第二話 将来の目標
俺が異世界に来て約十年が過ぎようとしていた。八歳ぐらいから始めたアリアナさんの修行にもようやく慣れてきて、少しずつゆとりも出てきたところである。もっとも、修行が終わると今でもぐったりしているのだが……。
アリアナさんの修行はとにかくハードだった。朝は山ほどの薪を背負ってのランニングに始まり、午前中はサメみたいな魔物が住んでる近くの池での遠泳。さらに午後からは、実践練習と称したアリアナさん直々の猛烈なしごき。このいずれもすごい筋肉痛どころの騒ぎではない厳しさなのだが、とくにランニングと実践練習のきつさは半端ではない。
まずランニングなのだが背負っている薪の量がどんどん増えていくのだ。並走しているアリアナさんがそこらに落ちている木の枝をどんどん追加してくるからで、最終的には俺の身体よりでかいくらいの薪の山を背負って走らねばならない。しかも走る速度や距離が半端ではなく、俺の勘でしかないが二十キロ近くの道のりを一時間ぐらいで走らされていると思う。
そして、実践練習なのだがこれは文句なしに一番ハードな修行だろう。何せアリアナさん、子供相手なのに容赦がないのだ。いつも風を切る音がすると同時に俺は一方的に打ちのめされてしまう。そこらの十歳児の数倍の運動能力を有していると自負する今の俺なのだが、アリアナさんが動く姿すらとらえることができていない。本当に神速といった速度で、その残影すら俺の目には捉えさせてはくれないのだ。バトル漫画でヒュンとかビュンと効果音のつく戦闘シーン。まさにアリアナさんの速さはああいった領域にある。
しかし、俺の体は転生チート仕様だったらしい。アリアナさん自身も「ぶっちゃけこの修行についてこれるとは思ってなかったわ」と半ばあきれ顔で言う修行の内容にもかろうじてついていけていた。それに加えて、自身でも驚くほどに強くなっているという実感がある。最初アリアナさんが動かして見せた大岩の半分くらいの岩なら、今の俺でもなんとか動かせそうに感じるほどだ。
こうして実感が持てると人間というものは現金なもので、修行にも身が入った。結果、俺はアリアナさんのめちゃくちゃな修行をほとんど文句も言わず熱心にこなし続けることになる。そうして修行の日々が流れていき数年後、ついに今まで実践練習でも基本的な動きばかりでまともな剣術を教えてくれなかったアリアナさんが、俺に向かって言ったのだ。「そろそろ体力もついてきたし、本格的な剣術を指南してあげよう」と……。
その日から修行はよりいっそう厳しさを増した。アリアナさんの剣術の流派は「オルガ流聖剣術」という流派で、静と動の対比を軸として構成されている剣術の流派である。なのでこれまであった実践練習の時間が伸びて本格的になっただけでなく、あらたに夜にも精神修養や座学の時間が加わったのだ。さらに、剣術だけでなく魔法も習得するべきだというアリアナさんの考えで、修行の空き時間に魔法の勉強も俺はすることになった。
こうして元からきつい修行がさらにきつくなったが、それはなにも悪い面ばかりではなかった。新たな技や魔法を覚えて強くなれるのはもちろんであるし、座学の時間にこの世界の最低限度の知識を入手することができたのだ。正直、これは予想していなかっただけにとても素晴らしい成果だと俺は思う。
座学の時間に入手した知識によると、この世界はやはり正統派なファンタジー世界だった。まず、俺たちのいる大陸はメルカトル大陸と呼ばれているらしい。そこには七つの大国と無数の群小国家があるが、現在国家間の紛争などはほとんど起きてはいないそうだ。なんでも地球の国連のような組織があってそこが強力な統治をしている模様。
ただし、国家間は平和でもそれぞれの国の中までは平和ではないらしい。嘆かわしいことだとアリアナさんは言っていたが、彼女や俺のような超人的な戦闘力を持つ人間が暴れまわっているらしいのだ。それに加えて、凶暴な魔物も各地で大暴れしているのだそう。
この世界の生物というのは地球の人間や動物と違って戦闘力の差がすさまじい。たとえば、地球で格闘技の世界チャンピオンやライオンが単体で軍隊を倒せるのかといったらそんなことは不可能である。だがこの世界では達人に分類されるような人間たちや、ドラゴンのような凶悪な魔物には常人から構成される軍隊など束になっても相手にならない。アリアナさんによると、実際に一人で数千人単位の軍隊を壊滅させたという人間や一発のブレスで街を破壊する化け物もいるそうだ。
では逆に、この世界は力こそが正義の某世紀末みたいな世界なのかというとそうでもない。そういった無法者の達人や凶悪な魔物に対抗するためにファンタジー世界によくあるギルドが設立されている。そのギルドに所属している冒険者たちが、軍隊でもどうにもならないような連中を抑え込んでいるのだ。
そのギルドにかつて、というよりも現在進行形でアリアナさんは所属している。ギルドに所属するためにはしっかりとした身分や実力の証明、またはランクの高い冒険者の紹介が必要らしいのだが、いったん所属してある程度実績を残せばあとは好きにしていても構わないらしい。なので、アリアナさん曰く「世界で最も気楽で儲かる職業」なのだそうな。ただし、毎年膨大な死者を出す命がけの職業なのでアリアナさん的にはあまり俺の将来の職業としてはお勧めではないらしい……。
だがしかし、冒険者ギルドと呼ばれて男の子の俺が興奮しないわけがない。それにこの世界で生きていく以上、少なからぬ危険はつきものであるし、現状俺は戦うことしかできない。なので俺は、必然的に冒険者くらいしか将来就くことのできる職業がないのだ。異世界に来ているのに森から一生でないというのもわびしすぎるので、この時点で俺の将来の進路はほぼ冒険者一択となったと言っていい。
こうして進路を危険な戦闘職である冒険者に決めた俺はますます修行に打ち込んだ。走り、泳ぎ、アリアナさんと戦う。そして夜間の座学や精神修養。この一連の流れの繰り返しを俺はそのあともずっと続けた。アリアナさんも俺がやたら熱心に修行をするので、それにこたえてどんどんと俺に新しい課題を課してくれる。どうやら彼女も、うすうす俺が冒険者になりたいと思っていることについては気が付いているようだった。だからといって俺に対して「やめておきなさい」とかそういったことを言うことはなかった。おそらくそれはアリアナさんがそれなりに俺を認めてくれつつあったからだろうと思う--。
こうして修行の日々が過ぎていき、さらに数年が経過した。俺の実力は順調に伸びていて、まったく動きが見えなかったアリアナさんともそれなりに戦えている。もっともまだアリアナさんは本気を出した状態ではなく本人曰く「半分程度の実力」なのだそうだが、動きすら見えなかった初期状態からすれば飛躍的な進歩だろう。俺はそうして自分が力をつけているということにある種の満足感を感じながら、日々の修行に明け暮れていた。
そうして俺の修行もいよいよ終盤に差し掛かり、アリアナさんのもとから離れる日が近づいてきたある日のことだった。俺が将来にわたって相棒と呼ぶことになる愛剣--いや彼女と呼ぶべきか--に出会ったのは……。
次回、いよいよ剣っ娘が登場します!
……あくまで予定ですのでそこまでいけなかったらごめんなさい。