第十一話
ある程度の部活を見学し、すでに時刻は完全下校時間である19時を過ぎている。
部活動がたくさんあり、一日で全ての部活を回れることはさすがに出来ないが、一通り体験したことによって雰囲気はつかめたようだ。
優麗は体験した部活動を一つ一つメモをして、そこに〇とか△とか印をつけている。
どれがよくて、どれが悪いか自分なりに判断しているのだ。
「楽しかったですねー」
ルンルンと鼻歌を歌いながら上機嫌である。
対する明治はかなり疲れている状態だ。
「そりゃよかったな。僕はボロボロだよ。明日から敵が増えると考えるとさらに疲れてくる」
部活を見学するたびに、明治に迫り、バカップルそのものの雰囲気をかもし出し、さまざまな部活の男子生徒から、それはもう凄まじい殺意を感じ取っており、気が気ではなかった。
「でも、いまいちピンと来るものがなくて少し残念です」
メモを見ながらいろいろと悩んでいるようだ。
あーでもなこーでもないとなにやら一人でぶつぶつと考えている。
「どこの部活をするにせよ。僕を巻き込むなよ」
見学の付き合いは了承したものの部活まで付き合うとはいっていないのでそこをしっかりと確認する。
ギ、ギ、ギ、と油の切れたような機械の動きでゆっくりと顔を明治のほうに向ける優麗。夜ということもありその動きはとても不気味に思えて、明治は思わず一歩後ずさる。さすがは幽霊だ。こうやって見るととても怖い。
「な、なんだよ」
優麗は無言のままだ。顔がうつむいているせいもあり、表情は良くわからない。しかし身に纏っている雰囲気はどんよりとしており、この世の終わりだといわんばかりだ。
「明治さん」
蚊の鳴くようなか細い声である。
「だ、だからなんだよ!」
「あたし……自殺します」
「死んでいるやつが自殺を脅迫に使ってんじゃねえ! なんの後ろめたさも感じないわ!」
「ひどいよ。明治。今までのことは全部遊びだったのね! あたしは身も心も貴方に捧げたと言うのに! 特に体を!」
どこかのドラマに出てきそうなセリフをより過激にして、大声で叫ぶ。
当然、他の通行人が何事かと目を向け始めてくる。
「やめんか! 誤解されるだろ!」
「だって……だってぇ……えーんえーん」
ヒソヒソヒソ、ボソボソボソ、周りの通行人から、あらぬ誤解を招く話し声が聞こえてくる。
こ、こいつは……凄く殴りたい。が、ここまで人が集まってしまえばそのような行為は出来ない。むしろやってしまえば明らかにこっちが悪者になってしまう。
「わかった。わかった! 文化系の部活なら考えてやるから」
とたんに明治の首に自分の腕を巻きつかせて抱きつく優麗。
「だから明治さんのことが大好きなんです! きゃー今夜も頑張りましょうね!」
「だから誤解を招く発言はやめんか! 今夜「も」って何だよ!」
「なんだよリア充かよ!」
「けっガキの癖によろしくやりやがって」
「まだ若いのにねえ。最近の子は……」
「でも奥さんだって若い時は」
「あら、ほほほほ。主人には内緒ですよ」
ぱらぱらと人が散っていく。
噂が街レベルまで広がりつつあることにさらに疲れが上乗せされる。
ん? と優麗の手を見ると何かが握られているのに明治は気付きそれを指摘した。
「おい。優麗その手に持っているのはなんだ?」
パっと明治の体から離れて、指摘されたものを後ろ手に隠す優麗。明らかに怪しい挙動である。
心なしか、表情もこわばっており、視線も明後日の方角を向いている。
「な、何でもありませんよ。さあ帰りましょう」
そそくさと逃げるように、家の方向へと向かおうとするが、襟首を掴まれた。
「ぐえ」
襟首をつかまれたことによって、首の部分が締められて変な悲鳴を上げる優麗だが、それに構わず明治は優麗の何かを持っているほうの手首を掴む。
「何を隠している?」
「いやだなあ。明治さん。迫る時は、時と場所を考えて下さいよ。いえね、あたしもやぶさかではないですけど」
「お前に言われたくないわ! いいからその手に持っているのを見せろ」
「いやあ! 駄目ですぅ! 明治さん! あたし達にはまだ早すぎます」
するりと明治の手から抜け出し、ドタバタと仲良くじゃれあう? 二人。
声だけ聞くと、優麗が襲われているような感じもするが、表情にはあまり危機感がなくむしろ楽しんでいるようでもあるので、通行人たちは特に気にする事無く道を歩いている。
何処をどうかけたのか、人通りの少ない場所で、ようやく追い詰めて明治は再び相手の手首を捕まえて、もう片方の手首も捕まえる。
そして捕まえた手首を地面に押さえつけ、逃げられないように拘束している。
が、その姿は傍から見るととてもいかがわしい体勢である。
要するに優麗を押し倒して、馬乗りになっている状態なのだ。
「これで逃げられまい。その手に持っているのを見せてもらおうか」
明治はそのことに夢中で自分が優麗に対してどのようなことをしているのか全く気付いていない。
「明治さん……優しくして下さいね」
ささやくようにそういうと、そっと目を閉じる優麗。
月明かりもあり、その姿はとても綺麗に……神秘的に明治の目には写った。
思わずどきりとしてしまう。
そしてようやく自分がどんな格好をしているのか気付き、思い切り赤面してしまう。
「ち、ちが、ちがう! こ、これはだな、そ、そ、そうじゃなくて!」
慌ててパッと離れる明治。
「残念です。もう少しだったんですがねえ……」
なんでもないようにかろやかにスーッと立ち上がる優麗。
長くて黒い髪に、星の光をちりばめたようなキラキラと輝いている黒い瞳に透き通るような白い肌。
それらが月明かりと合わさり、明治はポーっと見とれてしまう。
「明治さん?」
声をかけられてようやく我に返る明治。
「な、何だよ!」
声が上ずってしまいうまく発生が出来ない。
心臓がバクバクと高鳴っている。
「いえ、さっきからずいぶんと静かなのでどうしたのかなと思いまして」
「な、なんでもない! 全く」
ぶつぶつと立ち上がり、いつのまにか制服についた埃や土を払い落とす。
心臓に悪すぎる。何回思ったことか分からないが、それでも思わずにはいられない。
そこにからんと何かが落ちる音が聞こえてきてそちらに目を向けた。
優麗があわててそれを拾おうとしたが、明治の手が一瞬早く伸びて、それを奪われる。
さっき隠していたのはこれかと思い、それを見る。
なにやら目薬のような感じもするが、優麗が目薬? と思い、良く見てみると、それにはこう書かれていた。
『涙の素』
ピキリと青筋が明治の額に浮かぶ。
つまり先ほどのやり取りは全て演技だったというわけである。
やばいと感じた優麗は、相手が無言のうちにそーっと離れようとして明治から距離をとる。
「これ、どこで手に入れた?」
幽霊である彼女が現金など持っているはずがない。明治も渡した覚えなどない。つまりこれを手に入れるためには、盗むか、原材料から作るか……もしくは誰かから貰うか……この三つに限られてくる。
二つ目は除外していいだろう。一つ目もこいつの性格からすれば考えられなくもないが、さすがにそこまでは疑いたくない。となると三つ目が一番可能性が高くなる。
「いえね……春ちゃんが、いざと言う時のための切り札として……」
元凶はあいつかと思うと同時に、明治の体からどす黒いオーラが目に見えるかのような危ない雰囲気が湧き上がる。
「あーそうですね。早く帰って食事の用意をせねば。ということであたしは一足先に帰っていますので明治さんはゆっくり帰ってきてくださいね」
逃げるようにあっという間に宙に浮いて、家に向かう優麗。
「逃げるな! 帰ったら覚えておけよ!」
明治の叫び声が夜の空に吸い込まれていった。




