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第八話 オークスの街

 翌日、俺たちは街へと向かって走るカシムさんの馬車に揺られていた。俺とメシルは仲良く荷台に座って朝の風に吹かれている。野を走る早朝の風は冷やっこくて心地よく、メシルと俺はそろって気分良く草原を眺めていた。すると、俺たちの視界の端に、緑の野に浮かぶ白い島のような何かが見えてきた。


 俺がよくよく目を凝らして見てみると、それは街だった。白い石でできた建物が幾重にも連なり、こんもりと丘のようになっている。一つ一つの建物は小さいが相当な数があり、みたところかなり都会のようだ。俺はスッと横目で御者台で馬を操っているカシムさんの姿を見ると、素早く口を開けた。


「カシムさん、あれがオークスの街か?」


「ああ、そうです。もうすぐつきますよ」


「意外と都会なの……」


「新しい交易路の影響で急に発展しましてな。今じゃ王都についで王国第二の都市ですよ」


「へえ……」


 メシルと俺は再び街へと目をやった。緑の端に豆粒ほどに見えていた街はもうかなり迫ってきていて、巨大な存在感を放っている。俺たちはそうして迫ってきた街の白く美しい外観にしばしの間、目を奪われていた。するといよいよ俺たちの乗った馬車は、街の通りへとさしかかっていく。


 通りは活気に満ちあふれていた。早朝にもかかわらず、積荷を満載した荷馬車や大荷物を抱えた人が石の敷かれた割合広い通りをせわしく走り抜けていく。両脇にある商店からは威勢のいい掛け声が上がっていて、俺が以前いったことのある朝市のような雰囲気だった。


 そうして混み合う街の通りを行くことしばし。俺たちの乗った馬車は通りの面したある店の前で止まった。その駄菓子屋に毛が生えたほどの小さな店の軒先には、交差する剣のマークを描かれた看板が掲げられている。どうやらこの店がカシムさんの武器屋のようだ。


「つきましたよ、ここが私の店です」


「結構いい店だね、雰囲気あるよ」


「……ちっちゃい」


「わわッ!」


 何気なく失礼なことを言ったメシルの口を、俺はとっさに抑えた。メシルは「ぬぬッ!」とかわめいて手足をばたばたとさせるものの、俺は離してあげない。こうしてきちんと体で覚えさせないことには、なかなかこういったことをメシルは覚えてはくれないのである。頭は悪くないはずなのだが……性格の問題かもしれない。メシルは無口で不思議な雰囲気の少女だが、実はわりといい性格をしていると俺は思う。


 カシムさんはそんな俺たちを見て苦笑すると「ちょっと待っててください」といって馬車をどこかへ曳いて行った。すると、彼がいない間に一人の女が店の近くに現れた。その女は長くつややかな黒髪を手で搔きあげながら、しきりにその吊り目がちな目で俺たちの方を伺っている。少し彼女のことを不審に思った俺は、メシルの口から手を離すと訝しげな視線を彼女へとやった。すると、彼女は俺たちの方へと歩いてきた。


「すまんが、この店の店主を知らないか? さっき馬車に乗っているのを見たんだが……」


「ああ、カシムさんなら馬車をおいてきているんだ。すぐ戻ってくるよ」


「そうか、ならしばらくここで待たせてもらおう」


 女はそういうと店の壁にもたれかかった。彼女はそのまま伸びをすると、どこかほっとしたような顔をしてふっと息をつく。その時、背中に荷物を背負ったカシムさんが俺たちの後ろの路地からヌッと現れた。彼は女の姿を見つけると、驚いた顔をして声を上げた。


「リーザじゃないか! どうしたんだ、また武器でも壊したのか?」


「かの大盗賊白兎団がこの近くで出たと知らせが入ったからな。出かけていた親父さんが心配になって見に来たんだ」


「ああ、それなら大丈夫だった。そこにいる方たちに襲われたところを助けてもらったんだよ」


「この二人に? うーむ、とてもあの凶悪な白兎団のやつらを倒せるようには見えんのだがな……」


 リーザと呼ばれた女は、何か胡散臭いものでも見るような顔を俺たちに向けてきた。まるっきし俺たちが山賊を倒したということを信用していないようだ。すぐに俺は何か言い返してやろうかと思ったが、それより先にカシムさんがむっとした顔をしていった。


「この方たちはすごいんだぞ。なんといってもあのアリアナの弟子なんだからな!」


「アリアナの弟子? おいおい、それはちょっと信じられんな。伝説の超剣士だった彼女の関係者を騙るやつなんて、それこそ大陸にごまんといるぞ。こいつらだってそういうやつの仲間かもしれん!」


「いや、この人たちは本物だ。ちゃんと彼女の捺印の押された紹介状を持っている」


「……本当か?」


 リーザは神妙な顔をすると、俺たちの方に近づいてきた。俺は懐から紹介状を取り出すと黙って彼女に手渡す。彼女はそれをいたって丁重な手つきで受け取ると、かしこまった顔をして読み始めた。


 リーザの眉間に皺がより、それはどんどんと深くなっていった。その額にはやがて球のような汗が浮かび、今でも固い表情がよりいっそう固くなっていく。そしてそれが頂点に達した時、彼女は手紙を顔から離して大きく息をついた。


「これは……すまないがいろいろと話がしたい。私の所属するギルドまでついてきてくれないか?」


「初対面であんな態度取った人についていきたくはないな」


「同感」


「なッ!」


 リーザの顔が固まった。彼女は驚きで丸くなった目で何度も俺とメシルの顔を見る。そして……


「……先ほどの態度については謝ろう、すまなかった。だから頼む、ついてきてくれ」


 彼女は頭を深く下げた。……正直、これだけ素直に謝ってくれるとは思わなかった。俺は行かないつもりでいたので、とっさにメシルの顔を見てアイコンタクトをとる。すると彼女も同じ考えだったようで、困ったような視線が返ってきた。俺たちは互いの顔を見つめて、微妙な雰囲気となった。


 その時、カシムさんが俺たちの空気を察してくれた。彼はそっと俺たちの方に近づいてくると、リーザには聞こえない程度の声でささやく。


「リーザは信用できる人間、ついていっても大丈夫でしょう。それに彼女のギルドはこの街でも有力な方だから、話を通しておくと後々役立つかもしれませんぞ」


「わかった、アドバイスに従っておくよ」


「私はエルツの判断に従うまで」


「じゃあ決まりだな」


 カシムさんとの話が終わった俺とメシルは、リーザの方に向き直った。彼女は自分の前でこそこそと話をされたのが気に食わないのか、少し不機嫌な顔をしている。だがしかし、俺の機嫌を損ねないためか彼女の顔はすぐにもとの表情に戻った。


「よし、ついていくことにする」


「そうか、それはありがたい! さあギルドはあっちだ、人ごみにのまれんようについてきてくれ」


 リーザは俺たちの前に出ると、足早に歩き始めた。こうして俺は、リーザにつれられて彼女の所属するギルドへと足を運ぶこととなったのだった--



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