第二十三話
ちょっとしたシリアス回です。
明治がまだ幼稚園の頃の話だ。
同じ組の女の子が男の子からおもちゃを取り上げられて泣いているを見た。なぜか心がざわりとして不快な感覚に明治は襲われたが、それが何なのか原因も分からないし、うまく言葉に出来ない。
自分がどうしていいのかわからないのでただ見ていた。
男の子はなぜか楽しそうに女の子をからかっている。女の子が泣きやむ様子は一切なく、やがて先生が来て男の子をたしなめ、女の子はようやく泣き止んだ。この気持ちは一体なんだったのか、幼い明治には全く理解できない。
家に帰ると、母親がおやつを用意して待っていてくれた。明治は母親の作るドーナッツが大好きだったのですぐに手に取り、口へ運ぼうとする。
「手は洗ったの?」
母親から厳しい一言が飛び出して、明治は慌てて手を洗いに台所へと向かった。
「今日は幼稚園はどうだったの?」
幼稚園の様子を聞かれた。
明治は自分のこのもやもやがなんなのか分からなかったので聞いてみることにする。
「香奈ちゃんが泣いていたの」
少し舌っ足らずな感じだが、彼はまだ4歳だ。
それを聞いて母親は少し思案顔になる。
「どうして泣いていたのかなー?」
小さな明治と視線を合わせるようにしゃがみこんで聞いてきた。
「んとねー……雄太君がねー……香奈ちゃんのお人形を取り上げたの」
一生懸命どういえばいいか考えて、なんとか言葉にする。4歳の子にとってはかなり難しい作業だ。
「そしたらね、香奈ちゃんが泣いたの」
「雄太君はいけないことをしたんだねー」
「いけないことなの?」
「そうよ、女の子からおもちゃを取り上げて泣かせるのは悪いことなの。あきちゃんはそれを見てどう思った?」
そう聞かれて、明治は先ほどの気持ちをどうやって言葉にしていいか考える。
わかんないのだ。あの時、なんか気持ち悪かった。
泣いている女の子を楽しそうにからかっている男の子。
何が楽しいのかわからないし、自分がどうしてそんな感じになったのかも分からない。
「なんかね……変だった」
「んー? 何が変だったのかな?」
厳しい、どういえばこの気持ちを母親に伝えられるのか、4歳の明治には高等数学の問題を解くようなものである。
「この辺がね……むかむかした」
胸の部分を示して母親になんとか伝える。
「あきちゃんはいい子ね。それはとてもいいことなの」
いいことと聞いてますますわけが分からなくなる。
自分は何かいいことをしたのだろうか?
時々、コップとかをテーブルに運んだ時は、母親から褒められたりして嬉しかったが、今日はまだ自分は褒められるようなお手伝いを何もしていない。それにいいことしたあとはこんなに変な気持ちにはならない。
「でも……なんか変だよ」
「ふふふ、じゃあね。もし次にその子が泣いていたら、その子の頭をなでなでしてあげるとその変なのはなくなるかもね」
やっぱり良くわからない。
母親はそういうと、明治の頭を軽く撫でて、ドーナッツを食べさせてくれた。
次の日、幼稚園に行くと、また香奈ちゃんが泣いていた。
雄太君にからかわれているのだ。
またむかむかする。
この気持ちが嫌だったので、明治は母親に言われたように香奈ちゃんの傍に行って、頭を撫でてあげた。
そうすると、香奈ちゃんは泣き止んで明治の顔をじっと見つめて、笑顔になる。
なぜかむかむかは消えて、母親に褒められた時と同じような気持ちになった。
心がわくわくするような感覚である。
そして先生に褒められた。雄太君はまた先生に怒られている。
その日は香奈ちゃんと一緒に遊んで楽しかった。
そのことを母親に報告すると、母親も褒めてくれてとても気持ちが良かった。
そうしてこういってきたのだ。
「あきちゃんはね、優しい子だから困ってる子を見ると嫌な気持ちになるの。だからね、もし誰かが困っていたら今日見たく頭を撫でてあげるといいわ」
母親の言うことは少し難しくてよくわからないけど、きっと正しいことを言っているんだろうなと幼心に植えつけられた。
やがて、小学校を卒業して中学に入る。
小学校からの腐れ縁ともいえる晴彦と一緒に新しい生活を楽しんでいた。
中間テストも終わり、一時の休息を得た生徒達は期末テストのことを考えないように様々に楽しんでいるそんな時期。
明治は、中学の図書室によって宇宙に関する本を読んでいた。
しばらくの間、静かにページをめくっていたが、どこからかすすり泣く声がする。
なんだろうと思って、声のほうに行ってみると、図書室の隅っこで泣いている女の子がいた。
何故泣いているのか分からないし、この歳であれば理由なんていくらでもある。
男の子に振られた、家族とケンカした、先生に怒られた。
いちいち考えても仕方ない。女の子が泣いているのを見るのは嫌だけど、知り合いでもないし踏み込む真似もしたくない。
そう思ってその場を後にしようとしたが、その前に女の子が明治を突き飛ばすようにその場から逃げていった。
「なんだ、ありゃ」
大して気にせずに、読書に戻ろうと自分も元の場所へと戻ろうとした時、晴彦が明治に声をかけてきた。
「今泣いている女の子とすれ違ったけどさ、明治~? 人気がないことを理由にお前……」
「するか!」
「冗談だよ。それにあの子……」
「ん? 知っているのか?」
「知っているというか噂程度でな。D組でいじめられている子だよ」
晴彦がもたらした情報は明治の心をざわりと苛立たせた。
かつて幼稚園で味わった気持ちと一緒なのだ。
しかし、今は幼稚園のころのようには行かない。中学生である。
下手に何かをすれば、いじめのターゲットが自分に移る可能性だってあるし、ましてや見も知らないC組である明治とは別の隣のクラスの子である。
だからなんだ? 見も知らない女の子だから放っておけと?
別の声が明治の心に響く。
TVの中の出来事じゃなく、自分の手の届く範囲の出来事なのに放っておくのか?
助ける理由がない。
香奈ちゃんを助けた時は理由はあったのか?
あれは別だ。
どう違う?
「明治? どした? 急に黙りこくって」
「……晴彦、あの子なんでいじめられているの?」
「さーねえ……いじめに理由なんてないでしょ? 髪型が気に食わない、顔つきが気に入らない、なんとなく気に入らない、性格が気に入らない。どんな理由でもいじめに繋がるさ」
「どんないじめを受けているの?」
「なんだよ、やけに気にするよな? 惚れちゃったのか~?」
これがあるのだ。下手に中学生レベルのいじめを何とかしようとすれば、こういったからかいが大きく発展していじめに繋がる可能性が出てくる。だからこそ多くの生徒は関わりを持たないように見て見ぬふりをするのだ。
別に晴彦は明治をどうこうしようと言うわけではなく、純粋にからかっているだけなのは分かっているが、先ほど晴彦が言ったようにいじめに理由なんてない。
何がいじめに発展するかなんて誰にも分からないのだ。
「いいから、知っていることを話せよ!」
「おい、マジになんなって、正義のヒーローでもするつもりかよ」
熱血や正しいことをするのは格好悪い。バカみたい。これもまた中学などでは多く認識されている事柄である。恥ずかしいことなのだと。
「むかむかするんだよ」
「むかむか?」
「ともかく後味がよくない! 気持ち悪い! 偽善だろうが何だろうが嫌なんだよ」
そう言われて、晴彦は思い出した。
こういうやつだったなと。
小学校の頃、校門の前でカラスの死体があった。
多くの生徒は気持ち悪いなどと言って、その死体を避けるように歩き、元気な生徒は直接触らないように石などを投げて遊んでいた。
そんな中、明治は、そのカラスに近づき、そっと拾い上げて、近くの公園に穴を掘って埋めてあげたのだ。
次の日から、カラス野郎とか、カラス菌とか様々な罵声を受けたが、明治は言われっぱなしで終わるような人間じゃない。
「うるさい!」
と一言言って、罵声を浴びせたクラスの男子を片っ端から殴ったのだ。多勢に無勢である。教室であっという間に殴られていく明治であったが、先生が教室に来て騒ぎが収まった。
原因を聞いて喧嘩両成敗ということで、全員に反省文を書かせることで決着した。
その帰りに、晴彦は明治に聞いたのだ。
「なんでわざわざカラスの死体を埋めたんだよ……俺もとばっちり受けたじゃん」
明治をかばって一緒に戦ってくれたのだ。
「むかむかしたからね。後味がよくないのは嫌いだ」
「……わけわかんね」
明治に対してのいじめはすぐに収まった。いじめと言うのは無抵抗な人間に対してやるのが面白いのであって、抵抗してくる人間に対してやるのはリスクが大きすぎるからである。
よって抵抗する明治へのいじめはなくなっていった。
その事を思い出しながら晴彦は苦笑してしまう。
「はぁ、わかったよ……知り合いがいるから少し聞いてみることにするよ」
別に正義の味方を気取る気はない。ただ嫌なのだ。晴彦にいったように後味がよくない。
TVのニュースでも嫌な事件と言うのは沢山あるし、聞いていて嫌な気持ちになることも沢山ある。
しかし、TVでいくら報道されていようが自分には何も出来ないし、ただ見ていることしか出来ないこともわかっている。
しかし、あの子がいじめられているのを知っていて、自分の手の届く範囲の出来事なのにそれを無視することなど明治には出来なかった。
自分が嫌な気持ちになるからなんとかしたい。これは自分のためであってあの子の為なんかじゃない。
そうやって心を納得させる。
次の日、晴彦が情報を仕入れてきたようで、話を聞くことが出来た。
やはり、いじめられている原因は分からないようである。
いじめの中心となっているのは女子グループであり、そのリーダー格ともいえる生徒が主導となっているようだ。
内容を聞いて、明治はさらに顔をゆがめた。
体育の授業の時に、制服を女子トイレに放り込まれたり、帰りの靴箱に白い液体が入ったコンドームを投げ入れられたり、更衣室で着替えている時に、下着姿でおされて廊下に出されたこともあるようだ。
ノートなどや教科書など切り刻まれてゴミ箱に放り込まれたりといじめの範疇を超えている。
「先生は?」
「全く気付いてないみたい」
「教科書がズタボロにされているのに? 普通気付くだろ! 授業がまともに受けれないんだぞ? 制服の件だって!」
「でも気付いてない。あるいは見て見ぬ振りをしているかもね」
また心がざわめく、イライラする。気持ち悪い。
「その子の名前は?」
「彼方優麗」
はっと目覚める。どうやら朝のようだ。
何か昔の夢を見ていたような気がしたが、良く思い出せない。
わかっていることは目覚めが最悪ということだ。
夢の中の出来事に引っ張られてたのか、気分はあまりよろしくない。
「……最悪な気分だな……なんか変な感じだ」
「今から最高の気分にさせてあげます! さあおはようキスをどうぞ! とろけるような味ですよ!」
「……さて朝飯でも食うか」
「ああん! 無視しないで下さいよーせっかく人が頑張っているのにー」
ひーんと泣きながら明治にすがりつく。ベッドの上でだ。
毎度のことなので幾分か朝、美少女がいきなり迫ってくると言うことに対して耐性がついているようである。
「ええい! 離れろ! 朝っぱらから迫ってくるんじゃない!」
「じゃあいつならいいんですか? やっぱ夜ですか? 暗闇で愛し合う二人キャーイヤー」
勝手に一人で悶えている優麗をほうっておき、洗面所へと向かった。
優麗の騒がしいさもだいぶ慣れてきたようだ。
最初の頃に比べると、優麗の突飛な行動に慌てふためくことは少なくなってきている。
それはいい事なのか悪いことなのか分からないが、少なくても明治自身は嫌な気持ちにはならない。
優麗のおかげで、気分が軽くなった事実をかみ締めたのだ。




