第二十四話
「デートしましょう!」
日曜の朝の食卓で優麗がいきなりそのようなことを言ってきた。
ポカンとしつつ、箸を進め静かに口を動かす。
「ふむ……デートねえ……断る」
少しだけ考えて、優麗の提案を却下した。
「な、何故ですか~……デートしましょうよデート……」
目から涙を大げさにこぼしながら泣きついてくる。
明治はそんな優麗を一瞥して、目線を食事に戻す。
「金がない。それにデートの仕方など僕には分からん。よって諦めてくれ」
「それはいただけないな明治君。君の事を想っている女性が勇気を出してデートに誘ったんだ。それを無碍に断るなど男としてはなはだ疑問なのだが?」
「人ん家の食卓に、脈絡なくいきなり現れて漬物をかじっている先輩のほうが、僕にとっては物凄く疑問に感じますけどね」
何処からともなく現れた優輝に明治は木のハンマーをたたきつけながら、笑顔を引きつらせている。
「ええい! 漬物を食べたくらいでそんなに怒ることはないじゃないか! ほら大根の浅漬けは残しておいたぞ?」
「誰が漬物をとられたくらいで怒るか! 涙を流しながらわけのわからんことをのたまうな!」
再びハンマーが振り下ろされる。
「先輩! この漬物も結構いけますよ。自信あるんです」
優麗は別の漬物を優輝に差し出して味見させる。
「ほう、浅漬けにしてはやや味がしょっぱい気もするな。お茶をもらえるかい?」
「はいどうぞ」
ずずーっとお茶飲んで一服しいきなりくつろぎ始める。
「何を和んでいるんだ! 優麗も普通に応対してんじゃねえ」
「いやん明治さんったら、嫉妬しなくてもあたしは明治さんのものですよ」
体が震えるのは寒気などから来る外的要因が原因ではないことだけははっきりと分かる。
このアホコンビはどうにかしたいが明治の手に余ってしまう。
「何しにきたんですか! 先輩は!」
「私としては朝は洋風が好みなのだが、この漬物はいけるな」
思いっきりずっこける。食卓にいつの間にか湊が箸で漬物をつまみながら頬張っていたのだ。
この先輩は唯一まともだと考えていたが、やや認識を改めなければならない。
「な、なんで湊先輩まで出てきているんですか!」
「優輝に後輩がデートするようだからお膳立てしてやれと頼まれてな。優輝の頼みを聞くのは癪だが可愛い後輩のためであるならば文句はない」
どうやったら、先ほど優麗が発した言葉を、優輝がキャッチして、それが湊にまで伝播し、いつの間にか食卓が支配されることになるのか、こいつらと知り合ってから、頭痛薬が欠かせなくなってしまう。
「明治君。新聞はないのかね? 急いで出てきたので新聞を読む暇がなくて」
いつの間にかTVをつけソファーで横になってくつろいでいる優輝に思いっきり膝蹴りをかまし顔面をへこませる。
「初めて上がる人ん家でくつろいでんじゃねえよ! 本当に御曹司の教育うけてんのかよ? あんた」
「優麗君はいい奥さんになれるぞ。ふふふ、明治君! 結婚式の式場の手配は私に任せてくれ。歴代の国家首相ならびに各国の王室を来賓させ、今世紀最大の結婚をプロデュースしてやるからな?」
湊が目を輝かせて張り切っている。
「規模がでかすぎんだろ! 一般人の結婚式になんで各国の王室が出てくんだよ! 逆にこええよ! ってかそれ以前に結婚って飛躍しすぎだろ!」
そこへ、玄関のチャイムが鳴る。
ただでさえ色んな意味で忙しいのに、誰だよと思いながら、玄関の扉を開けると、晴彦と金崎春江がそこにいた。
こんな朝から何故この二人が? 晴彦ならともかく、春江までここにいるのが良くわからない。
「おっはよー明治」
「田井正君おはよー」
「なんだよこんな朝っぱらから……晴彦はともかく金崎まで……つうか良く家の場所わかったな」
「あたしは新聞部だよん。生徒の個人情報なんてお茶の子さいさいよ」
「すげえ犯罪の匂いがするんだが?」
「あはは冗談だよ。湯浅君から聞いて一緒に来たの」
こいつなら校長室などに盗聴器を仕掛けていそうだし、本当に生徒の個人情報を把握していそうだが、そう言われて納得しておくことにした。 というか考えるのが怖い。
それにしても、何故こんなに朝早くからこの二人が来たのかそこが気にかかる。金崎は優麗と何か約束でもしてたのかと考えたが、それだと優麗のデートの誘いは一体なんだったのかという疑問がある。
「まあいいや、とにかく上がってくれ僕一人じゃ手に負えそうにもないから」
「だろうな……」
晴彦がなぜか同情するような目つきで明治の両肩に手を置いた。
ろくなことがおきない。なぜかそう直感してしまう。
「お、おい? 晴彦君? どーしたのかなー……?」
「すぐにわかるとりあえず家に上がらせてくれ」
食卓へ案内すると、優輝はソファーでくつろぎながら、TVを見ているわ、湊はいつの間にか来ていたリチャードに紅茶の用意をさせているわ、優麗は鏡の前で様々な衣装に着替えているわ、これをどうやって収拾つけていいか明治は晴彦に視線を送った。
春江はあっという間にこの状況を受け入れて、優麗の衣装替えを楽しそうに手伝う。
そこへTVの声が聞こえてきた。
「臨時ニュースです。えー今入った情報によると……はい?」
ニュースキャスターが普段TVの前ででは絶対に発しないような間抜けな声を出す。
下手すれば放送事故とも言えるが、それだけの衝撃を受けたのだろう。気を取り直してTVに向かい内容を読み上げていく。
「えー失礼しました。ただいま入った情報によると三崎グループ、及び市ヶ谷グループでの共同作業として盛大な結婚披露宴が行われるそうです。すでに各国の王室はこの披露宴に来賓すべく専用のチャーターを用意して日本へと向かっているとのことです。また各政治関係者もこれに合わせて慌しく動いているようで……おっとまた情報が入りました。この結婚披露宴の対象となっている人物は……田井正明治君(16)と彼方優麗さん(15?)となっているようです……誰ですか?」
瞬間、いつの間にか手にしたマシンガンを家の中でぶっ放す明治。
特に三崎優輝に向かって、慈悲のかけらも見せず憤怒の形相そのままに、一気に撃ち尽くした。
「な、何を怒っているのかね!? 明治君!」
「死ねよ。社会の害虫が!」
優輝が神速の動きをもって何とか銃弾を回避して、明治を宥めようとしている。
「まあまあ、明治君。いずれ……」
そこで湊の言葉が止まってしまう。
明治の殺気に気圧とされて黙りこくってしまったのだ。
「全部優輝のせいだ。私は反対したんだぞ?」
次の瞬間間髪いれずに全責任を優輝に押し付ける。
「み、湊! 裏切るのかね! 婚約者であるこの僕を!」
「貴様を婚約者などと思ったことは生まれてこの方一度もない。まったく私は二人にはまだ早すぎると言ったのに、部室の件にしてもお前はいつも大げさすぎるんだよ」
「あの……ニュースですでに、市ヶ谷も協力しているって流れているんですが?」
晴彦がおずおずと質問する。
「晴彦君。君は頭がいい人間だよな? 余計な一言は命を縮める行為だとすでに学んでいるよな?」
そういって、晴彦の手をそっと両手で握り締める。
異性のましてや、まさに美人としか言いようのないような女性に手を握り締められれば、晴彦とて色々と照れてしまう。
「あ、いえ、その」
「晴彦君?」
さらに顔を近づけられて余計に言葉を無くしていく。
「はい……」
そして落ちた。さらに手には何かを渡されていた。
良く見ると、大きめのダイヤである。それなりの場所へもって行けば100万は下らない質を誇る代物だ。
「全部三崎先輩のせいですね」
あっさりと手の平を返し、湊に追従し始める晴彦。なぜかとても爽やかな笑みである。
「な、馬鹿な! この家には僕の味方はいないのか!」
銃弾を撃ち尽くした明治の素手の攻撃を紙一重で何とか避けつつ、自分の今の立場を大いに嘆くが、誰も反応しない。
「リチャード! リチャードはいずこに?」
「優麗お嬢様のこの素晴らしい黒い髪を引き立たせるにはやはり、白を中心とした衣装がよろしいと思われますが?」
「うーん悪くはないんだけどなんかありきたりって感じじゃない? もう少しこうワンポイントというか……何かアクセントがほしいわね」
「でしたら髪飾りなどをつけるのはいかがでしょうか?」
春江といつの間にか優麗の衣装について談義をしている。主人の声は届いてないようだ。あるいは届かない振りをしているのかも知れない。
優麗も二人の意見に合わせて、嬉しそうに様々な服を試している。
服に関しては、簡単に変えることが出来るので、そういった意味では全く手間がかからない。
「やっぱここは裸がいいんじゃないでしょうか? 明治さん以外の目から姿を隠すことも出来ますし!」
「駄目よ! 優ちゃん。確かに大抵の男は裸でも喜ぶかも知れないけど、やはりそれにあった雰囲気というのを演出しなければただの露出狂になっちゃうわ。それに女性の衣服を一枚一枚脱がせていくことにロマンを感じる男も中にはいるの。だから今日は上品に行かなきゃ」
こっちはこっちで、なにやら勝手に話が進んでいる。やはり明治一人では、収拾をつけることはかなり難しいようだ。
晴彦は騒ぎから身を離して、一人で食卓のテーブルにつき、漬物をかじってその騒ぎをやや同情しながら他人事のように眺めていた。
「優麗ちゃんほんと可愛くなったよねー……あの時と同一人物とはとても思えないや」
衣装を決めた優麗は、にこやかな表情をして優輝を追い詰めている明治に声をかけた。
「明治さん! これどうですか?」
普段とは違う優麗の服に明治は見とれてしまう。
装いとしてはかなりシンプルなものだ。
白いレースチューブトップのワンピースに、灰色と黒のまだら模様の小さな帽子。
足はないので、ブーツなどはないが、それでも優麗の魅力を引き立たせるのに充分すぎるほどの破壊力である。
またチューブトップということで、肌の露出もかなりのもので、優麗の白い肌が眩しく見えてしまう。
「う、うん……よ、良く似合っているよ」
「「「へ?」」」
その場にいた全員が、明治の言葉に耳を疑ってしまう。
顔をわずかに赤らめて、目線を何処にやっていか分からずにさまよわせている明治の態度にも目を疑う。
優麗のほうもすこしばかり面を食らっていて、思わず明治の態度に照れてしまっている。
「う、嬉しいですね……そ、そうですか。張り切った甲斐がありました」
「そ、そうか? 普通に似合っているよ……じゃなくて! なんでそんな張り切った格好をしているんだよ!」
一瞬で雰囲気が元に戻って、明治の態度もいつものように戻る。
「ちっ」
湊が舌打ちをする。
「詰めが甘かったか」
春江が呆れる。
「なかなかしぶといねー」
晴彦が腕組みしながらうなる。
「少し運動して喉が乾いたよ」
優輝だけがぜーぜーと息を切らしていた。
「何でって……デートのためですよ! せっかく昨日から楽しみにしていたのに」
「デートの話が出たのはついさっきだろ! 矛盾したことを言うな!」
あっという間にいつものやり取りが始まる。
「明治君? デートと結婚式どっちがいい?」
湊のメフィストフェレスのような笑顔と共に吐き出された言葉は、明治の心を折るのに充分すぎるほどの破壊力を持っていた。
「み、湊先輩? 脅迫じゃないですか」
何とか対抗しようと試みるが、無駄な努力にも等しいと心の中で何処か諦めている。
「明治君。君も私のかわいい後輩ではあるが、優麗君と君とどっちの味方をするかと問われれば私は優麗君の味方をするよ。同じ女性の身としてな」
「心配するな明治君。僕は常に君の味方だ! さあデートのために船とヘリをチャーターしようではないか」
「思いっきり敵じゃねえか!」
対抗しようにもすでに包囲網は完成されており、そこから脱出するなど無理な話である。明治はここに来てようやく諦めて、デートを了承することにした。
「わかったよ……全く金なんて生活費ギリギリしかないと言うのに……」
「きゃー! もう最高です! 初めてのデートです! シャワーを浴びなければ夜のために!」
「お前は初めての、しかも高校生のデートに何を期待しているんだよ!」
「……あははは……夜のお・た・の」
ズガンと言葉の途中で拳骨が見舞われうずくまってしまう優麗。
「さ、最後までせめて言わせてくださいよ~」
「やかましい! こっちも出かける用意するからそれまで待っていろ。はぁ……」
そうして明治は自分の部屋へと戻っていった。
「うふふふ取材取材。いやーあたしの記者としての勘は正しかったわ」
「金崎その力を別の方向へ向けたほうがいいと思うぞ」
春江に今朝いきなり電話で叩き起こされた晴彦は呆れ声を出した。
デートに向けて自分の部屋で仕度を始める明治。
彼とて家族以外の異性とのお出かけと言うのは初めての出来事である。普通ならば、緊張し、心臓が高鳴り、デートプランを前の段階から色々な雑誌を見て練るはずであるのに、緊張も何もない。
なし崩し的にデートすることになって、むしろ辟易気味である。もっと言うのであれば、デートの前に同棲しているという事実もある。朝っぱらから騒がしい人達に囲まれ、デートの楽しみをかみ締めるどころではない。
それでも適当な格好で街を出歩くのはさすがに嫌だし、なんだかんだいっても初めてのデートだ。
少しだけ楽しみな部分があるということも認識している。
黒一色のTシャツに袖を通して、Gパンを履く。
アクセントとして軽く銀のネックレスのようなものを見につけ、準備を終えて下に行く。
「普通だね」
「普通だ」
「普通だ」
「普通ねー」
「普通ですな」
優麗以外のその場にいた五人から見事なまでに普通と評される。
「ほっといてくださいよ!」
別にファッションに詳しくもないし、普段から服に金をかけているわけでもない。
高校生としては別におかしいところなどないので文句を言われる筋合いなど一切ない。それにこれでもない知恵を振り絞って考えた装いだ。黒一色のTシャツを着ることによって、白で統一された優麗をより引き立たせることが出来ると気を使ってのコーディネートである。
それが正解かどうかはともかく明治なりに考えたのだ。
「それじゃあ出かけるんで先輩達も家から出て下さい。優麗行くぞ」
そう言って、優麗を呼ぶも姿を現さず、明治は怪訝な顔つきをする。
「優麗は何処言ったんですか?」
それに答えたのは優輝である。ピっとメモを差し出し、それを明治に受け取らせる。
そこに書いてある項目を見て愕然とする。
『AM10:00~峰ヶ崎駅前広場の噴水で待ち合わせる。9:30分くらいに到着し先に待っているのが良。
AM10:15~彼女がやや遅れてやってくる。息を切らして急いでこちらにかけてくる姿はいつもより輝いて見える。とても可愛らしい。そんな彼女を見ると今までの時間はまさに至福の時であったと実感できる。彼女は可愛く困ったように『ごめんね』と舌を出していってきた。ああこの可愛らしい舌を僕の舌で舐めとりたいが今はまだ我慢しよう。一日は長いのだから。
AM10:30~さあ早速デート開始だ。彼女の可愛らしい手をとって指を絡めて街中の人達に僕たちの仲の良さを見せつけよう。この手の柔らかさはまさに何にも変えがたい感触だ。僕の下半身はさっきからうずいてたまらなくなってしまうが、これも我慢しなければ。まずはウィンドウショッピングへとしゃれ込もう。
AM10:45~峰ヶ崎デパートに到着する。まず見るべきものはやはり彼女に似合う宝石だ。ここは市ヶ谷系列の店なので扱っている品物も全てが一流のブランド物だが関係ない。僕の腎臓を一つ売れば宝石くらい買えるだろう。彼女の笑顔のためなら身を削ることなど大したことないさ。
AM11:00~』
「な、なんでたかがデートで僕の腎臓を売らなけりゃならないんですか! おまけに所々に僕の人格を否定するような事柄が書かれていますけど? つうかこれ、すでにデートプランじゃなくて本人の名誉を傷つけるただの妄想日記じゃないですか!」
「個人名は出していないぞ?」
神速不可避の拳が優輝の顔に鈍い音と共にめり込む。
「ま、前が見えねえ」
「やかましい!」
腹を抱えて笑っているのは湊である。どうやらこちらは優輝のように本気で言っているわけではなく純粋にからかっていたようだ。
ジト目で明治は湊を睨みつける。
「あははは……こ、こほん……わ、私は反対したんだぞ? 全部優輝が悪い」
「まさかの二度目の裏切り!?」
あっさりと湊に裏切られて悲痛な叫び声を挙げる優輝であったが、明治のジト目はまだ続いている。
「思いっきり目に涙を浮かべて笑っていましたけど?」
「……明治ー早く出ないと時間に間に合わないよ」
晴彦の声で、怒りを収めて、明治は仕方なしと追求を諦めて家を出るために玄関に向かう。
そんな明治に、優輝は声をかけた。
「メモを忘れているぞ?」
「いらんわ! 燃やしてしまえ!」
全員が家を出て戸締りをする。
「それじゃとりあえず行ってきます」
それぞれから「頑張ってねー」とか「金の心配ならいらんぞ」とかやや怖い声が聞こえてきたが、とりあえず背中越しに手を振って明治は駅へと向かった。




