第十六話
お祭り騒ぎが終了して、ようやく一息つく明治と湊。
その横には満足げな顔を浮かべている優麗もしっかりとたたずんでいる。
すでに、日は暮れており、空が茜色に染まって一日の終わりを告げようとしていた。校庭のギャラリー達もまばらになっており、多くの生徒達が帰宅している。
「これであたし達の邪魔をするものはいなくなりましたね。正義は必ず勝つのです!」
拳を大きく天に向かって突き上げてポーズを決める優麗。
明治は、憮然とした表情のまま何をいっていいか分からないと言った様子だ。
先ほどの出来事をどうやって自分の中で処理すればいいのか、そのことで頭が一杯なのだ。
そもそも三崎先輩を部活メンバーに加えるかどうかという話から、どうしてここまで大騒ぎになるのか不思議でならない。
「優麗……お前の何処に正義があるのか僕にはさっぱり見当がつかないのだが?」
「なにを言っているんです! 明治さんを禁断の恋へと導くような人間を排除したんですよ? これが正義でなくて何なんですか?」
「僕はそんなアブノーマルな性癖は持っておらん! そもそもどうして部活のメンバー決めから、僕が三崎先輩とねんごろになっているという方向に発展したんだよ!」
明治の言葉に思わずキョトンとした表情で首をかしげる優麗。
「そういえばどうしてあたしは三崎先輩と決闘したんでしょうか?」
いつものごとくハンマーが振り下ろされようとしたが、寸前で湊が明治を後ろから押さえつけてそれは起きなかった。
「離して下さい! 先輩! こいつを殴らせて下さい!」
「落ち着きたまえ! 気持ちは分かるが、そうポンポン殴りつけるのはよくないぞ? ましてや相手は女の子だ!」
怒りに体を震わせ今にも殴りかからんとしている明治を何とか宥めようとする湊。
当然、二人の体は密着することとなり、優麗の雰囲気が変わっていく。
「ダメデス……ソレハダメデス」
「おっとすまない」
ぱっと明治から離れて、距離を置くと途端に優麗の雰囲気が元に戻っていく。
「あまり心臓に悪いことはしないで下さい湊先輩」
そしてハンマーが振り下ろされた。
「誰のせいだと思っているんだ! このトンチキが!」
「い、痛いです」
当たり前の感想を述べながら、涙目でうずくまる優麗。
ふと、湊はここであることに気付いた。
「彼方君。君は自分の意思で物理的なものを回避できるといっていたな? なぜ明治君の攻撃をすり抜けないんだ?」
「それはですね、愛の力です。もう明治さんの攻撃をすり抜けるなんてもったいないことなどあたしには出来ませんよ。ある意味ご褒美なんですから」
なんでもないように立ち直り、当たり前のことじゃないですかとでも言うように嬉しそうに理由を述べるが、今度は拳骨が頭に降りてきた。
「そ、そうか」
自分には良くわからない感覚だが、人それぞれである。少し引いてしまうが、優麗の趣味にけちをつけるわけには行かない。
「ふふふ、分かっているようだね。彼方君は。愛する人の攻撃。それはすなわち全てご褒美なのだということを」
いつの間にか埋められていた地中から脱出してさりげなく湊の肩に手をやり、自分の体へと引き寄せ、きらりと白い歯を見せながら、微笑み変態的なことをのたまう優輝。
湊は、姿勢を低くして、しっかりと大地を踏みしめる。
大地を踏みしめることによって、下半身の力が一気に膨れ上がり、その力を解放すべく螺旋のイメージを頭の中で描き、足から腰、腰から上半身、上半身から腕へと力を伝達させ、手の平を突き出すように優輝のあごに思い切り叩きつける。
その勢いで天高く舞い上がり綺麗な放物線を描き、優輝は校庭に叩きつけられた。
「はぁはぁ、この化け物が……一体いつになったら死んでくれるんだ」
「……いや、湊先輩も結構化け物じみていると思いますよ」
明治は相手に聞こえないようにそっと言葉を発する。
「以前より三割ほど威力が増したようだね。湊」
足を振り上げ、そして振り下ろした勢いですぐに立ち上がる優輝。あの威力であれば首の骨を持っていかれてもおかしくはないのだが、やはりダメージにはなっていないようである。
というかそもそも地中深く埋められていたにもかかわらず、そこからどうやって抜け出してきたのかはなはだ疑問ではあるが、深く追求すると見てはいけないものを見そうな気がしたので追求するのをやめた。
「幽霊よりよっぽど化け物に近いな。あの先輩は……」
「あたしのような可憐で可愛い幽霊とあんなアホ丸出しの化け物と一緒にしないで下さい。明治さん」
「はっはっはっすまんすまん。お前のほうがあんな奴よりも何百倍も可愛いさとでも言うと思ったのか?」
「少し期待しました」
「お前のその図太い精神には頭が下がるよ」
これでは全く話が進まない。
バカな幽霊は放っておいて、バカな先輩に最後通告をしなければならない。
ああ、心が痛いなあと嘘でもいいから思っおくことにして、明治は優輝に向かって話しかける。
「というわけで、優輝先輩の我が部への入部試験は終了です」
「なにがというわけなのかね? もう少し詳しく話してくれなければ納得できんのだが?」
今までの出来事をなかったことにするかのようにふんぞり返り腕を組んでいる。これでは堂々巡りにもほどがある。
「湊先輩……」
湊に助けを求めるために声を発したが、湊のほうも疲れているのか諦めている表情である。
元々大反対していたのは彼女なのだ。彼女が折れれば、明治としては入部拒否する理由は特にない。個人的には物凄く拒否したいが、キリがないのだ。
優麗のほうをチラリと見ると、校庭に咲いている花に夢中になっている。
自分から部活を立ち上げたくせに、責任を全部こっちに押し付ける気なのかと怒りがわいてくる。
「決闘に負けたということで、諦めて下さい」
ため息混じりにはっきりと入部の拒否をする。
優麗一人で、手を持て余しているのに、これ以上アホが増えてしまっては手に負えなくなる。おまけに金持ちということで余計にたちが悪いと考えてしまった。
偏見かも知れないが、なんとなく金持ちの御曹司というのには余りいい印象がない。というより言動を見ていて分かったのだが相当な我儘な性格をしている。
自分の生活をこれ以上かき乱されたくはないのだ。
「あれは引き分けだ」
胸を張って堂々と宣言する。
相変わらず悪びれた様子など一切なくふんぞり返っている。よほどの負けず嫌いなのか、それともただ単に我儘を突き通したいだけなのかわからないが、この上なくうざったいというのが明治の心境である。
「……あのですね」
「もういいよ。明治君。君はよくやった。諦めよう」
諦観のまなざしを浮かべて、湊が口を挟んできた。
よほど精神的に疲れているのか、表情は少し青ざめている。
「まあ……先輩がそういうのなら……」
「ふっ、当然のことだ。湊が僕の傍から離れるなど、超新星爆発してしまうことと同義だ」
「貴方の我儘で太陽系を滅ぼさないで下さいよ!」
曲がりなりにもこれで部員メンバーは集まった。
優麗はニッコリと微笑み、喜んでおり、優輝は湊を抱き寄せては多大なダメージを負っている。
このメンバーで本当に大丈夫なのかと一抹の不安を感じずにはいられないが、とにもかくにもこうして幽霊部が立ち上がったのである。
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朝、いつものように仕度をして学校へと向かう明治と優麗。途中で晴彦も加わり、騒がしい会話と共に学校への入り口へと向かっていく。
なにやら校門の前で多くの生徒が立ち止まっておりざわめいている。
「なんだ? 嫌な予感しかしないが……」
今までのことがことだけに、少しだけ後ろ向きな発言をする明治。また優麗の仕業かとチラリと目線をむけた。
「明治さん。いくらなんでもあたしはまだ何もしていませんよ? もう少し妻を信頼して下さい」
「結婚した覚えがないのに勝手に妻を名乗る奴のどこに信頼要素があるんだよ!」
「まあまあ、今回は優麗ちゃんは絡んでいないみたいだよ。いくら優麗ちゃんでもあれはさすがに出来ないでしょ?」
晴彦の言葉に視線を向けると、そこには巨大な建物が校庭を支配しているがのごとく存在していた。三階建てと高さはそれほど高くはないが、広い校庭一面にこれでもかと言うくらい一杯に広がりをみせ、おまけに空いたスペースにはプールのようなものが出来上がっている。入り口と思われる部分には金でこしらえた豪華な両開きの扉に、宝石がいくつかちりばめられており、また壁なども素人の明治には分からないがとても良質な石材が利用されていると思われるほど立派である。
なぜに一夜でこのようなものが出来上がっているのかさっぱりと見当がつかないが嫌な予感が収まらない。
「うわあ……凄いですねー扉に使われているのってダイヤだけでなくオパール。アメジスト。エメラルド。ひゃあ一体いくらするんでしょう……」
「ずいぶんと宝石に詳しいな」
「まあ、女の子ですから」
そう、ありえないくらいの金がかかっている。そしてこの学校には二人の金持ちが通っている。
一人は、市ヶ谷グループのお嬢様で昨日知り合ったばかりのまともな女性である。
そして、もう一人が……。
「はーっ! はーっ! はっ!」
突然上空から笑い声が響き渡り、生徒達は注目する。
バラバラバラと凄まじい騒音と共に、ヘリから身を乗り出し、三崎グループの御曹司が高笑いしていたのだ。
「どうかね!? 明治君! 君は僕の事を過小評価しているようだが、これで僕が優れた人間だということを理解したかい? なに礼はいらんさ。新しい部のための設立祝いということで受け取ってくれたまえ」
メガホンをきっちりと片手に装備して大声で明治に話しかけてくる三崎優輝。
わいわい、がやがや、ひそひそ、ぼそぼそ。
「明治君ってあの彼方さんの恋人の?」
「ああ知ってる知ってる。一年生の子でしょ?」
「っていうか常識外れにもほどがあるよね……これじゃあ学校に入れないじゃない」
なぜ僕のせいになっているんだ……というかあの先輩は一体何がしたい! 明確な殺意が沸いてくるのを思わず自覚してしまう。
またもやいろんな意味で学校中の注目を浴びてしまい、穏やかではいられない心持である。
「明治。本当にお前は迷惑な奴だな」
「大丈夫です! 明治さん! あたしだけは味方ですから!」
そして、この二人にも思わず殺意が芽生えてくる明治。
「友情というのがはかなく感じるよ最近は」
優麗はともかく晴彦は間違いなくこの状況を楽しんでいる。わざと明治をからかっているのだ。そう思い明治は挑発に乗らないように心静めようとするが、この出来事を演出した本人がさらに明治に呼びかけてくる。
「さあどうした? 明治君! 感激のあまり声も出ないのかね? 明治君! 遠慮は要らんぞ? ありがとうと素直に言うのは決して恥ずかしいことじゃない明治君!」
優輝はこれでもかというくらいに明治の名前を連呼する。そしてこれほど名前を連呼され、あまつさえ豪華すぎる贈り物だ。昨日の事もあり噂がさらに噂を呼ぶこととなってしまう。
「やっぱりあの二人って……」
「俺も怪しいとは前々から思っていたんだよね」
「あんな可愛い子に迫られておきながら、なびかないのはこういうわけなのか」
朝から胃の痛くなるような出来事に、明治は現実逃避という手段を選んでしまう。
「さて、今日は休校だな……帰ろうか?」
踵を返し再び駅のほうへと向かおうとするが、髪の毛に絡まれて身動きが取れなくなってしまった。
「明治さん! あたしと言うものがありながら男に走るなんて、そんなのおかしいですよ!」
「おかしいのはお前の頭だ! 何で僕が男とねんごろにならなきゃいけないんだよ! これ以上僕の名誉を傷つけるようなことを大声で口走るな!」
どうやら優麗のほうは完全に噂を信じ込んでいるみたいである。
「優麗ちゃんあんなに一途なのに男に寝取られるなんてねえ」
「田井正って気持ち悪っ」
「BLBL涎が……」
同じクラスの女生徒から再びゴミを見るような目つきで見られる明治。
年頃の男としてこれほどの屈辱はない。明治とて健全な男子生徒である。好きな女がいるいないに関わらず女性の前では格好悪いところはみせたくない。しかし、なぜか不名誉な噂がなされており精神的な打撃を受けてしまう。
「C班配置につきました」
「A班準備よし」
「B班いつでもいけます」
「よし、いまより状況を開始せよ。遠慮はいらん。全責任は私がうけおう。やれ」
瞬間、校庭に作られた豪華な建物は大爆発と共に一気に吹き飛び、何処からともなく飛来してきたミサイルに優輝の乗っていたヘリが撃墜された。
さらに上空にには戦闘機が飛び回り、周囲を警戒している。
いきなりはじまった戦争に生徒達は一切の動揺を見せようとはしていない。
いや、良く見ると一年生だけは少しばかり動揺しているが、二年、三年と思える先輩達はむしろ楽しんでいる様子である。
相変わらず、このぶっとんだ状況についていけず、とりあえずは爆風から身を守るために身を伏せる。
ヘリが校庭に作られた巨大な建物にぶつかり、激しい爆発音と共に炎に飲み込まれていく。
どのような計算をしたのか分からないが、校舎の方は校門も含めて全くの無傷だ。集まっていた生徒達には何一つ傷ついておらず、みな無事である。
「今度は何が起きたんだよ! 戦争でもおっぱじめる気かよ!」
思わず叫ばずにはいられない。少なくても今回に関しては優麗や明治のクラスメートが面白半分に引き起こした出来事ではないので、怒鳴りつけるにしてもその相手はすでに爆発に巻き込まれている。
「すまない。明治君。今日こそあの馬鹿に止めをさすから許してくれ」
後ろからそのように声をかけられて、振り向くとそこには小型のマシンガンを両手に持ち、目からは異様な光をたたえた市ヶ谷湊がそこにいた。
「み、湊先輩?」
────ザーッザーッザーッ。
「こちらブラッド1、CP応答願います」
「こちらCP、どうした? 目標は駆逐したか?」
「現在ファング小隊が東校舎三階にて目標を発見。西校舎に向かっている様子です」
「了解した。私もただちにそちらへ向かう。因縁にけりをつけてくれる」
そういうと無線をしまいこみ、湊は一気に駆け出していく。
「……せ、先輩?」
あっという間に消えていく湊の背中を明治はただ見つめることしか出来なかった。
「はじまったねー。峰ヶ崎高校名物市ヶ谷VS三崎。今回でケリがつけられるかしら」
いつの間にか傍に来ていた金崎春江が状況が読めない明治達に分かりやすく説明してくれた。
要約すると、明治と優麗の痴話喧嘩をよりスケールのでかいものにした争いだと言う。明治達が入学するまでに幾度となく行われており、すでに名物の一種となっているわけだ。
ゆえに、先輩達は余裕の表情でこの騒ぎを楽しんでいたと言うわけになる。
入学する高校を間違えたかと、過去に戻りたい気分にかられて、明治は頭を抱えた。




