第二十一話
教室へ戻る途中、明治は会いたくない人物に出会ってしまい、露骨に表情をゆがめてしまう。
三崎優輝が、綺麗な茶髪を見事なまでにたなびかせて、明治に視線を送っていた。
しかし、明治はあえて無視をする事を選び、その横を通り過ぎようとしたが、肩をつかまれてその行動を阻まれてしまう。
「あははは、先輩? もしかして僕に用事ですか?」
「そうだとも。この僕がわざわざ君の事を待っていたのに無視して通り過ぎるとは何事かね?」
「アーソーデスカーマッタクキヅカナカッタデスー」
思いっきり棒読みである。
この先輩に関わるとろくなことが起きないと本能で感じているのか、はたまた別の理由からなのかは分からないが早いところ教室に戻りたいのだ。ゆえに明らかに礼を逸した態度をとる。
しかし、優輝はその程度で心を苛立たせる器の持ち主ではない。
鈍感なのか、それとも心が広いのか、ともかく明治の態度は気にしてはいないようである。
「なるほど。僕の存在感が大きすぎて気付かなかったと言うわけか。仕方あるまい。太陽の恩恵を常に実感できる人間などそうはいないからな」
「とんでもなく凄まじい自信ですね……おまけに勘違いも太陽なみの大きさですよ」
「ははは、そう褒めないでくれ」
「あはは、そうですね。どーでもいいので本題に入りましょう」
いちいち突っ込むのもめんどくさくなり、馬鹿な会話をあっさりと切り捨てて、話を促す。
「実は湊のことなのだが」
瞬時に真剣な顔つきになり、明治もすぐにその雰囲気に飲み込まれる。
口調もどこか緊張を帯びており、何か重大なことを打ち明けるような空気だ。
明治は恋愛相談であれば、全く力になれない。申し訳ないが自分で何とかして下さいと言うしかないなと考えた。
「湊先輩がどうかしましたか?」
「今日の下着の色は可愛らしい薄いピンクだった」
顔面に明治の拳がめり込んだ。まさに神速であり、不可視のスピードを伴っての必殺の一撃にふさわしい威力と速さである。
さらにその流れるような動きは、達人の間では無拍子ともいわれるリズムがない動きで、さすがの優輝もかわすことは出来なかったようだ。
「……やるね明治君。湊以外のそれも男性の一撃を受けるなんて久々だよ」
「優麗の攻撃も受けていたでしょうが」
「彼女は別次元の高みにいる存在だからノーカウントさ」
拳を優輝の顔面にめり込ませたまま二人は会話している。
ゆえに、優輝の声は少しくぐもった感じでもある。
「それで、本当に用事はそれだけですか?」
「まあ、おちつきたまえ、もう一つついでの用件がある。これだよ」
そういうと二枚のカードらしきものを懐から取り出す。
クレジットカードや銀行のカードのようなつくりだ。
それを手渡されて良く見ると、シンプルに黒一色である。
「まさかブラックカードじゃないでしょうね……」
ブラックカードとはカード会社が発行するカードの中でも最大級の支払い限度額を持つカードであり、家一軒を一括で買えるほどの力を持つカードだ。
おまけに、ただ金を持っていれば発行されるものではなく、社会的地位やある程度の人格なども査定に関わっており、そう簡単には発行されないものである。
三崎家という観点から見れば、ブラックカードを持つ資格はあるだろうし、持っていても不思議ではない。しかし、いくらなんでもそれをわざわざ他人に挙げる必要はないし、貰う理由もない。
「ははは、さすがの僕でもそこまでお人よしじゃないさ。それは部室への入り口の鍵だよ。ブラックカードを真似て作らせたがね」
「はい?」
「以前の部室は湊に破壊されたのでね。あれ結構高かったのに湊はおてんばだからなあ。まあそこが可愛いんだが」
「先輩にとって湊先輩がどんなんであろうと可愛く感じるのは分かりましたから、部室についてもう少し詳しく説明して下さい」
「おっと、そうだったね。学校を新しく立て替えた時にこっそりと地下をいじらせてもらってね。入り口は一階中央階段の左の壁に設置してあるカードリーダーにそれを通すと、壁が動き部室への道が開けるというわけさ」
……どうして普通に作れないんだこの先輩は……自分達は秘密組織のなんかですか?
さて、なんといえばいいのやら、取り合えずお礼だけは言っておこうと考え笑顔を作るが引きつってしまう。
「あと一枚は優麗の分ですね。分かりました。わざわざありがとうございます」
「何、お礼をいうのはこちらだよ」
いきなりそのようなことを言われて面を食らう明治。
お礼をされるようなことをした覚えはない。
「湊が最近。明るくなってきた」
「? 湊先輩はいつも普通じゃないですか?」
「僕達は立場が立場だよ? なかなかに普通の人は傍に寄ろうとしないんだ」
「あんた普通に地中に埋められていたじゃねえか! 近寄るどころか抹殺されそうな勢いだろ!」
思わずため口で突っ込んでしまう。
「美男子は常に恨まれるのが宿命さ。あの程度はささいなものだよ」
「……えっと、美男子かどうかはともかく、湊先輩の話を進めてください」
「彼女は僕ほどこの学校に打ち解けていなくてね。別に彼女が悪いわけではないが、金持ちで美人ということでね……」
なんとなく把握できる。
あれだけの美人の上に、ある意味住む世界が違う存在である。話しかけるにしても、友達になるにしても相当な勇気が出てくるはずだ。
「でも、今日の朝、同学年の先輩に普通に挨拶されてましたけど?」
「君達と知り合うまではあのようなことはあまりなかったんだよ。僕はそんな湊のためを思ってわざと困らせるようなことばかりしていたんだが」
「前半はともかく、後半は見事なまでの大嘘ですね。普通に本能の赴くままに行動しているだけに過ぎないでしょ!」
間髪いれずに断定する明治。
「先輩の言葉を信じられないのかイ?」
「人を捕まえておいて、いきなり湊先輩の下着の話をするような人間の何処に信用できる要素があるのかこっちが伺いたいんですけど!?」
「バカな! 明治君は下着が好きじゃないのかね!? ましてや意中の女性が身につけている下着を気にするのは男として当然じゃないか! 下着なのだよ明治君! 聞いているのかね? 明治君!」
ここは多くの生徒が行き来する廊下である。
この場所でこんな大声で下着下着と連呼されてしまえば……。
わいわい、がやがや、ひそひそ。
こうなるのは当然である。
特に女生徒からの視線がやけに痛い。
「死んでください」
木のハンマーで思いっきり優輝の頭を叩き潰し、明治はその場から逃げるように去っていった。
放課後、帰りのHRが終わり、明治と優麗は昼休みに優輝に言われたとおりの場所へと向かう。
一階の中央階段。作りとしては東側、西側に比べ広く作られており、また利用者もそちらに比べるとかなり多い。
多くの生徒が行き来する中、明治は壁に設置されているカードリーダーを発見する。
「これですね」
優麗もそれを見つけたようだ。こんな人の多い場所でこのようなことをすると逆に目立ってしまう。
あの先輩は何を考えているのかとも思ったが、以前湊に言われたように恐らく考えるだけ無駄なのであろう。
まあ、せっかくの部室だし、優麗が部活動に張り切っていることもあるので、ここへ来てもたつくのもバカらしい。
優輝から貰ったカードを取り出して、カードリーダーに通そうとすると、優麗が捨てられた子犬のような目をして明治を見てきた。
「……いいよ。お前の部活だし、お前が空けろよ」
「キャン! 以心伝心って素敵ですよね! 明治さん好きです!」
「人目の多いところで恥ずかしい真似をするな! 早くしろ!」
「はあい」
子供のようにはしゃいで、優麗はカードリーダーにカードを通す。
すると、プシューという空気が抜けるような音とともに壁の一部が自動ドアのように開き、地下へと続く階段が現れた。
扉の大きさは二人がちょうど通れるくらいの広さなので、二人同時に足を踏み入れる。途端に、後ろで再び音がして、扉が閉まった。
地下へと続く通路には蛍光灯が設置されており、明るく階段を照らしているので、足元に木を使う必要はあまりなく、二人はそのまま道なりに降りていく。
やがて、階段の終着点に辿り着くと、両開きの扉が目に入ってきた。
以前、巨大な建物に取り付けられていたものと寸分たがわず同じ作りとなっている扉である。
なぜに部室ごときにここまで金をかけるのか明治は理解に苦しむが、金持ちの感覚などいくら考えてもわかるはずがない。
立ち止まっていても仕方ないので、扉に手をかける。
左側は明治が、右側が優麗が、それぞれ担当して同時に力を入れると、あっさりと開き、部室の中が露となる。
簡単に言えばヨーロッパの王室御用達の超一流ホテルの部屋をそのまま再現したかのような豪華な作りである。
明治たちには、まったく価値が分からないが、とてつもなく金がかかっているということだけは理解できた。
部屋にしかれている絨毯は、世界最高峰の品質を誇ると言われているペルシャ絨毯。
色合いとしてやや黒に近い灰色を使われており、また部屋の壁もそれにあわせるかのように白に近い灰色の配色が施されている。
全体的にシックな感じがして、壁の一部には溝が出来ており、静かに水が流れて、部屋の片隅で小さな噴水を作っている。
中央に置かれたテーブルは、何で作られているかわからないが、淡い青色の素材で大きく作られていて、またそれを囲むようにふかふかなソファーが設置されている。
さらには大きなプラズマ型の液晶テレビが配置されて、数台のパソコンも置かれている。
良く見るといくつかのドアがあり、そちらへ足を向けると、キングサイズのベッドが置かれている。
もう一つの部屋も似たようなつくりだ。
他のもキッチンが広く作られて、冷蔵庫まで用意されている。
大きな戸棚には高級そうな食器がこれでもかと言うくらい並んでいる。
本棚にはこれでもかと言うくらいに本がびっしりと並べられており、調べ物をするには困らない。
「……普通の私立高校にどーしてこんな部屋があるんだよ!」
「明治さん! こ、これは先輩からの贈り物です! チョコが美味しいです!」
明治が部屋の作りに目を奪われている間に、優麗はテーブルにおいてあったチョコレートを頬張って満足そうに食べている。
「この状況をあっさり受け入れるな! しかもいきなりお前の目に付いたのはチョコっておかしいだろ!」
明治の突っ込みを何処ふく風へと言わんばかりに食べ物に夢中になる優麗。
「ほう、もう来ていたか」
声をするほうに振り向くと、入り口にはいつの間にか湊が立っていた。
「湊先輩……これ……おかしいです。三崎先輩のバカがまた馬鹿なことをしでかして……」
「なにかおかしいところでもあったか? 前回はさすがにやりすぎではあったが、これならば他の生徒にも迷惑がかからんし……私としてはもう少しオリエンタルな雰囲気が良かったのだがな」
ああ、そうですか、貴方の感覚ではこれは普通の部類に入るんですね。庶民の僕が間違っていましたよ。
やはり金持ちと言うのは何処か感覚がずれていると感じて半ばやけになる明治。
「気に入ってもらえて何よりだ! もう少し豪華に行きたかったが、前回湊にこっぴどく言われたのでね、少々抑えてこの程度になってしまったのが残念だが、仕方あるまい。どうだね? 我が親友よ」
いきなり、親友のように肩を抱かれて、明治は驚き、優輝の顔面に思わず足をめり込ませる。
「脈絡なくいきなり出てきて、人を親友扱いしないで下さいよセンパイ。びっくりしちゃうじゃないですか」
「いいパンチを持っているね明治君」
「蹴ったんですが?」
「これ美味しいですね。湊先輩」
「ブラジルからの産地直送のカカオを使っているのか、職人もかなりのレベルだな……私はチョコよりもクッキーが好みでな」
「紅茶が入りました」
思いっきりずっこける。男性陣とは対称的に和やかに談笑している二人の少女の傍に、いつの間にか執事服を来た老紳士が湊と優麗の分の紅茶を用意している。
「ど、ど、どっから現れたんだ! あの人は!」
「おお、そういえば紹介するのを忘れていたよ。彼はリチャード。僕に仕える執事の一人だ。この部屋の担当は全て彼がまかなうことになっている」
学校に私物どころか執事を持ち込んでるよこの人。
これでいいのか峰ヶ崎高校の教師陣よ……。
思わず天を仰いでしまう。
「彼は生粋の日本人だが、紅茶に関しては本場のヨーロッパの職人も裸足で逃げ出すほどだ。他にも108の特技を持っており、その全貌は僕にもまだ分かっていない」
突っ込まないぞ。絶対に突っ込まないぞ。日本人なのにリチャードって思いっきりイギリスの名前じゃねえかとか、108の特技とか中2にもほどがあるとか、考えたら精神的によろしくない。
「リチャード。明治君と彼方君に挨拶したまえ」
優輝がリチャードにそう声をかけると、リチャードがまず、ソファーに座って口いっぱいにチョコを含んでいる優麗に一礼する。
「リチャードと申します。以後お見知りおきを」
短い挨拶ではあるが、素っ気無いというよりは、むしろ親愛を示していることが充分に読み取れるほどの雰囲気だ。
「ふぁい! ふぁひゃひゃひゅういほいひひまふ(はい! 彼方優麗と申します!)」
「ええい! 口に物を入れて喋るな! 相手に失礼だろ!」
思わず注意してしまう。
今度はそんな明治にリチャードは優雅に向き直り、これまた優雅に一礼をする。
「貴方が、優輝様の心の兄弟にして心の友であらせられ、前世においては刎頸の友と言われた田井正明治様ですね。このリチャードこの時を三日前から待ち望んでおりました。誠心誠意尽くさせていただきます」
「……三日前!? なんの感慨もないんですけど!? それとなんか色々ととんでもない誤解をしていませんか? なんで前世まで引き合いに出しているの!?」
ついに突っ込んでしまった。むしろ突っ込まずにはいられない。
刎頸の友とは、お互いの首をお互いのために差し出す、あるいはお互いの首を跳ねられたとしても決して恨みには思わないという友情を表す、中国の故事から来ている言葉である。
そんな契りをした覚えもないし、この間知り合ったばかりで、なぜ心の友や兄弟になるのか、はなはだ疑問である。
「はっはっはっ照れることはないぞ! 明治君! さあ我々友情をここに高らかに宣言しようではないか!」
「あのですね! 幽霊部の発足を高らかに宣言するならまだしもどーして貴方と友情を誓い合わなければならないんですか! ただでさえ余計な噂が付きまとっていると言うのに迷惑極まりないですよ! 湊先輩からもなんとか言って下さい!」
「……そうか彼方君はチョコが好きなのか。ならば今度私の家からも取り寄せてやろう」
「先輩! ありがとうございます! 出来ればハート型のチョコも……明治さんと二人で食べあいたいので」
「任せておけ。何だったら媚薬入りのチョコを手配してやるぞ?」
に、逃げやがった! 湊先輩絶対に逃げやがった。なんだあのわざとらしい会話は! そう確信した明治であった。
なんにせよ、こうしてようやく部室も手に入れ、部活らしくなってきた。
余談ではあるが、峰ヶ崎高校七不思議のひとつに、開かずの地下の間という噂が広まるのはさほど時間はかからなかった。




