第十七話
朝から指笛などを含めた歓声が轟き、峰ヶ崎高校の校門前では生徒達が異様なまでに活気付いている。
何故この状況を素直に楽しめるのか……自分の今までの感覚が間違っていたのかと思わず自分に問いかけてしまう明治であったが、どこか納得してしまう自分もいることに気付いてしまった。
隣で他の生徒達と同じようにキャアキャア楽しんでいる優麗に視線を向けた。
そう、こいつは幽霊であり、存在そのものが常識外れである。にも拘らず、多くの生徒にその存在を受け入れられた。
本来であれば大パニックになってもおかしくないはずなのに、ごく普通に受け入れられたのだ。
その原因は……恐らく市ヶ谷湊と、三崎優輝。
金崎の話しぶりからすると、こういうことは日常的に行われてきたようである。常識外れの殺し合いとも言えるような争いがこのように行われてきたということで、感覚がみんな麻痺しているのだろう。
むしろ今、目の前で行われていることに比べれば、幽霊の存在など確かに可愛いものだ。
つまり幽霊を受け入れる土台がすでにこの学校で……いやこれだけの騒ぎなら街の住人にも伝わっていることを考えれば街全体で作られていたということになる。
そういった意味で納得してしまったのだ。
「……よし、もう何が起きても驚かないようにしよう」
独り言を漏らし、これまで頭を悩ませていた事柄を全て放棄する明治。これだけのことを受け入れられるのであれば大抵のことには耐性がつく。自分はもう大丈夫だと言い聞かせる。
「ははは! この程度で驚かれては困るな! 明治君! お楽しみはこれからだと言うのに!」
突如後ろから声をかけられて心臓が跳ね上がる。
「~~~~ッ」
あまりの不意打ちに驚きの声すら上げられない。
「どうした明治君? 僕からの贈り物は気に入ってもらえたかね? もちろん、あんなのはただの挨拶代わりさ。本命はもっと驚くぞ!」
「ど、ど、ど……」
何かを言おうとしていたのだが、二の句が告げず、明治の言葉が第一声で止まってしまう。
「ど?」
「れ?」
「み?」
この場にいた晴彦、優麗、そして先輩が明治の言葉に疑問符をつけながら音を奏でる。
「どうしてあんたがここにいるんだよ! 校舎の中にいたんじゃないのかよ! 大体なんであの爆発の中い五体満足で生きていられる!」
「その疑問は尤もだな。ではお答えしよう。あの程度の爆発で僕が怪我をするなどありえない。なぜなら三崎グループの御曹司だからだ!」
なんの答えにもなっていないが、それが全てだと胸を張る優輝。
思わず手に木のハンマーを抱えて振り上げてしまう。
「落ち着きたまえ明治君。話し合おうではないか」
「もう一つの疑問に答えてもらえますか?」
明治は怒りで言葉を震わせながら、ギリギリのところで踏みとどまる。
「湊が見つけた者は僕の影武者だ。ふふふ、あれに引っかかるなど湊もまだまだだな。まあそこが可愛いんだが」
限界まで10秒前。
「あの嫌がらせにも等しい真似は一体どういうつもりですか?」
「嫌がらせなどではないぞ? 僕の好意だよ明治君。光栄におもいたまえ。僕からの好意を受け取れる存在など湊を除いて君だけなのだ」
限界まで5秒前。
「あの建物は一体なんだったんですか?」
「部室だよ。新たな部の設立ということで部室が必要だろう? なに心配しなくてもこの学校は僕のグループの傘下の一つだ。誰も文句は言わないよ」
限界突破。
そしてハンマーが振り下ろされた。
「あんたは生徒達が校舎に入れないと文句を言っていた声を聞かなかったんですか! おまけにそれが僕のせいになっているんですよ!」
しかし、ハンマーはスカッとかわされて大地に叩きつけることとなった。
「あ、危ないではないか! しかし、僕は湊以外からの攻撃を受けるわけにはいかないのでね」
「素晴らしいです! 三崎先輩! 尊敬します!」
「はっはっはっ! もっと尊敬したまえ! 彼方君は良くわかっているようだな」
なにやらわけのわからないことで意気投合する二人の男女。
明治の怒りはすでに限界地を越えてしまっている。
そこへ凄まじい銃弾が雨のように優輝だけを狙って頭上から降り注いできた。
「む! 見つかったか。もう少し明治君と話したかったんだがな。しばらくは湊に付き合ってやらねば。これも愛だよ。ではさらばだ」
地面に何かを投げつけたかと思うと、一瞬にして煙に包まれた。
そして傍にいた明治達はその煙に巻き込まれることとなる。
「けほっけほっ……ふふふふ……」
明治がなにやら怪しげな笑みを含めながら額に青筋を作っている。
明治のここまで異様な雰囲気に包まれた姿を見たことのない優麗は思わず後ずさってしまう。
「あ、明治さん?」
「あーあ……久々に切れちゃったかな」
どことなく晴彦も距離をおいている。
「ブチコロス! アノオトコヲ、ナキモノニシテクレルワ!」
そういって凄まじいスピードでハンマーを片手に人込みを掻き分けて優輝の後を追うように校舎の中へと駆け込んでいく。
「む? 明治君? どうしたのだ?」
ヘリの中で先ほど銃弾の雨を降らせた湊が明治の行動に疑問を抱く。
彼女の明治への印象はやや短気ではあるものの、基本的には大人しい人間だと思っていたので、この行動は少し意外だったのだ。
「全員に告ぐ。たった今、校舎の中に、優輝とは別の少年が入っていった。勘違いして誤射をせぬように各部隊徹底せよ。繰り返すたった今、校舎の中に優輝とは別の少年が入っていった勘違いして誤射をせぬよう徹底せよ」
無線から了解という声が次々と入ってくる。
「あのバカ……明治君まで巻き込むとはもはや言語道断! 絶対に仕留めてやる」
騒ぎはますます加速していく。
そして優麗も明治の後を追って校舎の中へと入っていった。
校舎の中では銃撃の音があちこちから聞こえてくる。
壁には穴が空いており、薬莢がそこかしこに散らばっている。硝煙の匂いが明治の鼻腔をつすぐる、まさに戦場と言う雰囲気にふさわしい舞台だ。
そんな中、明治は怒りを秘めて、校内の廊下を歩き回り、優輝の姿を追い求める。
しかし、広い校舎だ。そう簡単に見つかるはずもない。
「明治さん。落ち着きましょうよー」
優麗が少し困った様子で声をかけてくる。
これほどまでに怒りをもっている明治をどう宥めたらいいものか、困り気味の様子だ。
優麗とて散々明治を怒らせてきたのだが、今までの怒りとはレベルが違う。
なんだかんだいって明治は優麗に対して本気で怒ったことはない。
もし、本気で怒りを買った場合、優麗の居場所などとうになくなっている。それくらいはさすがに理解できるのだ。だからこそ明治は優しいと思えてくる。
「優麗、あの男を部活メンバーに加えたのは僕の間違いだったよ。あいつを殺して部活メンバーはまた新たに探そう」
この状況において、なお部活の事を気にかける明治に胸を思わずときめかしてしまう。
そしてそれを行動に移す優麗。
「ええ、明治さんがそういうのならあたしはついていきます」
背中から明治の首に手を回して、思い切り抱きつく優麗。
普段であればここで明治の突込みが来るのだが、今日に限ってはそれは起きなかった。
おや? と訝しむ優麗。どうして何も言わないんだろうと疑問が出てくる。
「あ、明治さん?」
「どうした?」
「いえ……あのいつもなら……」
と、そこで口をつぐんだ。余計なことを言って明治から離れてしまうのはもったいないと感じたのだ。これはこれで、役得である。
自分からわざわざそれを放棄する理由はない。
「いえ、何でもありません」
明治からは見えないが嬉しそうな表情でさらに力を込めて抱きつく優麗。
優麗には重さと言うのがないので、たとえ背中からおぶさられても明治にとってはなんら負担はない。
ゆえに、明治そのままとにかく校舎の中を駆け回る。
探せど探せど一向に見つかる気配はない。
そんな時、二階西側校舎の廊下の角を曲がった時、武装した集団と明治はかち合った。
いきなり銃口を突きつけられ思わず両手を挙げてしまう。
「な、何ですか! 貴方達は!」
「君は……田井正明治君で間違いないかね?」
武装した集団のリーダー格と思われる人物が問いかけてきて明治はうなずく。
────────ザーッザーッザーッ。
「こちらファング小隊。お嬢様の学友を保護した。CP応答願う」
「こちらCP。了解した場所は何処だ?」
「二階校舎、2-Dクラス教室手前の角の廊下です」
「了解。すぐにお嬢様が向かうとのことだ。それまで教室で待機せよ」
「ファング小隊了解した。では田井正君我々と共に教室でお嬢様を待ちましょう」
無線を切って明治に声をかけてくる。
ある程度の状況はすでに把握しているので、まずは湊と合流することが先決だと考えて、彼らに従う。
時折銃撃音が轟いてくるが、明治たちの周りは静かなものである。
しばらくすると教室の扉が開かれて、迷彩服を着てゴーグルを装着している湊が本隊を引き連れ現れた。
「やれやれ、君も案外無茶をするな」
それが彼女の第一声である。
そんな彼女に苦笑する明治。
「先輩も人の事言えないんじゃないですか? それよりもあの化け物はどうなりました?」
三崎優輝という先輩への敬意は全て捨て去ったと言わんばかりに両眼を怒りの炎で煮えたぎらせ殺気を放ち明治は優輝の所在を聞く。
湊はこの少年がここまで怒りを放つとは本当に意外だなと間近で見て改めて思った。そしてその後ろでべったりとくっついている優麗を見て思わず笑みがこぼれた。
「逃げ足だけは超一級でな。何人かの影武者を使いこちらを混乱させている。相変わらず厄介な奴だよ」
「僕も手伝いましょう。というかむしろ手伝わせて下さい! 不名誉な噂を流されさすがに堪忍袋の尾が切れました」
「わかった。だがあまり無理をするなよ奴のペースに乗っかってしまっては倒せるものも倒せなくなる。出来るだけ冷静に怒りをためておけ」
そういうと、いくつかの装備を明治に渡して、教室をでた。




