崎優輝である。
そしてお約束のごとく、電光石火で吹き飛ばされ体中に穴を空けられた。
「晴彦と金崎がここにいる理由は?」
「野次馬根性」
「取材よ取材。ちなみにこれ田井正君が優ちゃんの事を見つめていた時の写真ね」
「だあああああ! 誰が! 見つめてるか!
「あ、明治さん? あ、あたしを見つめていたんですか?」
「見つめてない! 見つめてないぞ!」
「でも証拠が」
「おっと手が滑った」
瞬時に春江からデジタルカメラを奪いとり、床に叩きつけて踏み砕く。
「手が滑った割にはずいぶんと的確な動きね。マイクに続いてカメラまで壊すとは」
「気のせいだ。勉強になっただろ? 余計なことに踏み込むとこういった被害が出てくるって。いやーカメラが壊れただけですんでよかったなー」
「くっこの程度であたしが諦めると思ったら大間違いよ。明日の朝一の学校新聞を楽しみにしておくことね。うちのクラスの男子生徒が警察にお世話になることがなければいいけど」
意味ありげな視線を睨みつけるように明治に向ける春江。
「大丈夫です! 明治さんあたしが守りますから!」
「さて、我々はこれで失礼しようじゃないか皆。あとは二人に任せよう」
湊が仕切って、この場にいるお邪魔虫は全て退散していく。
「何しにきたんだよあいつらは……」
「なんだかんだいっていい友達に恵まれたのだよ君は。その中でも僕と知り合えたのが一番の幸運さ」
いつの間に復活したのか、明治の隣の席に座り、ちゃっかりとキャビアを頬張っている優輝に向けて、明治は最大の力で拳を繰り出し、思い切り吹き飛ばした。
「あの先輩と知り合ったのが人生最大の不幸な気がするぞ」
「でも、みんな良い人ですよ」
優麗が微笑みながらそう言ってきた。
確かに晴彦は昔からの腐れ縁だし、小学校の時一緒に戦ってくれたこともあるので今更言うまでもないが、他の連中も騒がしいが特に悪いとは思っていない。
「まあな……とりあえず支払いのことは何とかなるみたいだし……飯食ったら別の場所に行くか」
「はい」
そうしてレストランを後にした。




