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第四話 ファーストキスは鋼の味

 夕暮れに染まる塔の前で、俺はびっくりした顔をして固まっていた。俺はそのまま出来そこないのロボットのようなぎこちない動きで少女に目を向けると、その秀麗な顔をまじまじと見つめる。そうして俺はしばらくの間、少女を見つめた状態で停止した。少女の憂いを帯びた紅の瞳と、俺の前世から変わらぬ黒い瞳が重なり合う。


 すると、隣にいたアリアナさんが少女の方へ一歩踏み出した。アリアナさんの体は小刻みに震えていて、その額には玉のような汗が浮かんでいる。そして彼女は愕然とした表情で、薄く開けられた口から震える声を絞り出した。


「……あ、あなたもしかしてソードギアなの?」


「そうよ。私は第十三位階ソードギア、メシル」


「……ソードギアって人型だったの?」


「ええ、私には剣形態と人型形態の二つがある。戦闘時以外は人型形態を主にしているわ」


「そう……」


 消えるような声でそういうと、アリアナさんは半ば放心したような顔で俺の方を見つめてきた。自身が十年以上にもわたって追い求めてきた剣を弟子が手に入れた気持ち。それはいかばかりのものか。それはおよそ、俺に想像できる範囲を超えた複雑なものなのだろう。俺はそのことを考えると、アリアナさんの目から視線をそらさざるを得なかった。アリアナさんはそんな視線をそらした俺には何も言わず、疲れたような目をして肩をすくめた。


 そんなシリアスな重苦しい空気の中、諸悪の根源たる剣少女は空気を読まなかった。彼女はアリアナさんからややずれた方向を見て固まっている俺に近づいてくると、服の裾をクイッと引っ張る。そうして俺の注意を無理やりに自分の方へと戻させると、そのやや薄めで桜色をした唇を開いた。


「……早く契約をしてほしい。あなたが私のマスターになるべき人物なのはわかっている」


「えっとその……」


 契約って何さ? いきなりそんなこと言われても困るよ! いろいろと戸惑った俺は少女の手を一旦俺の身体から引き離すと、彼女から距離をとる。すると少女はどこか困ったような顔をして俺の方を見つめてきた。そのかわいらしい顔がコクっと横に曲げられているのを見ると、どこかかわいそうな気分になるが、俺は心を鬼にして「契約」とやらについて彼女にいろいろと聞いてみることにする。


「契約って何をするの? それがわからないことには俺にはなんともしようがないんだが」


「私がこの先もずっと、この身体が滅ぶまであなたに使えるという誓いを立てるだけよ。あなたには利益はあっても何の損もないわ」


「うーん……。本当に僕でいいのか?」


「もちろん異存はない。私は使われるために生み出された存在、ためらう必要はないの」


「……」


 なんといえばいいのだろうか、この少女の言葉は一つ一つが重かった。おそらくここでの契約はこの少女の将来に大きくかかわってくるだろう。その大切な契約の相手が、力量はともかくとして中身は普通の現代人に毛が生えた程度にしか過ぎない俺でいいものか。もっとこう、ふさわしい相手はいないものなのだろうか……。


 そうして俺が真剣な顔になった時、俺の肩にほっそりとした白い手がかけられた。驚いた俺が後ろを振り向くと、そこにはすっかり回復したように見えるアリアナさんの姿がある。もっとも、回復したように見えるだけでまだ回復したわけではないんだろうけれど……。


 そんなアリアナは俺の顔を見ると、ニヤッと笑った。彼女はそのまま少女の方に目をやると、大きな声で俺に言う。


「契約に応じてあげなさい」


「えっ……」


「いいから、そうしないと破門するわよ」


 アリアナさんの目は真剣そのものだった。それを見た俺は、アリアナさんの言わんとしていることを察する。彼女の思いが痛いほどわかった俺としては、この要請に応えないわけにはいかなかった。だから俺はアリアナさんにしっかりと頭を下げると、少女の方に向き直って彼女の目をしっかりと見つめる。


「……わかった、契約しよう。それで、具体的には何をすればいいんだ?」


「私と誓いの接吻をすればいい。それだけ」


「せ、接吻!?」


 ここでまさかのファーストキスだと! 想定外すぎるぞ、前世でもまだだったのに! 


 俺は目をぱちくりさせた。頭の中をとめどなく俺自身にもよくわからない妄想やら想像やらが走り抜けていく。顔がカッと火を噴いたように紅くなって、体温が上昇していくのがよくわかった。運動しているわけでもないのに心臓の鼓動がどんどんと速まっていく。


 こういうのもなんだが、少女は俺の好みにがっちり適合していた。風に流れるふわりとした蒼い髪に彩られた、控えめだが神秘性を帯びた顔。深海へ差し込む光のような深い輝きを持つ紅の瞳と、薄いが確かなやわらかさを持っているであろう唇がそれをさらに際立たせている。手足は少女らしくほっそりと小枝のようだが、胸元には大きな果実を実らせていてそれもまた俺の好みにぴったりだった。状況が状況でなかったら「大好きだ!」とか叫んで押し倒したくなるくらい俺好みの少女だと言っていい。


「どうしたの? 私と接吻するのがそんなに嫌?」


「そ、そんなことない!」


「ならばさっさと済ませましょう。誓約の剣メシルは、今ここに古より続く盟約に従い主に仕えんがことを誓う。……さ、あなたも早く誓って。言葉は厳密でなくても構わない」


「よ、よし! 俺、エルツは今ここにメシルの主となりしことを誓う!」


 ふわりと漂うシナモンのような甘い香り。その直後、俺の唇にやわらかで温かい感触が重なった。同時にふわっと心地よいものが俺の身体を覆う。重なり合う口の中にかすかに鋼の味がしたような気がしたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。すべてこの少女、メシルの味のような気がしたのだ。


 この甘酸っぱいファーストキスをきっかけにして本格的な異世界での冒険が始まるのを、この時の俺はまだ知らない--


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