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テレビジョン

カッコ内は主に注釈なので読み飛ばして頂いて支障ございません。

(上空から真下を映す俯瞰の眺め。都市計画により碁盤の目に区画整備された街路。同じ色の赤レンガで建造されたテラスハウスが連なる街並み。カメラの仰俯角が垂直から水平に向かってゆっくりと持ち上がっていく。仰俯角が45度を過ぎたあたりでカメラの隅に濃青色の川が映り込む。それを分断するように赤い鉄骨の架橋が悠然と横たわる。川の対岸はミルクのように濃い朝霧にけぶり窺うことが出来ない)


(世界遺産を連想させる落ち着いた男性のナレーションで)

「およそ1万2千年前、シリウス川流域に誕生した世界随一の魔法大国、法都」

「特殊な魔力場を帯びた土地の影響により、年間百日以上霧が発生することから別名『霧の都』と呼ばれています」


(画面が切り替わり、地上から空を見上げる構図。淡い水色の空。画面上にピンポン玉大の黒いものが左フレームから現れて素早く横切り、フレームアウトする。カメラ、横切った黒いものを追いかける。上空を飛行する黒いものが再度、画面の中央に映される。カメラ、ひどくブレる。黒いものを画面中央へ捉えた数秒のうちにブレが小さくなり安定する。カメラ、ズームアップする。ピンポン玉大がソフトボール大に拡大し、それが黒い服を着た人間だと判る。黒い服の人間は棒状のものにまたがっている)


(世界遺産を連想させる落ち着いた男性のナレーションで)

「法都の名物『魔女タクシー』です」

「魔女タクシーの歴史は古く、その原形は今からおよそ700年前に出来上がりました」


(黒い服の人間、カメラから遠ざかり点になる)


(世界遺産を連想させる落ち着いた男性のナレーションで)

「飛んでいるのは法都魔女認定協会により、認定された魔女です」

「法都では許可された正式な魔女以外が飛行することを禁止しています」



 木製の白いベッド。しわの寄ったシーツ。大きさや色や柄のちぐはぐな生地を縫い合わせたキルト。キルトの下から小さな足が飛び出し、ベッドからはみ出している。長方形の縁にレースをあしらったピンクのピローケースに顔をうずめて、1人の女の子が眠っている。

 女の子の名前はシロップ・トルネード。

 2年前に法都立魔術大学を卒業した22歳。


(12歳以上の女性が『女の子』という定義内に当てはまるかどうかの諸問題に関しましては、主に2次元方向にチャレンジなすっておいでの紳士らにより日夜侃々諤々の議論が交わされていることは皆様もご存知でしょう。しかし、彼らが本当に長い歳月を費やして未だ何の結論も得られていない現状に『小田原評定』などと揶揄するものもありまして、この手の議論は誠に由々しき状況におかれております。

 本物語におきましては、12歳以上云々の議論は慎ませて頂きます。賢明な読者諸兄におかれましては、年齢を表現する『22歳』という言葉ではなく、シロップの容姿を形容する『女の子』という言葉にこそ思考リソースを働かせることで、問題の解決が可能でしょうから)


 ウニのような黒い短髪の隙間から眠気の倦怠を押し退けて半分開いたまぶたに、淀んだ茶色い瞳が覗く。起き抜けのぼやけた瞳孔は長いまつ毛のカーテンに遮られて一層あやふやである。

 ベッドの向かいの壁際には昨晩から点けっぱなしのテレビ画面が光っている。半分覚醒したシロップはピンク色のピローケースとちぐはぐな柄色のキルトの間から、つけっ放しのテレビ画面を見つけた。見つけた途端にああいやだ、また昨晩テレビを消さずに寝ちゃったんだなぁ、だらしないなぁ、ダメだなぁと思った。

 シロップは温かいベッドに横たわっている。テレビ画面の点灯を見つけた右目は3秒程度の間隔で、まぶたを半分開けたり閉じたりを繰り返している。顔の左半分は柔らかな枕とピローケースに落ちくぼみ、未だ覚醒していない。

 シロップの瞬きの間隔は徐々に長くなっていく。瞳の時間よりも、まぶたの時間が長くなる。やがてまぶたは完全に閉じてしまう。まつ毛がぴくりと震えることもない。シロップは甘い眠りの海に再び沈んでしまった。


 テレビは放送を続けている。


 シロップの部屋に置かれたテレビは旧型だ。角の丸い14インチほどのブラウン管で、底面には円柱状の足が3本くっついている。リモコンではなく、画面の横にくっついた丸いレバーをガチャガチャ鳴らしてチャンネルを変えるやつだ。もちろんアナログ放送しか受信できないが、テレビの後ろに引っ付いた不思議な四角い箱にアンテナの線を繋ぐことでデジタル放送を受信できるように、古道具屋のおじさんが改造してくれた。


 法都の街並みを映していたテレビ画面が一瞬、砂嵐に乱れる。しばらくすると何事もなかったように画面が戻る。先ほどまでの都営放送ではなく、白い砂浜と水色の海岸線が映り込む。カメラが砂浜から海原のほうへ進んでゆき、砂浜へ優しく押し寄せる波を超える。水平線がテレビ画面の真ん中で海と空とを分け隔てる。


 ほんの小さな揺らぎすらない鏡のような水面をカメラが覗きこむと、白い砂を敷き詰めた海底にシロップが横たわっている。ウニのような髪と、淡いオレンジ色のフランネルが柔らかな海流に揉まれ、海藻のようにゆらゆらと揺れている。時折シロップの表皮についた細かな泡が、彼女の身体から離れてさらさらと流れる。

 力なく開いたシロップの唇の端から、ポコポコとビー玉大の気泡が漏れる。気泡は形を崩さぬまま上っていくと水面に触れる。弾けた気泡の中から幾つかの金色の文字が飛び出し、水面に広がった。思い思いに泳ぎ回っていた文字たちはやがて手をつなぎあい、意味を持つ順序に従って並ぶと水面上に一つの文章を構成した。


『だって、眠いんだもん』




 テレビは放送を続けている。


(カメラはゴシック調の雄大な建物を正面から捉えている。水平から角度をゆっくり上げてゆき、建物を見上げる構図へと変わる。)


(世界遺産を連想させる落ち着いた男性のナレーションで)

「法都立魔術大学です。およそ1400年前に建造され、今までに100回を超える改修が行われています」

「魔女への登竜門として有名な同校には、毎年全国からおよそ10万人もの志願者が入学試験に訪れます」




 シロップ・トルネードは法都生まれの法都育ち。法都立魔術大学を卒業し、法都魔女認定協会から第13455号魔女として認められている。

 今は法都を離れ、レソマルタ都市に一人で暮らしている。

 レソマルタは魔法の使用を禁じている。例え法都魔女認定協会から正式化された魔女であっても、魔法を自由に使うことはできない。


(レソマルタ都市は世界で唯一、一切の魔法を禁止した都市である。一般都市民は魔法や魔法陣やそれ以外の魔術的な類のものも使えない。『使ってはいけない』のではなく『使えない』。

 魔法が使えない理由は様々あるのだが、最たるものはレソマルタ都市の地下に埋め込まれた巨大な魔法陣の存在にある。

 レソマルタの地下80メルト(1メルトはSサイズの温州ミカンを垂直方向に20個あまり重ねた距離単位に相当する)にはあらゆる魔法を無効化する巨大な反魔法陣が埋設されている。魔方陣は正円で描かれていて直径は約2万メルト。この反魔法陣上に、あらゆる魔法の使えない世界初の都市の開発を企画し、建都したのがレソマルタ都市の祖、旧レソマルタ王国国王4世である。巨大反魔法陣の制作指揮をとったのは後の魔術界に多大な影響を及ぼしたスターマイン・センチである。)

(旧レソマルタ王国国王4世とスターマイン・センチについて簡潔に注釈を加える。国王4世は魔法により都市を滅ぼされ追われた経歴から、都市を再建する際に、魔法の力が無秩序に氾濫することを何よりも恐れた。使い手に左右される要素は大きいが、魔法が悲劇を生む諸悪の根源になる可能性を含んでいるのならば、いっそのこと全部使えなくしてしまおう。そうだ、そうだ。そうしよう。と考えた。スターマイン・センチは法都の魔女にこっぴどくフラれた怨恨を土台として反魔法技術の開発に走った。魔法さえ封じることが出来れば魔女なんてどうとでもなる。ただの女に過ぎない。そう考えた。スターマインはレソマルタ都市の巨大反魔法陣を完成させた後、更なる反魔法の技術開発に勤しんだ。そして革命的な反魔法術方程式である『沈黙譚』の完成を間近に控えた頃、弟子であり愛人でもあった魔女パンゲア・サーキュレットにより暗殺された。)


 ただ、シロップにはレソマルタ都市役所から正式に許可され、日常で使用できる唯一の魔法がある。

『日常生活の補助を行える程度の能力以外を持たない使い魔の創造と操作』である。

 でもシロップが針金で造られた使い魔を実際に使うことはあまりない。可愛くないからだ。(シロップの使い魔については機会があれば後日紹介する。)


 シロップは小さなアパートを借り、アパートから3ブロック離れた喫茶店でアルバイトをして生計を立てている。喫茶店の時給はレソマルタ都市の定める最低賃金ギリギリに設定されている。シロップはとても貧乏だ。

 世界中のどこの都市でも『魔女』の肩書きを持つほどの魔術師であれば、破格の年俸を提示し手厚い待遇でもてなす国家機構や民間企業は山のように存在する。一般都民の生活に魔法の使用を禁止しているレソマルタも例外ではない。レソマルタは禁止しているだけで、魔法を捨てた都市ではない。それどころか反魔法を始めとする魔術制御の技術開発力の高さは世界随一である。シロップが志願さえすれば、一つ返事で彼女を雇用する場所はレソマルタ都市にも数えきれないほどある。

 でもシロップはそういうのに、興味がない。


 シロップが沈んでいる海底から再度、ピンポン玉大の気泡がゆらゆらと上がって来、水面で弾けると金色の文字列が浮かんだ。


『だって、眠いんだもん』


 シロップが働いている喫茶店の女主人は寛大だ。雇われたシロップが初日に寝坊して、2時間遅れながら平然と出勤してきても、解雇しなかった。それが3日間連続で続いたというのに、怒鳴りもしなかった。

「正午までに出てくればいい。ただし一度遅刻したら、埋め合わせに3日間は無給で働いてもらう」

 なんという好待遇だろうか。シロップは女主人の言葉にいたく感動し、心を入れ替えた。

 シロップは1年と10ヶ月あまり喫茶店で働いている。欠勤したことはない。合計で30日ほど無給で働いたことはある。


 ここで一旦区切りを付け、物語を中断する。続きは後日。


 ちなみにシロップは『女の子』のような可愛らしい容姿をしておりますが、ヴァージンではないことを全国9千万人は下らない処女信仰者の一員たる読者諸兄に明言しておきます。あしからずご了解を宜しくお願い申し上げます。

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