第一話
彼は夢を見ていた。
場所は彼が通う私立峰ヶ崎高校の校舎裏。
人気はなく、夕暮れ時でカラスがカァカァと鳴いている。
そして目の前には、峰ヶ崎高校の制服を着た、黒髪の美少女がいる。
大きな瞳に小柄な顔立ち、小さな唇は血色がよくぷるんとしている。
背の高さはこの年頃にしてはやや小柄であるが、着やせするタイプなのだろうか胸の部分を見ると身長の割にはふっくらとしている。
黒く透き通った濁りのない瞳は、星々を映し出すかのような輝きに満ち溢れている。
肌の色は染み一つない、透き通るような綺麗な肌であり、また瑞々《みずみず》しく弾力がありそうで、触れればさぞや心地いいだろうなと思わせるほどだ。
その少女は顔を赤らめながらこちらをじっと見ている。
彼はごくりと唾を飲み込む。これから怒る事が容易に想像できるからだ。
「明治さん。あたしと」
彼の心臓がドキドキと高鳴っていく。景色も音も全てが彼の世界から消えていく。目の前の少女から視線を外す事ができない。
ジリリリリリリリリ、と彼の頭の中で大きな音が鳴り響いた。
「……ゆ、夢かよーーーー」
脱力した声と共に彼は現実へと帰還した。
目覚まし時計をの音を止めて時間を確認する。時刻は7時ちょうどだ。
寝癖のついた頭をポリポリと軽く掻いて少しずつ脳を覚醒させていく。
ベットから降りて一つ大きな伸びをしてカーテンを開けると眩しい日の光が窓から差し込んできて思わず目をしかめる。
「つうか……誰だったんだ? 見たことない女の子だったけど、うちの制服を着てたよなあ」
夢と言うのは基本的に記憶から成り立つものだと何かの本で読んだことがある。
しかし、先ほどの夢に出てきた美少女とも言える女の子には全く記憶がない。あれだけの可愛い女性を見ていたのであれば忘れるほうが難しいと言うものだ。
少しばかり考えるが、しょせんは夢だそれほど執着せずに、制服に着替えて一階の食卓へと降りていく。
食卓にはすでに朝の食事が出来上がっており、いい匂いを漂わせていた。
「おはよー」
少し寝ぼけた口調で欠伸しながら家族に朝の挨拶をする。
「あら、おはよう。相変わらず寝癖はそのままね」
彼の母親が、彼に挨拶を返し台所の仕事に戻る。
「ああ、そうそう母さんしばらく大学の研究室に泊まりこむからね」
いきなりの母親の発言に彼はご飯を喉に詰まらせた。
慌てて水を飲み一息つく。
「なんで? 聞いてないよ!?」
「今言ったじゃない。明治も子供じゃないんだからある程度は一人で出来るでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
「そういうことだから、母さんがいないからってあまり羽目を外しすぎて変な事しないでよ」
「何だよ……変な事って」
「女の子を連れ込んでエッチな事とか?」
ぶっー! っと口の中に含んでいるものを吐き出してしまう明治。
「げほっ……す、するわけ無いだろ。朝っぱらからなんて事を言うんだよ」
「あら、興味ないの? エッチな事? 貴方くらいの歳だと普通はねえ」
なにやらニヤニヤしながら変な視線を向けてくる母親。
「そうじゃなくて! 大体相手なんか……」
と、そこで明治は言葉を詰まらせた。
なにやら男としてのプライドが邪魔をしたのだろう。母親相手とはいえ、彼女がいない。俺はもてない。というには少しばかり抵抗があるのだが、すでに言っているようなものである。
「あらまあ、もう6月よ? 入学して結構立つのに相手の一人や二人もいないの? 母さんの時なんて」
「あーあーあー聞きたくない聞きたくない。もう行くからね」
そう言って逃げるように席を立ち、鞄を持って玄関から出て行く。
「ったく、せっかくそこそこいい顔に生んであげたのに我が息子ながら情けない」
顔立ちとしては少し童顔ではあるがこの歳であれば許容範囲である。少しばかり釣り目がちで、眼つきはややきつく感じる部分はあるのが魅力と見るか、欠点と見るかは意見が分かれるだろう。
前髪はギリギリ目にかかるかかからないくらいの長さで、長くもなく、短くも鳴く平均的だ。
くせっ毛はなく、見事なまでのストレートで寝ぐせも簡単に直るような髪質である。
清潔感があり、性格はやや短気と言ったところで、怒りっぽいところはあるものの優しさもちゃんと持っている。それが息子への評価だ。
やれやれとため息をつき、母親は自分の仕度を始めた。
明治の家から高校までは電車で二駅ほどだ。その気になれば歩いていける距離でもあるが、朝の5分は平時の1時間よろしく、彼は行きに関しては電車を選んでいる。
帰りに関しては歩きだったり、電車であったりとその日の気分によってまちまちだ。
特に部活動などはしていなく、放課後に適当に友達とだべって帰るのが彼の日課とも言える。
駅に着き改札を抜けた途端、聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。
「おーい時代ー」
声をかけてきたのは小学校時代からの腐れ縁の湯浅晴彦である。
いつもニコニコと笑顔の堪えない印象の男子で、人当たりがよく友達も多い。
また小さな身長の割には、スポーツなどが得意な男子生徒でもある。
現在、バドミントン部に所属しており、高校生活を満喫している。
「小学校時代のあだ名はやめてくれ」
露骨に嫌そうな顔をして、明治は晴彦をたしなめる。
「えーいいじゃん。久々に童心に戻った感じがしない?」
「しないよ! それにそれってあだ名より悪口に近いから」
少しばかり怒ったような口調で、晴彦を睨みつける。
田井正明治。これが彼の本名だ。
そして苗字の部分が大正にかかっており、名前が明治。ゆえに小学校低学年の時によく「時代ー時代ー」とからかわれていたのだ。
「怒りっぽいところは相変わらずだね。少し運動でもして汗を流してみれば? 少しは心に余裕が出来ると思うよ」
「何を言う。僕は別に怒りっぽいわけじゃないぞ? むしろ普通だ」
「そっか、ごめん明治に借りたDVDなくしちゃった」
いきなりの爆弾発言である。以前に晴彦に貸した「宇宙の神秘」という科学のDVDである。
明彦は宇宙飛行士を目指している……わけではなく、将来何かしら宇宙開発に携わる仕事をしたいと考えており、宇宙の事になると少しばかり度が過ぎてくる部分がある。
よって、この出来事は明治にとって許せる出来事ではない。
「あ、あれを無くしたと言うのか! お前がどうしても見たいと言うから貸して上げた僕の秘蔵お宝コレクションなのに? よーしわかったどの死に方がいい? 窒息死、出血死、墜落死、爆死、毒殺、刺殺、」
「ちょ、ちょ、待って! 怒りっぽくないんでしょ?」
「お宝をなくされたら誰だって怒るわ!」
「普通お宝と言ったら女性の裸とか映っているやつじゃ……」
「それとこれとは話が別だ! 死ね」
「ちゃ、ちゃんと探すから! 家にあるのは間違いないし!」
そこで明治の攻撃は収まり、晴彦はようやく一息つけた。
「ほんとに殺されるかと思ったよ……」
「お前が悪い。いいか宇宙と言うのは、人に残された最後のフロンティアであり、そして」
「もう分かったから……悪かったよ。その話は何回も聞いたから。はぁ」
ため息をつきながら朝からつかれた顔をする。
そんな会話をしながら学校に着き、教室に入る。
すでに多くの生徒が到着しており、朝の会話を楽しんでいる。
明治と晴彦はお互いの席へと向かっていく。
やがて、担任の教師が来てHRがはじまり、いつものように授業が開始された。
授業中に明治は、今朝見た夢の事を考える。
印象的に残っているのは大きな瞳と黒い髪。
今では珍しい和風美少女であるが、やはり明治の記憶には全く覚えがない。
誰だったのだろうと上の空で授業を聞いていたせいもあり、授業内容があまり頭に入ってこない。
「田井正! 田井正!」
そんな明治を見咎め教師から声がかかる。
「今の部分を読み上げろ」
いきなりそう言われるも、話を聞いていなかったので、何処を読み上げていいかわからず、あたふたと席を立ち教科書をパラパラとめくる。
「す、すません聞いていませんでした」
「ちゃんと集中しろ。木ノ内代わりに読め」
クスクスと周りから静かに笑い声がおき、恥ずかしがりながら席へと着席する。
やがてチャイムが鳴り、午前中の授業は全て終了して昼休みとなる。
「や、珍しいね。授業を聞き逃すなんて。なんかあったの?」
晴彦が、そういって声をかけてきた。
「なあ、晴彦。うちの学校に大きな目をして少し小柄で、長くて黒い髪をした生徒っていたっけ?」
「おお? 明治! ま、まさか好きな人が出来たのか? そうなのか?」
「違う! 早とちりするな。少し聞いてみただけだ」
「いやいやみなまでいうな。我が親友よ。そうかそうか……明治にもついに好きな人が」
いきなり晴彦の目の前に箸の先端が視界一杯に広がる。
「お前に聞いた僕が悪かったのかな?」
「ま、待て待て……落ち着けよ。冗談だよ冗談」
そういって箸の先端を手の平で押し返す。
「あー怖かった」
「それで? 心当たりはある?」
晴彦は食事の手を止めて額に手をやり、少し考え込む仕草を取る。
「特徴はそれだけ? 他には何もない?」
「小柄な割には……その……胸が」
気恥ずかしいのか最後のほうは語尾が尻すぼみとなる。
晴彦は先ほどのやり取りで少しばかり懲りたのかからかう事はせずに、再び考え込む。
「胸があって、小柄で、大きな瞳で……長めの黒い髪ねえ……俺の記憶にはないかな。同じ学年の子? 先輩?」
「さあね。分からないならいいや」
「で? その子がどうかしたのかい?」
「別に」
明治は下手に正直に言うとこいつの事だ、またからかいに来るに違いないと考え、特に何も言わずに食事を勧める。
昼休みが終わり、午後の授業が開始され、滞りなく進み、やがて帰りの時刻となった。
「晴彦お前は今日どうするの?」
帰り支度を始めながら、晴彦に今日の予定を聞く。
「今日は部活に出るよ。明治は?」
「図書室によって軽く本を呼んでから帰るよ」
「また宇宙?」
「ほっとけ」
そうして二人は別れ、明治は図書室へと向かう。
明治は目的の本を見つけるとそれを手にとって、図書室に用意されている読書コーナーでゆっくりとページをめくり始める。
天文学者が撮った写真などが載っており、明治の興味を大いに駆り立て、1P、1Pゆっくりとめくっていく。
ふと気付くと結構な時間が経っていたようで、窓から夕暮れの日差しが差し込んできた。
少し外の様子が気になり、窓から景色を見る。この窓の位置はちょうど校舎裏になっており、明治は今朝の夢を思い出した。
少しばかり、その事に思いふけり、本を元に戻すと、明治は学校の玄関へと向かい靴を履き替え校舎裏へと向かった。途中何人か部活動の格好をした運動部の連中とすれ違いながら、何かを期待するように足を速めていく。
そうして、校舎裏へと辿り着くが、そこには見事なまでに何もない、いつもの人気のない寂しげな景色が広がっている。
「夢で見た景色と同じだけど……何にもないよな」
気にしてた自分があほらしくなり、さて帰ろうかと回れ右をして一歩踏み出したとき、声が聞こえてきた。
「本当に来てくれたんですね」
一瞬空耳かとも思ったが、その声はやけに印象に残り、頭の中で何度も繰り返されるほどだ。
間違いなく女性の声で、綺麗で澄んだ声色でもある。
そして先ほど見た方向に向き直り声の主を確認する。
そこには先ほどまでいなかったはずの女の子が、そしてまさに今朝夢に見た女の子がいたのだ。
黒くて長い髪に、大きくてつぶらな瞳。少しばかり小柄な背丈にややふくらみのある胸。そして…… 足がない。
「へ?」
間の抜けた声を発して、目をパチパチさせてもう一度確認する。
黒くて長い髪に、大きくてつぶらな瞳。少しばかり小柄な背丈にややふくらみのある胸。
OKここまでは大丈夫だ。うんまさにパーフェクト。でも…… やはり足がない。
「明治さん。あたしと」
彼の心臓がドキドキと高鳴っていく。景色も音も全てが彼の世界から消えていく。目の前の少女から視線を外す事ができない。
正確には目の前の少女の足元から視線を外す事ができないのだ。
「付き合ってください!」
沈黙がこの場を支配する。言葉が頭に入ってこない。
「あの……」
ごくりと唾を飲み込み、何とか声を発する。
「はい?」
「足……ないんですけど?」
「はい! あたし幽霊ですから!」
周りに花が咲きそうな満面の笑みで彼女は答えた。
次の瞬間……。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫が校舎裏に響き渡る。
と同時に明治は人生で最速の回れ右をして一気に駆け出していく。
どこをどうかけたか分からないがちょうど学校から出てきた晴彦とかち合い、晴彦は尋常じゃないくらいの顔色の悪い明治を見て、思わず声をかけた。
「明治!? どうした? なんだその幽霊にでもあったような顔は?」
「で、で、で、出た! 出た! 出た!」
「はい? 出たって? 〇んこか?」
「違う! 出たんだよ! 幽霊が! 足がない!」
晴彦はとたんに何か可哀想な人を見るような視線を明治に向けた。
「お前なりに必死に考えたジョークなのか? お前にはそういうのは向かないと思うんだけどなあ」
「来い!」
いきなり晴彦の手首を引っつかみ、さっきの場所へと向かおうと無理やり引っ張り始める。
「お、おいまだ部活が! 悪い皆先に行ってて」
晴彦は一緒にいた部活仲間と思われる人に声をかけて仕方なしに校舎裏へと向かう事にした。
そしてさっきの場所へと戻ってきたが、先ほどの女性の影も形もない。
「あれ?」
明治は不思議そうにキョロキョロと視線を巡らせる。
「明治? お前は一体何がしたいんだ?」
「いたんだよ! 幽霊が! 足がなくて、胸があって!」
「……胸は確認してるんだな」
「明治さんってエッチなんですね」
何処からともなくスーッといきなり姿を現す先程の少女。
「うお! び、びっくりしたあ!」
「で、出た! ほら見ろ! 足がないだろ?」
「あ……ほんとだ」
「そりゃありませんよ。幽霊なんですから」
「ってそれだけかい! もっとなんかリアクションあるだろ? 幽霊だぞ? 幽霊!」
あまり驚きもしない晴彦に思わず怒鳴り散らす明治。
「いや、んな事言われてもねえ……他にどう反応しろと?」
「あるだろ! 沢山! 驚くとか叫び声を上げるとか!」
必死で何らかのリアクションを求めようと明治は思わず語調を荒げるが、晴彦は困ったもんだねえというようななんともいえない表情のままである。
正確に言えば、明治がパニックになりすぎてて自分が驚くタイミングを見失ってしまったと言うのが本当のところなのではあるが、タイミングを逸してしまってはどうしようもない。
「まあまあ、そう声を荒げないでまずは落ち着こうよ」
爽やかな笑みを見せる晴彦。
「落ち着けるか! バカ! 科学的にありえないだろ! 幽霊なんて!」
「なんかひどい言われようです。あたし落ち込みます」
スーンと暗い雰囲気を漂わせいじけ始める幽霊の少女。
「明治。女の子には優しくしなきゃだよ。ましてやこんな可愛い子をそんな風に言うなんて失礼にもほどがあるよ」
「まあ、可愛いだなんて。あまり本当の事を言わないでください。照れちゃいますよ」
いやそこは普通謙遜するだろ! おまけに何はしゃいでるの? さっきのいじけモードはどうした?
「いやあ、正直は美徳なりってね。君うちの生徒なの?」
「それがですね。本当はこの学校に入学するはずだったのですが試験発表日に合格祝いって事で家族で外に食事に行く時に交通事故にあっちゃいまして家族もろともあの世行きになってしまって」
あははは、と明るく笑い声を上げる幽霊の少女。
わ、笑い事なのか? それ? いやいや笑えねえだろ! おかしいだろ?
「それは……なんというかご愁傷様ですね」
「これはこれはご丁寧にありがとうございます」
意気投合してんじゃねえよ! 幽霊相手になんで普通に話せる! っていうか何でそんなに明るいんだよこの幽霊。
「そんなわけで幽霊をやっているんですよ」
「どんなわけだよ! 普通に成仏しろよ!」
ついに思わず突っ込んでしまう。もう何がなんだかさっぱりだ。
「あたしも成仏したいんですけど、やはりお約束と言うかお決まりと言うか未練があると中々成仏出来なくてですね……」
「ほう、その未練とやらを解消しないと駄目と言うわけなんですね? それをお聞きしてもよろしいですか?」
なぜか口調が変わり、何かわざとらしく、こちらを見ながら晴彦は話を進めていく。
「それは、その……キャっ」
幽霊の少女は明治を見ながらポっと顔を赤らめて恥じらいの表情を見せる。
キャっじゃねえだろ! 思わず頭を押さえてしまう。
「ほほう……これはこれは……なるほど、なるほど……それじゃ僕はこれで」
「待たんかい!」
むんずと晴彦の襟首を掴み、晴彦の歩き出しを阻止する明治。
「どうしだんだい? 明治君? ぼかぁ部活で青春の汗を流すのに忙しいのだよ。君も青春を謳歌するといいよ」
「いきなり口調を変えて逃げようとするな! 僕は幽霊と青春を謳歌する趣味はないぞ!」
「心配しなくてもこの事は誰にも言わない。私達だけの秘密だ。それじゃあね」
「それでも親友かよ!」
相手の言葉を無視して一人称をわざとらしく私に変えてするりと明治の手から逃れ、部活へと向かっていく晴彦。
このぶっ飛んだ状況を明治に押し付けて逃げたと見て間違いないだろう。そして秘密にするといったのは本心から出た言葉として間違いないだろう。というか、こんな話をしてまともに取り合ってもらえるほうが皆無である。
ましてや相手は幽霊だ、下手に怒らせてしまえばどうなるかわからないという恐怖もある。触りぬ神に祟りなしということだ。
そうして校舎裏には二人? が取り残された。
夏に向かっている季節であり、日はまだ夕暮れ時である。時刻は17時を少し回ったところといった感じだ。
「それじゃ僕もこれで」
明治も晴彦に続いてお茶を濁すように立ち去ろうとしたが、突然足が動かなくなり、歩き出す事ができなくなる。
「待ってくださいよぅ……あ、あの先ほどの返事は……?」
顔を赤らめて大きな瞳をキラキラさせながら、何かを期待するようにゆっくりと明治に迫ってくる。
「……この足が動かないのは一体何?」
「ちょっと金縛りをかけてみました」
少女はてへっと舌を出す。
「いきなり呪いに近い力を使うんじゃねえよ! こーいうもんは夜中に寝ている人間に使うもんなんじゃないのか?」
「だってこうでもしないと明治さん逃げるじゃないですか」
「普通逃げるだろ!」
ズンっと体が重くなる。
「あたしの気分はとてつもなく落ち込んでいます」
「僕の体は地面に落ち込んでいるんだけどな」
立っていた状態からいきなりつぶれるように体を地面に押し付けられつつやっとの思いで声を絞り出す。
「返事を下さい! あたし本気です!」
「その前に金縛りを解いてくれ!」
「なんでもします! お料理。お洗濯得意なんです! なんだったら少しだけエッチな事も……キャっ……」
幽霊の身でどうやってエッチな事が出来るんだよ! つうか足がないのに! そういった行為は出来ねえだろ!
「い、いや、まずは金縛りを……」
「子供は二人くらいがいいですよね。最初は男の子で、次は女の子。犬なんかも飼ったりして」
子供作れんの!? 幽霊が? どうやって?
突っ込みたいことが山ほど出てきてはいるが、今はそれどころではない。
「あ、あの、息が……お、お願いします助けて……つうか話聞けよ!」
「あ! ごめんなさい。つい明治さんとの未来に想いを馳せてしまって」
とたんに体が軽くなる。ようやく一息つけるようになったが、先ほどの後遺症なのか体がやけに重い。
「あー死ぬかと思った……」
「死んだら一緒にさまよいましょう!」
「さまようか!」
今更ではあるが、この幽霊いろんな意味で危険すぎると明治の本能が告げている。
「それで返事はいかがですか?」
「……悪いんだけどさ。僕は幽霊と付き合う趣味はないから別の人を見つけてくれ」
きっぱりとはっきりと、完璧に拒絶する意思を込めて、相手の目を見て断る明治。
内心ガッツポーズを決めやったぞ僕、はっきりと断った! NOと言える日本人素敵とすら思っている。
「そうですか……分かりました」
この世の終わりかと思えるほどの暗い雰囲気を見に纏い、スーッと消えていこうとする少女。
なぜか嫌な予感がして、明治は思わず声をかけた。
「あ、あのさ……君はこれからどうなるの?」
「そうですね、未練が解消されないと言う事で、この学校の怪奇現象の一つになるでしょうね。特に校舎裏で告白して成立するようなカップルにはもう考えられないくらいの呪いを振りまく事になります」
「大迷惑だからな! それ! なにそのリア充爆発しろみたいな呪い! 怖いから! ほんと色んな意味で怖いからね!」
「でもそうなってしまうんです……仕方ありません」
半ば脅迫じゃねえかとおもいつつも、何か見捨てるのも嫌だし仕方ないかと思い、少しばかり呆れたように言葉をかける。
「はぁ……あのさ……そのさすがに付き合うのは無理だけどさ……そのしばらく家に来ないか?」
とたんに少女の顔がパアっと輝く。
「あ、明治さん?」
「いや、なんかこのままだとさすがに後味悪いし、な……それにほらお前料理が得意っていってただろ? ちょうど母さんがしばらく帰ってこないから食事作れたりする人がいると……ああ、幽霊か、まあともかく便利かなあと」
「あ、明治さん」
少女の目から涙が零れ落ちる。
それを見て明治は少しばかり照れたように顔を背ける。
「まあお前がそれでよければだけどな……」
「お、お世話になります!」
涙を流しながらこれまで見たこともないような、笑顔ではっきりと明治をみつめる少女。
その笑顔は今まで明治が見てきたどんな笑顔よりも輝いており、そして明治の心臓は再び高鳴りを始める。
自分の心臓の動悸が激しくなっている事にすら気づかず、ついつい見とれてしまう。
「ま、よろしく」
ポリポリと指先で頬を掻きながら、何かをごまかすように軽く声を出す。
「はい、まさかいきなり結婚だなんて……ああもう幸せすぎます」
ん? ちょっとまて?
「ご両親の挨拶は後ほどいたしますね。準備も色々とありますし」
話が変な方向へずれてないか?
「今日は結婚してから初めての夜……あたし頑張ります」
「ちょっとまてえええ! どうしてそうなる! お前はあれか? サキュバスかなんかの類なのか? もう知らん。お前など自爆霊にでも何にでもなってしまえ」
「字が違いますよ?」
「うるさい!」
「あーん待ってください」
そうして夕暮れの帰り道を一人の少年の背中を追うように幽霊の少女が追いかけていく。




