第六話 商人とギルド
昼を少し過ぎたくらいの草原。太陽が燦々と注いでいて、草が風にそよいでいる。俺とメシルはそんなさわやかで心地よい風に吹かれながら草原の街道を一路、南へと向かっていた。俺たちが絶賛襲撃中の山賊たちに出会ったのはちょうどそんな時だった。
山賊たちはかなりの大人数だった。ざっとみて十五・六人といったところか。その数にものを言わせて、昼間っから街道を通る人間たちを襲っているのだろう。彼らは全員なかなかの装備に身を包んでいて、明らかに山賊自体を職業としている類の人間に見えた。
そんなプロの山賊集団に対して、襲われている方の商人はたった一人だった。体格も良くなかなかに鍛え上げられているようではあるが、剣の構え方はアリアナさんに鍛え上げられた俺の目から見るとまだまだ素人のように見える。見たところではあるが腕に多少自信があったので護衛を雇っていなかったのだろう。たぶん、それが山賊に狙われる原因となったのだろうが……
しかし、さすがにこのまま見過ごせるほど俺は人間ができてはいない。さっそく俺は愛用の木剣を構えると、メシルとアイコンタクトを取って草陰にいったん身を隠す。ちなみに、手にした武器が木剣なのはあくまで俺のメインウェポンはメシルだからである。それにまだ力の制御が完全とは言い難い俺が真剣を持ったら、切れ過ぎて逆に危険なのだ。
「さてと……。メシルは荷馬車の方を頼む。俺は商人のいる方をやるから」
「了解」
「よし、行くぞ」
俺とメシルは同時に草むらから躍り出た。不意を突かれた形となった山賊たちはろくな反応ができない。その隙をついた俺は次々と山賊たちに峰打ちを喰らわせて気絶させていった。メシルも同様に山賊たちの首や鳩尾に強打を喰らわせていく。メシルは剣でありながら格闘家であったのだ。
こうしてものの数秒で、大多数の山賊は無力化された。残された数名の山賊たちがそれぞれ得物を手に果敢に挑んでくるものの、俺たちの敵ではない。山賊たちの武器が俺たちに達する前に、逆に連中の方が俺たちにやられて崩れ落ちることとなった。倒れ伏した山賊たちはみな一様に口から泡を吹いて気絶し、完全に伸びてしまう。しばらくの間は意識が戻りそうにはない。
俺たちの戦いを見ていた商人は一瞬、あっけにとられたような顔をした。しかし彼はすぐに満面の笑みを浮かべると俺たちの方に向かって手も身をしながら近づいてくる。その顔は商人らしい営業スマイルなどではなく、心の底から感謝しているようであった。
「いやあ、ありがとうございました! おかげで命拾いしましたよ、商人が身ぐるみはがされたら明日から生きていけませんからね!」
「襲われているのを見かけたから助けただけだ」
「そうよ、大したことはしていない」
「まあまあ、そうご謙遜なさらずに。あの見事なまでの動き、さぞかし名のある冒険者の方なんでしょう?」
商人は手をモミモミしながら大げさな様子でたずねてきた。それを聞いた俺とメシルは気恥ずかしそうにすると、首を横に振る。俺は自信の顔が心なしか紅くなっているような気がした。
「いや、まだ二人ともギルドに登録すらしてないよ」
「ええ、登録すらまだの新米」
「ほほう、じゃあどこかのギルドへ登録しに街へ行かれるんですな? でしたら私の馬車に乗って行かれてはどうです?」
商人は驚いたように声を上げたが、すぐに自分の後ろで止まっている馬車を示した。どうやら商売に出かけた帰りだったらしく、二頭立ての割合大きなその荷馬車はガラガラにすいている。俺たち二人が乗り込んだとしてもスペース的には問題ないだろう。馬の方も盗賊の被害は受けておらず、元気そのものといった感じだ。
俺とメシルはこの事実を確認すると、素直に商人の好意に甘えることにした。俺とメシル、そしてカシムと名乗った商人は三人で盗賊たちをひとまず縄で縛って街道の端に座らせておく。そうしてひとまず盗賊たちの始末を終えたところで、俺たちはカシムさんの馬車に乗って街へと向かったのだった。
街へ行く道すがら、俺たちは三人で談笑して過ごした。といっても、俺たちの方は特に話題がないのでもっぱらカシムさんの話の聞き手にまわっていた。幸いなことに彼は商人ゆえか大変な話上手だったので聞いていて苦になることは一切なかった。
カシムさんの話によると、やはり彼は商売に行った帰りだったらしい。なんでもオークスの近くの村にある遺跡からすごい剣が見つかったとかで、それを確認しに行っていたのだそうだ。もしそれが本当にすごい品だった場合手に入れて、店の看板商品にするつもりだったらしい。
しかし、彼が行ってみるとそのすごい剣とやらは何のことはない古いだけのものだった。そのため気を落とした彼が護衛代をケチって護衛を雇わなかったため今回の事件は発生したらしい。遠因とはいえ襲撃事件まで起こすなんてなんともまあ……人騒がせな剣である。
こうして話を聞きながら馬車に揺られて草原を走っていると、いよいよ日が暮れてきた。街へ着くのはどうやら明日以降になるようだ。俺たち三人は素直に馬車をとめて野営の準備をし始める。薪に火を起こし、食事の準備をし。すべての準備を終えて夕食を食べ始めたのは日がすっかり落ちた後であった。俺たちは地球では見られないであろう星が落ちてきそうなほどに輝いている空の元、カシムさんが出してくれた干し肉を口いっぱいに頬張る。
「結構うまいな、この干し肉」
「お二人にまずいものは出せませんからね、一番上等の干し肉ですよ」
「そんなに気を使わなくてもいいんだが」
「いえいえ、命の恩人ですから! 出来る限りのことはしませんと罰があたりますよ」
カシムさんはひっくり返りそうになりながら芝居がかった動作で手を振った。俺はその様子を見て、少し彼に申し訳ないと思いながらも干し肉を食べるのを再開する。そんな俺とカシムさんをしり目にして、メシルは干し肉を次々と平らげていた。メシルには、もう少し空気を読む能力と常識が必要だろう……。俺はまったく遠慮を知らない彼女の様子を見て、フウと盛大な溜息をついた。まあ、こういう考え方自体が日本人特有のものなのかもしれないが--
若干の気まずさに近いものを俺が感じたものの、夕食はおおむね平和に終わった。俺たちは焚火のまわりに集まって、食事の後片付けをする。そうしてそれぞれに片付けの作業を開始した俺たちは、少しの間だが無言になった。その時だった、カシムさんがふとつぶやいた。
「そういえば、明日街へついたらお二人はギルドへ行くんでしたよね。どこのギルドへ行かれる予定なんですか?」
俺はスッと眉をゆがめた。カシムさんは前も「どこかのギルド」なんて言わなかっただろうか。--ひょっとしてアリアナさんが知らない間にギルドの支所がたくさんできたのかもしれない--そう思った俺は少しそれまでとは違ったまじめな顔をすると、カシムさんに確かめてみる。
「もしかしてギルドの登録って王都の以外の所でもできるようになったのか?」
「何を言ってるんですか? 一昔前の冒険者ギルドじゃあるまいし、わざわざ王都まで行かなくても登録ならそれぞれのギルドに行けばやってくれますよ」
「……もしかしてここ十五年ぐらいの間に冒険者ギルドに何かあった?」
「いやだなあ……。何があったも何も、冒険者ギルドは国家連合への反乱を企てたとかで解体されたじゃないですか!」
……宗教とかほとんど信じてないけど言いたい。神は死んだっ!!!!