第一話 修行開始
幼少期は短めのダイジェスト風で行きたいと思います。
俺がこの世界の住人になってからすでに八年以上が過ぎた。俺はエルツと名付けられ、今でも馬鹿高い塔の隣にある小さな家に暮らしている。俺を育ててくれている女の人--アリアナさんという--が半ば世捨て人みたいな生活をしている人なので、その影響から未だに辺鄙な森の中で暮らしているのだ。しかも、八歳の今に至るまで俺は一度も森の中から出たことがない。それはアリアナさんも同じで、俺たち二人はここで自給自足の生活を送っている。
まだ若い--実年齢は知らないが見た目は二十代--アリアナさんがどうしてこんな場所で自給自足の生活を始めたのかというと、ここが剣士にとって聖地のような場所であるかららしい。俺たちの家の隣にある塔にはソードギアと呼ばれる強力無比な魔剣のようなものが眠っていて、ゆえにこの森は力を求める剣士たちにとってあこがれの地であるとか。そこで優秀な剣士だったアリアナさんも俺を拾う数年前にここへソードギアを求めてやってきて、それ以来ここに住み着いているのだそう。
しかし、かれこれここに十年以上住んでいるはずのアリアナさんなのだが未だにソードギアを手にできてはいない。本人曰く「素質と力のあるものが塔の前に立てば自ずと剣への道は開かれる」のだそうだが、彼女が塔の前に立っても何も起きなかったとか。それ以来、彼女は塔に認めてもらうべくこの地でひたすら修行の日々を過ごしている。
そんなアリアナさんと一緒に生活している俺なのだが、五歳あたりを契機に彼女にやたらめったらたくさんのことを教え込まれ始めた。炊事に洗濯。食べられる薬草や動物の判別方法など、森で生きていく上で必要な生活知識全般をだ。アリアナさんは俺を相当気に入っているのか修行の休み時間が来るたびにそういったことを俺に嬉々として教えてくれた。
異世界において生きていくための知識は重要だったので、俺はアリアナさんの教えを何とか覚えこもうとした。なので普通の五歳児よりもかなり覚えがよかったらしく、アリアナさんもさらに上機嫌で教えてくれる。そんな良い循環で、俺はアリアナさんが決めてくれた俺の誕生日が八回巡ってくる頃ぐらいまでにはかなりの知識を覚えこむことができた。
そうして俺が生活知識を習得し、いくらか家事を割り当てられるようになってきたある日のこと。アリアナさんが家の前で薪割りをしていた俺を呼び出した。彼女はそのまま俺をひきつれて森の中へと入っていく。うっそうと古木が無数に生い茂り、日の光もあまり差し込まない薄暗い森の中を歩くこと数分。アリアナさんの足が止まった。その場所は小さな広場のようになっていて、中央にアリアナさんより二回りも三回りも大きいような巨大な岩がある場所だった。
「今日からエルツに本格的に修行を初めてもらおうと思うわ」
「へえ、どんな修行?」
「まずは基本的な鍛錬からよ。最低限度の体力をつけてもらわないと!」
アリアナさんはビシッと指を前に突き出して言った。なるほど、確かに基礎は大切だろう。やっぱり修行をするにはまずは身体を造っておかなければならないのだ。そう思った俺はアリアナさんがどんなことをやらせてくれるのかを内心わくわくしながら待っていた。俺も男なだけにバトル漫画みたいなのにはあこがれるのだ。
俺のそうしたきらきらしたまなざしを受けたアリアナさんは、おもむろに岩の方へと向かった。彼女はクイクイっと指を振って俺の視線を岩の方へと誘導する。そして彼女は岩に手を当てるとニヤッと不敵に笑った。
「とりあえず、エルツにはこれができるくらいをめどに力をつけてもらうわ」
「まさか……」
ありえないよね? いやでもまさか……。俺は岩を注意深く観察した。黒い鉄の塊のような岩はとても大きく、大人十人でやっと囲めるかどうかといったもの。地質学とかそういった知識はほぼない俺だが、そんな俺の目でみてもこの岩は数トン単位で重さがあるように見えた。筋肉達磨どころか、モデルのようなスタイル抜群の美女であるアリアナさんにはとても……。俺は不審なまなざしを何の遠慮もなく彼女へと向ける。
しかしアリアナさんは相撲取りがやるように身体の前でパンと手を叩くと、勢いよく手を岩に押し付けた。彼女の口から「ぐうう……!」という呻り声が響いてきて、履いている紅いブーツが地面にめり込んでいく。白く引き締まった手には血管が浮かび上がり、形のいい富士額からは汗が流れる。そしてしばらくたったその時……
「うっ、動いた!」
岩が、一メートルほどだが動いた! 俺は眼を真ん丸にして岩が動いた痕を茫然と見つめる。もしこれがギャグ漫画だったら眼球がどーんと前に跳び出しているだろう。俺はそんなある種、暴力的ともいえる衝撃を感じたのだ。よく世界のびっくり人間とかテレビで特集を組んでいたりするが、そんなものが今の俺にはすべてチャチに思えた。
「ふう……こんなもんね。将来的にはエルツにもできるようになってもらうから、そのつもりで」
「……俺には無理でござる」
「やる前から無理って言わない!」
……この日からだった。俺の中でのアリアナさんの評価が「やさしくて美人なお姉さん」から「美人だけどとっても怖いお姉さん」に大幅修正されたのは……
タイトルの剣っ娘はもうすぐ登場しますので期待してる人は今しばらくお待ちを……。